2014年11月

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  2. 2014/11/03 His name is .....
  3. 2014/11/04 10月末から11月への慢心
  4. 2014/11/06 11月2日→11月3日
  5. 2014/11/06 秋空
  6. 2014/11/18 【追悼】映画俳優 高倉健
  7. 2014/11/19 消耗
  8. 2014/11/21 ハッピーバースデー
  9. 2014/11/30 残一ヶ月

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His name is .....

ひろい空に雲が流れる。世界中にひろがり、流れゆく。

どこまでも、どこまでも。

そこには、人が勝手に決めた“境界”なんてない。

この「世界」には、

本当に素晴らしいことが沢山あって、

素晴らしい人が沢山いて、

それらに触れていくために、境界なんてジャマなだけ。

もちろん、見たくないものも沢山あるだろう。拒絶したいことも沢山あるだろう。

限られた世界で生きていけたなら、それはそれでラクかもしれない。

でもね。

その代償に、

あんなに素晴らしいものを知ることが出来なかったなんて、

あんなに素晴らしい人に出会うことが出来なかったなんて、

考えただけでも、ゾッとする。

一歩一歩でいい。立ち止まったっていい。

ただひたすらに、

とても大きな“つな”を張り巡らせていくように、

自分とまだ見知らぬ何かをつなぎ合わせていく。


どうか、人生に“より”をかけて、長くて丈夫な“良い時間”を。



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His name is "Ko".

彼の名前は「紘(こう)」です。
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10月末から11月への慢心

というわけで、めでたく第二子を授かった。

「七夕」生まれの長女に続いて、「文化の日」生まれの長男。

なかなか“ねらい”が正確だなと感心する。


結果的には全く問題ない「安産」だったので、何も言うことはないのだけれど、

第二子の妊娠から出産に至るまでの「時間」は、思ったよりも大変だった。

そもそも、“二人目”ということに対して、

僕の中で、無意識レベルでの慢心というか、少なからずの油断があったのではないかと、今となっては思う。

そして、予定通りに進まないことが当たり前なのに、予定外の事象に対して若干の焦りも感じてしまっていた。

新しい生命が誕生するということは、やはり只事ではないのだなと痛感した。



少し振り返る。


遡ること10日程前から、“いつ陣痛がきてもおかしくないよ”という状態になったとのことで、

にわかにそわそわしはじめる。

それから数日間は特に何事もなかったが、なんとなく落ち着かない日々を過ごした。

10月30日が過ぎ去ろうとする23時、「陣痛始まったかも」というメッセージで最初のスタンバイ。

愛妻は入院したが、結局その夜の陣痛は進展せず、自宅待機のまま就寝。

すぐに外出できる服装のまま眠ったけれど、朝まで連絡はなく、普通に起床。

「ハロウィン出産か!?」という思いを一様に持ったが、

結局、愛妻の状況に変化はなくその日は正午過ぎに一旦帰宅。

「焦らすねえ」と思ったが、

よくよく考えれば、僕はハロウィンに対して無闇矢鱈にはしゃぐ社会の風潮を小馬鹿にしている節があるので、

“ハロウィン息子”にならなくて良かったなと、こっそり思っている。

(子供がはしゃぐのは当然だと思うので、愛娘のハロウィン姿は写真撮りまくるけどさ)



明けて11月。とはいえもう今日明日には生まれるだろうとたかをくくり、週末に入った。

さあいつ来るかと構えたまま、11月1日を過ごした。

「スーパーマン」になったばかりの頃のクリストファー・リーヴの恋愛映画を観つつ日をまたいだ。

とても映画の感想をまとめられる心境ではなかったので、すぐに床に就いた。

それから1時間程経った11月2日午前2時半、iPhoneのコール音が眠りを裂いた。

「ついにか!」とまどろみをかき消して、5分で愛妻を実家まで迎えに行き、

深夜の暗闇の中、夫婦二人、産院に向かった。


この時、まだ僕には、出産を控える父親としての慢心があったのだろうと思う。



つづく

11月2日→11月3日

11月2日午前3時、真夜中の闇と冷ややかさを突き抜けて、産院に到着。

郊外にある産院の周辺は当然真っ暗で、焦りもあってか、駐車場の車止めを大きく外して駐車してしまった。

ただ僕はその時も、油断というか、変な余裕を持ってしまっていた。

たった一度きりの「経験」に慢心していた。

「明るくなる頃には生まれるかな」などと、浅はかな予想まで心の中でしていた始末。

そんな予想をあざ笑うかのように、愛妻の陣痛はなかなか本番に至らず、

夜はとうのに明け、日はすぐに高くなった。


前駆陣痛の日々で、病院の行き来が重なり、さすがの愛妻も精神的に参ってきている様子だった。

本来、予定日はまだ先なのだから何も焦る要因などはなかった。

落ち着いて、愛妻のフォローをすることが僕の唯一の役目、であるべきだった。

しかし、睡眠不足による徒労感と、勝手な思惑が外れたことによる焦りが、つい言葉の端に表れてしまっていた。

結果的に愛妻にいらぬプレッシャーを与えてしまった。

まさに、慢心の極みだったと思う。猛省。


話し合い、助産師にも相談し、翌日の朝までに陣痛が来なければ、促進剤を使ってみようということになった。


夕方、気晴らしに近くのショッピングモールに行き、親子3人でぶらついてみた。

ほんとにほんの少しの時間だったし、ショッピングモールは笑っちゃうくらいに寂れ気味だったけれど、

3人だけで歩くのは何だか久しぶりのような気がして、とても楽しかった。

今思えば、ああして僕と愛妻と愛娘の3人だけで買い物をすることは、しばらくないのかもしれない。

そう考えると、何だか感慨深い。



その夜、

愛妻は小康状態だったがゆっくり休むためにそのまま一人産院に泊まり、

僕は一人家に帰り、

愛娘は愛妻の実家に帰った。(ばあちゃんとひいばあちゃんと温泉に行った)



前夜ほとんど寝ていないこともあり、家に帰るなり疲労感で身動きが取れなくなった。

シャワーをなんとか浴び、そのまま午後8時過ぎは眠りに落ちてしまっていた。



明けて11月3日午前5時55分、

目が覚めたのと、LINEの着信音が鳴ったのと、どっちが早かったのかは定かではないが、

「けっこう痛くなりだした」と、愛妻からのメッセージが入った。

うつつの中で、「マジで」と返した。


なんと僕は10時間も眠っていた。




つづく

秋空

11月3日午前6時の陣痛報告。

二度の“フライング”に慎重になっていたのだろう。

相当な激痛を携えていたはずの愛妻は、努めて冷静なメッセージを送ってくる。

そんな心情を察し、「ついに本番なんだな」と思った。


急いで「身支度」をした。

ただの身支度ではない、「結婚式出席」のための身支度だった。

実は、当日は午前中からの結婚式に招待されていた。

状況が状況だけに、多少の遅刻や途中退席は致し方ないだろうと思っていた。

ともあれスーツを着こみ、ご祝儀を確認し、家を出た。

東の空は朝焼けだった。良い天気になりそうだった。


産院に着き、病室に入ると、愛妻が痛みに顔をゆがめていた。

苦悶の表情だったが、その中には安堵感も垣間見れた。

今度こそ本当に3年前の“痛み”を思い出したという愛妻が、

誰よりもいよいよ「本番」だということを感じていたことだろう。

到着して間もなく、準備ができたとのことで分娩室に入った。午前7時ちょうどだった。


分娩室のベッドの上、繋がれた機器の数値の増減の通りに陣痛がやってくる。

「きたきた」という愛妻の反応に合わせて、僕は彼女の股間をぐうっと強かにおさえる。

「ああ、そうだそうだ」と僕も3年前のことを思い出していた。

陣痛の合間をぬって、義母に状況をメール報告。

愛娘も出産に立ち会いたいと言ってたらしいが、今起きたばかりとのことで、どうやら間に合いそうになかった。


1時間経過、陣痛の間隔は順調に狭まり、2〜3分間隔になっていた。

午前8時過ぎ、助産師が子宮口の全開を確認。クライマックスだ。

3年前の経験から、“いきむ”ことを許された愛妻のパフォーマンスの高さは知っていたので、

もう時間はかからないなと確信した。

ビデオカメラを構えるが、ベテラン助産師に制されて補助に徹することに。

そして。

案の定、愛妻は数回いきんで、するりと産んだ。


2014年11月3日午前8時23分。第二子となる愛息誕生。

愛息は生まれ出た瞬間から泣き始め、おしっこもした。

二人の無事を確認し、愛妻を抱きしめた。



前述したとおり、結果的には今回も超安産で、何も言うことはなかった。

苦労らしい苦労も実際は何もなかったとも言えるだろう。

けれども、

やはりひとつの生命を生み出すというプロセスは、並大抵のことではなく、

喜びも悔みも含めて様々な感情が渦巻いた。



しばらくして、愛娘が義母に連れられてやってきた。

初対面した弟を、少し緊張した面持ちで、慎重に撫でていた。

弟の誕生により、姉となった愛娘もこれからまた色々な感情を渦巻かせることだろう。

その様子を見届けて、産院を後にした。どうやら結婚式には間に合いそうだ。

晩秋の広い空にいくつもの雲が悠然と流れていた。

【追悼】映画俳優 高倉健

運転中、ふと見たネットニュースで高倉健さんの訃報を知った。

思わず運転していた車を停め、しばし茫然とした。

日本映画史上、最も大きく長く光り輝いた巨星だったと思う。


これまでに鑑賞した主演映画を顧みた。

とても中途半端な数の“7選”となった。

僕は、まだまだこの人の映画を観られていない。

けれど、まだまだ観るべき作品が数多く残されていることは、幸福だとも思う。


また「映画」でお目にかかる日まで、

さようなら。




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「網走番外地」
1965年【日】
監督:石井輝男
レビュー



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「昭和残侠伝 死んで貰います」
1970年【日】
監督:マキノ雅弘
レビュー


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「新幹線大爆破」
1975年【日】
監督:佐藤純彌


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「幸福の黄色いハンカチ」
1977年【日】
監督:山田洋次
レビュー


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「野性の証明」
1978年【日】
監督:佐藤純彌
レビュー


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「ブラック・レイン」
1989年【米】
監督:リドリー・スコット


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「鉄道員(ぽっぽや)」
1999年【日】
監督:降旗康男

消耗

今月はただただ慌ただしい。

文化の日の長男誕生以降、幸福感の反対側で右往左往するばかりで、色々と消耗が激しい。

僕の場合、「消耗」の要因は仕事における鬱積に尽き、今月のそれももちろんその範疇。

特に今週は、週明けから精神的なダメージが大きい事象が発生し、

その対応と、これから年末にかけての重圧に鬱々としている。

一日一日を、頭を抱えるようにしてやり過ごすしかない。


仕事の合間、携帯電話の待受の子らの写真を見る回数が増える。

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ハッピーバースデー

33歳になった。

愛娘が今年3歳になり、今月愛息も生まれた。

子の成長を目の当たりにしていると、そりゃあ自分自身も歳をとることに達観してくる。

近頃は、また一年歳を重ねられたことに感謝を感じられるようになった。

職場で貰った恒例のホールケーキをお土産に帰った。

愛娘が、“ハッピーバースデー”を上手に歌ってくれた。

泣けたよ。


残一ヶ月

あと5分で12月になる。今年もあと一ヶ月というわけだ。

今年の師走は、例年になく多忙を極めることが確定している。

まったく気が重い。

ため息をいくらついてもつき足りないが、これを越えなければ年も越せないし、

何がどうあっても、始まりと終わりがあることは、

いい加減よく分かっているつもりなので、ともかく始めるしかない。

さあいこうか。

4週間後、清々して正月休みを迎えられることを願う。

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