2015年06月

  1. 2015/06/03 峠前
  2. 2015/06/04 一日
  3. 2015/06/07 地鎮祭
  4. 2015/06/20 健康診断
  5. 2015/06/27 採寸
  6. 2015/06/30 歯医者
  7. 2015/06/30 シャッター

峠前

ストレスを噛み締めて生きる。

寝て、また明日を生きる。

そして、また寝る。

繰り返し。

一日

提携先との月例会議のため、朝一のフェリーで広島へ向かう。

閑散とした船内には、就活生らしい若者が数人見られた。

僕自身は、俗にいう就職活動というものを実際はしたことがないので、

彼らに対しての感慨はないのだけれど、

なんとなく身につまされる思いがした。


今の会社に就職して10年が経とうとしている。

「自分には向かない」と自認して、結局10年間営業職をしている。

今なおその思い自体は変わらないし、その拒否感を発端とした問題に日々苛まれている。

「会議」の度に、“世界の終わり”のような感情を抱き続けて、10年。

相も変わらない鬱積を抱えて、数時間船に揺られ、“世界の終わり”に向かう。


ただし、とっくに気付いてはいる。

そこに“終わり”はないことに。


気が付けば、会議を終えて、帰りの船に揺られている。

実際は何が解決したわけではないのだけれど、それにでも「一日」は終わろうとしている。

それの繰り返し。そして10年。


どんな「一日」であっても、終わらない「一日」はない。ということ。


帰りのフェリーでは、行きの便でも見かけた若者たちが同乗していた。

一様に、「一日」を終えた疲労と安堵が滲んでいた。


自分自身に対しても含めて、「おつかれさん」と呟いた。




地鎮祭

地鎮祭でした。

昨夜はタイミング悪く職場の年度初めの懇親会があり、帰宅は午前3時を回っていた。

愛妻の憤慨を大いに感じつつ、就寝。4時間後には愛妻にたたき起こされた。

地鎮祭は午前10時開始予定だったので、30分くらいに前に行けば問題ないだろうと安易に考えていた。

到着すると既に設計士さんをはじめとして、今回携わってくれる業者の面々がずらり。

遅刻に恐縮しつつ、言われるがまま、なされるがままに、お供え物の準備をし、

何だかよくわからないまま地鎮祭開始。

引き続き言われるがままに、鍬入れをし、祈祷をして、気が付けば終わっていた。

建築会社や神社に任せればいいという情報を鵜呑みにして、殆どと言っていいほど事前準備をしていなかったことを少々後悔した。

ともあれ、地鎮祭自体はつつがなく終了し、いよいよ着工に至るらしい。

設計士さんからマイホームの模型をもらい、殊更に気分が高揚した。


何も問題なく建築が進むことをただただ祈る。

あ、そうか、そのための地鎮祭だったか。


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健康診断

生まれて初めて飲んだバリウムは、意外に飲みやすくて、少し美味しかった。

今年三十四歳。二子に恵まれ、家なんぞも建てようとしている。

数年前から己の胃には不安要素を感じていたので、

職場の健康診断で、今回はじめて胃透視検査をオプションで頼んだ。

知らぬ間に、人並みに、背負うものも増えてきている。

必然的に、健康管理は最重要課題になってきている。

もっと意識的に、自分の体に向き合っていかないといけないなとは思う。

とりあえず、検査結果も気になるが、

それよりも、いよいよ体重がマズイ。

痩せよう。切実。

採寸

仕事用のスーツは大体一年に一回は買い換える。

毎日着まわして、一年間で着潰してしまうものなので、高級なものなど買えない。

今回もショッピングモール内のスーツ店にて2着を4万円で買った。

当然、採寸をするわけだが、例によって自分の体型に直面して気が滅入る。

いつの間にこんなにも体格が良くなったのかと茫然自失。

スーツ屋の老店員には、「元野球部か?」と素で聞かれる始末。

ああ、いやになる。

歯医者

先日、某飲食店で豚のステーキのようなものを食べていたら、口の中に石のようなものが混ざっていることに気付いた。

口から出し、店に文句の一つでも言ってやろうと思ったが、よくよく見ればそれは詰めていた銀歯だった。

舌先で確認してみれば、やはり左上の歯に大きな穴があいていた。


というわけで、早速歯医者を予約してもらい、数年ぶりに行ってきた。

多くの人がそうであるように、歯医者が苦手だ。

三十路を越えて、もはや恐怖感などはないけれど、

子供の頃からの歯医者での記憶が沸々と蘇ってきて、不安感が募る。


案の定、レントゲンの撮られ、知りたくもない現実を突きつけられた。

“親知らず”が出かかっていると……。

滅入る。

シャッター

もうすぐ4歳になる愛娘は、順調に自我を育んでおり、

なかなかこちらの思う通りには動いてくれなくなった。

iPhoneでスナップ写真を日々撮っているが、

自然な笑顔を撮ろうとカメラを向けても、顔を背けたりして、視線をそらせたり、仏頂面をしたりして、

素直に可愛らしく収まろうとしなくなった。

それも成長といえばそうなのだけれど、

だからと言って、写真を撮らないわけにはいかないのも親の性。

子が成長するならば、親も成長する。


これまでも連写、自画撮りなど機能を駆使してきたが、

最近では、

愛娘の動きを予測して、

カメラの存在を認識する前に構えて、

こちらを向いた瞬間に撮影をするという技法を身に付けた。



例えば、某パン屋で撮ったこの写真↓だが、

愛娘が花壇の噴水を見つけて喜んで走っていった。

後を追いながら、花壇を背景に写真を撮ってやろうと思うが、

僕自身が花壇のところに着いてから、「写真を撮るよ」とカメラを構えたならば、

きっと気難しがって背を向けることだろう。

そこで「予測」をする。

花壇に向かって走っていった愛娘は、

きっと花壇の前に着いた瞬間に「(噴水から)水が出よるよ!」などと言いながら、こちらを振り返るはずだと。

そう予測して、彼女が振り返る前にiPhoneのカメラを構え、振り返った瞬間にシャッターを切った。


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これからも、親と子の攻防は続く。

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