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HOME>ひとりごとの記憶

目的

月曜日なのに、職場の飲み会があった。タイミングを考えろと毎度思う。

早々に切り上げて、22時前に帰宅した。

飲み会の後の晩酌をしながら、毎日録画しているNHKのニュース番組を見た。

認知症の妻と、彼女を介護する夫が日課としている登山の模様が、ドキュメントされていた。

短いドキュメンタリーを見終わった後、ひとしきり、泣いた。


「夫婦」というものになり、あと数ヶ月で2年になる。

“相手”の思いを共有しようとし、それが出来てきたつもりだったけれど、

それが、たった1、2年で成せるわけも無い大それたことだということに、気付く。


「お前は何なのだ」と、

「馬鹿かお前は」と、

憤りすら感じる。




正直なことを吐露すると、

僕は、何かをしたいと思って、完璧に成し遂げられたことがない。

いつも未達成のまま違うことに目を向けてしまうか、

自分の中で言い訳を構築して自己満足の達成に酔いしれるか、

そのどちらしかない。


端から、「自分が出来ている」ということに対して、満足するべきではないのだ。


自分だけが満足している段階では、“何も出来ていない”ことと同意であることと認識すべきことを、

しばらくの間忘れていたように思う。


自分自身を卑下するつもりは毛頭ないけれど、

自分の身近な誰かの助けと理解があって初めて自身の生活が成り立っているということを、

改めて認めなければならないと思う。



何も成し遂げられぬまま、結婚をし、子を授かり、三十路になろうとしている。

自分一人だけの力で成し遂げようなど、おこがましいことは考えていない。

自分を支えてくれ、生きていってくれようとしている人たちの手助けを得ながら、

何かしら、自分の「目的」を達することができたなら、

それほど素晴らしいことはない。



愛妻と愛娘がちょっと居ない夜。

寂しさよりも、虚しさが染みて、痛い。

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