2015年08月

  1. 2015/08/02 長い夏風邪からの上棟
  2. 2015/08/05 猛暑
  3. 2015/08/23 70年目のお盆

長い夏風邪からの上棟

いやあ長い一日だった。いや、長い一週間だったというべきか。

夏風邪による月曜日からの発熱が、水曜日には39.8度まで達し、木曜日には月末の糞忙しい中欠勤した。

結局、月曜日から金曜日までに病院へ5回行き、点滴を2回打った。

そして、病み上がりの昨日土曜日の出勤日は、やり残し仕事を消化しきれず0時半退社。


そうして迎えた日曜日の今日。

我が家はいよいよ上棟の日。夕方には愛妻懇願の餅まき。

午前7時に起床したが、昨夜の寝不足がたたり、当然怠い。悪夢のような夏風邪がぶり返しつつあった。

それを薬で抑えこみ、病体にむち打ち、午前9時実家に向かう。(我が家は実家の前に建築中)

到着すると、我が家は柱がびっしりと立ち並び、既に家らしくなってきていた。

作業開始からまだ2時間程しか経っていないはずなのに、この日のために揃えられた12人の手練たちの力量は流石に違う。

一気の高揚感は増し、怠さはどこかへ吹き飛んだ。(薬が効いてきたのだろうが)


その後も、こちらの想定に対して随分と速やかに作業は進んでいく。

実家の父親と二人して、その円滑な作業工程を感心しながらずっと眺めていた。


昼過ぎになり、屋根がつき始めた。

それを目の当たりにして、我ながら「この家、でかいな」と思った。

これまで一年以上家づくりの計画を進めてきたわけだけれど、何となく広さや大きさに対して麻痺してきた感覚がある。

そこに実物が出現したことで、計画やイメージが一気に「現実」になったようだった。



ふと、先程までの高揚感が若干薄れ、代わりに明確な緊張感を覚え始める。

勿論、とうに覚悟は決めていた筈ではあるが、

これ程のものが建ってしまっては、もう生半可なことで後戻りは出来ないという緊張感。

夏風邪なんてひいている場合じゃないのだ。

「ああ、“家を建てる”ということは、そういうことか」

と、一人思い知る。



上棟中にも友人が遊びに来てくれ、その後の餅まきも、果たして何人の人が集まってくれるのか大いに懸念したが、

親戚、友人、近所の方々と、予想よりも随分と多くの人が集まってくれ、大成功のうちに終えることが出来た。



終了後、疲れ果てた夫婦二人の写真を撮ってもらった。

さあ、まだまだこれから。楽しんでいこう。



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猛暑

暑い。熱い。

公私含めて、身の回りのものごとがなかなか進まない。

体調はようやく整ってきたが、油断すればまたすぐにダウンしてしまいそうだ。

しばらくは、ひたすらに一日一日を耐え忍ぶ日々が続きそう。

今年は夏休みも殆ど無いようなものだし、これ以上滅入らないようにしたい。


ああ、7月に観た映画のレビューが2本も書き上がっていない。

観なければならない映画は、映画館とHDDに溜まる一方。ストレス。


喉はまだ痛い。しつこい。

70年目のお盆

今年のお盆は、

休暇期間も短く、どこへ行く、何をするという予定も特になかったので、

戦後70年にあたり、戦争映画を意識的に観ようと決めていた。

太平洋戦争にまつわる話を描いた3本の日本映画を観て、

改めて、この国にとって「戦争」とは何だったのかということを思いふけった。

何を持って「美化だ」と否定するのか。

“彼ら”は、あの大戦中、何を信じていたのか、そして何を信じさせられていたのか。

失われたおびただしい数の命と、生き残り、継がれた命の意味と価値。

70年という年月が経ち、改めて僕たちは何を知り、考えていかなければならないのか。

命を継がれ、僕自身がまた命を継いでいく。

孫の代まで「謝罪」をしていく必要はないのかもしれないけれど、

この国が犯した過ちの真意は、未来永劫継いでいかなければならないのだと思う。

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