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18年分の感謝とそれに伴う愛くるしい価値

18年前。自分は何をしていたのだろうと思う。

平成5年、12歳。

あと2日で30歳になってしまうことはすぐに分かるけれど、

18年前の自分が何をしていたのかなんてことは、もう殆ど思い出せない。

18年という月日は、そういう時間の長さだ。



18年間、紛れもなく自分たち家族の一員だった愛犬の“ピノコ”が、今日、逝ってしまった。

正午過ぎ、母親からのふいのメールの着信に気づき、その訃報を知った時、僕は少し遠い街の寂れたパチンコ店の駐車場に居た。

土曜日だけれど、仕事の締め日なので市内外を営業車で走り回り、

何とか午前中の一仕事を終え、

あまり食欲が湧かなかったので、辿り着いたその駐車場で小休止をしていたところだった。


メール自体は“ふい”だったが、愛犬の死は、充分に「覚悟」していたことだった。

実は、三週間前にピノコは危篤状態に陥っていた。

「呼吸」という行為をいつ止めてもおかしくない息絶え絶えな姿を見て、涙が止まらなかった。

「もう、無理をしなくてもいいよ」とも思った。

息をしているピノコの姿を見るのは最後かもしれないと思い、その夜を越えた。

でもピノコは、その次の日も、その次の日も、生きた。

歩けず、常に寝そべっている状態は変わらないけれど、危篤状態からは確実に抜け出し、

一週間程前は、“いつものように”差し出した手を餌と勘違いし噛み付こうとさえした。

当然だが、先が長くないことは既に覚悟していた。

それでも、生き続け、「生命」を表現するピノコに対して、本当に心から「偉いね」と思った。



この数週間、母親からのメールの着信を見た時は、いつも「もしかして」と思った。

開きたくないという思いを一瞬感じ、意を決してメールを見る日々が続いてた。

メールの内容を見た。

「ああ……」と思った。

涙が滲むより先に、「そうか……」と思い、途端に涙があふれた。

様々な状況を整理するよりも前に、その場で、ひとしきり泣いた。


街の端まで行って、さらにひとしきり泣いた。

そして、さあどうしようかと思った。

たぶんだけれど、少し前の自分ならば、その場で仕事をほっぽり出して愛犬の元に駆けつけたろうと思う。

でも、そうじゃなかった。

ひとしきり泣いたら、少し落ち着いた。

そして、取り敢えず仕事をしないとと思った。

自分の身近な人たちを含めて、一般論からすれば至極当たり前のことだろうと思う。

ただ、自分の中では、そう思い、そういう行動をしている自分自身に対して違和感を覚えずにはいられなかった。

その「変化」がまず“嫌”だった。でも同時に、正しいのだろうとも思った。


違和感を覚えつつ、コンビニのトイレで涙を拭い、顔を洗った。

5分後には、飛び込み営業をした先で愛想笑いを繰り広げていた。

自身の言動に疑問を感じた。

でも、それと同時に、今自分がやるべきことをしているという自負も覚えた。

夕方まで、その街で仕事をし、暗くなり始めた頃、地元の街へ帰った。

仕事は、ぎりぎりのところの成果は上げられて、最悪の結果は回避し、締め日を終えた。

多大な喪失感と、ささやかな達成感を同時に味わった一日だったなと思いながら。


20時前、いろいろな意味で長くてしんどい仕事を終えた。

仕事帰り、コンビニに寄って安い赤ワインを買ってから、実家に赴いた。

一人看取った母親に目で挨拶をしてから、横たわる愛犬の前に座した。

途端、涙が滲み、溢れ、落ちた。

また、ひとしきり泣いた。

息を引き取った後に、母親が綺麗に洗ってくれたようで、

ピノコは、本当に眠るように横たわっていた。

涙で視界がぶれると、「あ、今息をした」と錯覚させる程、安らかだった。


涙は止まらない。

でも、三週間前に同じ場所で流した涙とは、少し感覚が違っていた。

もちろん、悲しい。

ただ、それと同時に大きな感謝と、深い安堵感を覚えた。


18年という時間は、どういう側面から見たって長い。

その長い時間、様々な面で、自分たちの家族を支え、繋ぎ止めてくれたことに対する感謝。

一生物として与えられるべき生の時間を精一杯全うしたことに対する安堵感。


いや、一つの「生命」として、たくさんの役割を果たし、生き抜いたことに対して、

「感謝」とか「安堵感」なんておこがましい。

そこに芽生えるのは、ただひたすらな「尊敬」だ。


18年という時間の中で、当然、自分自身も子供から大人へと成長している。

たぶん、その過程の中で、酷いことも言ったろう、酷いこともしただろう。

良い飼い主であった自信は無い。

そんな状況で甚だ勝手だとは思うけれど、

それでも、

ピノコが、この18年間を少しでも“幸福”だと思っていてくれたことを願ってやまない。

もしそうならば、

僕たちにとっても、それ以上に嬉しいことはない。



「ありがとう」を幾つも伝え、涙を拭い、母親と赤ワインを飲んだ。



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