2016年02月

  1. 2016/02/03 断罪
  2. 2016/02/08 変化と重圧
  3. 2016/02/09 逃げない、ことはない。
  4. 2016/02/14 晩冬の雷鳴
  5. 2016/02/18 出張
  6. 2016/02/21 感染恐々
  7. 2016/02/23 交渉成約苦情対応
  8. 2016/02/24 愚痴
  9. 2016/02/26 転々

断罪

清原和博が覚せい剤の所持・使用で逮捕された。

別に現役時代から彼のファンではなかったけれど、

今朝起き抜けの一報に対して、ショックは大きかった。

怒りや呆れを通り越して、ただただ悲しい。

当然ながら断罪されるほかないと思うが、

かつてのスーパースターがこのまま闇の中に沈み込んでしまうのは、

あまりに、辛い。


必ずしも再び表舞台に戻ってくることが、

人生の復帰ではないと思う。

まずは二人の息子のために、

然るべき道程を経て、

復帰してほしいと思う。

変化と重圧

いろいろと記したいことはあるのだけれど、

頭の回転が鈍く、言葉が出てこない。

仕事上での変化とそれに伴う重圧がいつになく大きくなっている。

これまでの多くの場合と違って、

「辛い」ということはないが、

戦々恐々とはしている。

どうなることやら。

逃げない、ことはない。

10年前のブログを読んでみる。

始めたばかりの営業職に慣れず馴染めず、

辟易とした日々を過ごしている。

今の自分に立ち返ってみても、決して成長しているとは思えない。

ただ少し、自分に不向きなことをすることに慣れただけ。

今なお、逃げつつ、避けつつ、なんとかかんとか。

晩冬の雷鳴

豪雨に雷鳴が鳴り響く晩冬の深夜。

2月半ばにして、もはやずいぶんと暖かくなってきた。

この荒天が、このまま季節を春へと連れて行くのだろうか。

土曜日から日曜日に切り替わる午前0時。

疲れているのか、そういう歳なのか、

このところ、めっきりと夜が弱くなっていて、この時間になるともうすっかり眠い。

平日であれば、明日のコンディションも考慮して、大人しく寝床に向かうところだが、

そこは相も変わらず「待望」の週末、簡単に眠るわけにはいかない。

季節柄潤沢なチョコレートをアテにして安いウイスキーを飲みながら、

だらだらと、睡魔に抗っている。

新居はもうしっかりと居心地良く、“マイホーム”という実感が伴っている。

リビングの天井の杉板を仰ぎ見ながら、「恵まれているなあ」と改めて思う。

自分が手に入れたというよりも、現時点ではまだまだ与えられているという思いが強く、

今の生活環境が分不相応であることは間違いないと思っている。

それをキープするために、これから先が本当に大変なことだと思う。


まあ、結局は、成るように成るということに尽きるのだけれど。


明日は、結婚式を来月に控えた友人夫婦が遊びに来る。

楽しみだ。

日課になりつつあるキッチンの整頓を、いつもより念入りにした。

出張




東京の職場近くの釣り堀。

3日間の出張を終えて帰路につく。

もう13年も前になるが、住んでいたこともあって、懐かしいところもあり、拒否感みたいなものは感じなかったけれど。

自分自身のハード面、ソフテ面での準備不足もあり、余裕が無かった。

徒労6、刺激4といったところだろうか。

どうやら、

毎月出向くことになりそうなので、

なんとか実のあるものにしていきたいと思う。

感染恐々

ウィークデーの大半を東京出張で過ごした週末。

土日は家族で休日らしい時間を過ごそうと思っていたけれど、

土曜の朝から愛息が高熱。

どうにもよろしくなさそうなので午前中に病院へ行き、午後もぐったりとした彼に寄り添って過ごす。

父母揃って弟にかかりきりのため、愛娘はだんだんと機嫌が悪くなり、昼寝後の寝起きの悪さも重なり大爆発。

機嫌回復と伝染回避のため、愛娘は愛妻の実家に避難。そのまま宿泊。


愛息は、微妙に良くなったり、微妙に悪くなったりを繰り返し、日曜日。

熱は下がっている様子で大分良くなっているみたいだったが、

念の為インフルエンザ検査をしてもらうために昨日とは別の医院を予約。
(昨日は発熱から時間が経過していなかったため検査が出来なかった)

しかし、そこは人気医院のため午前中の予約受付で渡された番号札は「74」。受付に当然のように「5時間半待ち」を告げられた。

その時点では、夕方ころにはすっかり回復しているかもなと安易に考えていたが、

昨日同様に微妙に良くなりきらず、また高熱がぶり返してきた。

夕方近くなり、愛息は愛妻に任せ、帰ってきた愛娘を電車でショッピングモールに連れて行った。

愛娘を連れて歩きつつ、自身の体の気だるさと若干の節々の痛みを感じ、とてもいや予感がしてきた。


そして、愛妻からは「インフルエンザ陽性」の悲報。

愛息自身は回復傾向にある様子だが、ウィルスの所在に、戦々恐々としている。






交渉成約苦情対応

相も変わらず本質的には人見知りである。

10年、営業職を続けていても、その性質は変わらない。

職場の状況が激動しており、なかなかしんどい。

今日は3件の案件があって、それぞれ対応の種類は異なっていたが、

そのすべてが初対面の案件で、億劫だった。

だからと言って、立場上ウダウダとしているわけにもいかず、

努めて粛々とこなしたつもりだけれど、ストレスフルなことに変わりはない。

ここにきて、就職して最大のビッグウェーブを迎えているらしく、

重圧は半端ない。

ただ、過去最大級に必要とされていることも間違いなくて、

この機会に、最大限の呼応をしなければ、自分自身の先が知れていると思う。

自信はなく、可能性は極めて低いと言わざるをえないけれど、

やれることはやりたいと思う。

10年という時間が経過したことに対して、運命は感じる。

いろいろな要因の積み重ねではあるけれど、

結局離職しなかったことには、幸か不幸かは別にして、「運」があったのだとも思う。

ならば、それにすがってみよう。

愚痴

帰宅が21時過ぎることが続いている。

いろいろなしがらみの中で自分一人さっさと帰ることができる状況ではないので、

らしくなく律して、日々励んでみている。

息子は引き続きインフルエンザ、娘は愛妻の実家にお泊り、

たった数日のことで大袈裟だろうが、家族と過ごす時間が少なくなっていることにはフラストレーションを感じる。

ただ、昔々のブログを読み返してみれば、

日々帰宅が0時過ぎていた一週間があるなど、とんどもないことが記されていた。

もうほとんど忘れてしまっているが、

そんなこともあったのかと呆れる。

さて、この先どうなることか。

10年後、同じように振り返っていられるのだろうか。

転々

人生はふいに転ずる。

3ヶ月ほど前までは、

何年も担当していた事業の契約の満了が決まり、

それに伴うイヤなイヤなイヤな奴との引き継ぎと、

その後に自分が置かれる状況に対して、

不安と鬱積しかなかった。

それが、その相手がふいにいなくなり、

一転して比較的のんきな年末年始を過ごし、

滞り無く契約満了を迎えた。

通常の自社業務に戻ったら戻ったで、

途端に社内が大荒れ、

多忙と重圧に埋め尽くされているが、

むしろモチベーションを上げざるを得ない状況で、

不安はあるが、鬱積など抱えるヒマもない。


このところ、昔のこの“ひとりごと”を読んでいる。

10年前の入社一年目の日々のことを思い出し、比較し、

まあ、今のほうがずいぶんとマシだな。

と、思う。

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