2014年02月

  1. 2014/02/05 大洲
  2. 2014/02/06 ドラゴンボールをめぐる冒険
  3. 2014/02/06 名優という損失
  4. 2014/02/08 sochi.ru 2014
  5. 2014/02/09 渾身
  6. 2014/02/10 早起き
  7. 2014/02/12 二人の絶対王者
  8. 2014/02/14 解説者たち
  9. 2014/02/15 氷上の皇帝
  10. 2014/02/15 午前4時の歓喜
  11. 2014/02/18 レジェンド
  12. 2014/02/19 過去を越える価値
  13. 2014/02/20 第一号という価値
  14. 2014/02/20 午前4時の落胆
  15. 2014/02/21 「時代」の“終わり”と“はじまり”
  16. 2014/02/24 【ソチ五輪総括】勝利のためのコミュニケーション
  17. 2014/02/27 きっかけ
  18. 2014/02/28 ぞうさん

大洲

先週は、仕事とプライベートで、2回大洲に行って、同じレストランで昼食を食べた。

松山市の老舗「デュエット」の系列店で、久しぶりにミートソースを食べた。

相変わらず美味かったけれど、「小盛り」を食べ切ることで精一杯だったことに歳を感じて、少々下がった。

まあ、小盛りでも500gあるってんだから、呆れる。

家族で食事をした後、しばし大洲を散策。

おはなはん通りを歩き、ポコペン横丁へ。懐古主義に浸る。

当時大洲に住んでいた愛妻と、初めてデートらしいことをした場所がここだったので、ふいに感慨深かった。


思い出は薄れるけれど、決して無くなりはしない。

思い出すことがまた思い出になる。


20140202大洲ドライブ

ドラゴンボールをめぐる冒険

「ドラゴンボール」がなんだか無性に読みたくなって、実家から全巻持って帰った。

連日夜更かしをして全42巻を読みふけった。

分かりきっていたことだが、結局のところ……、サイコーに面白い!

というのが、久しぶりに全巻読破した率直な感想。

鳥山明という漫画家は、やはり天才であり、生けるレジェンドだと心の底から思える。

何が良いのかなんて挙げていてはキリが無いので、それはどっかの飲み会で延々と放出しよう。

今回全巻読み直して改めて巧いと感じたのは、

タイトルである“ドラゴンボール”を、最後の最後まで物語のキーとして描き切っていること。

この漫画が、7つ揃えば何度も願いが叶うというドラゴンボールをめぐる物語であり冒険であるということを、

最後の最後まで貫き通している。

連載が進むにつれ、描かれる世界観は果てしなく拡大していったこの漫画において、

そのテーマの一貫性は、やはり見事としか言いようがなく、素晴らしい。

ピラフ大王はその後何をしているのか?とか、

兎人参化の末路の惨さとか、

ブルマは連載中何回ヘアースタイルを変えたのかなどなど、小ネタを追っていても楽しい。


20140205 2005

名優という損失

週明け、世界の映画ファンにとってあまりにショッキングなニュースが飛び込んだ。


米国人俳優フィリップ・シーモア・ホフマンの死去。


現在の映画界に最も欠かせない名優の一人であるアカデミー賞俳優の急逝は、

あまりに悲しく、その損失はあまりに大きい。

死因は薬物の過剰摂取ということで、どうやら過度の麻薬中毒だったらしい。

あの繊細で独特な表現力の裏側には、やはり他人には理解出来ない苦しみと葛藤があったのだろうか。


いずれにしても、46歳での死去は若過ぎる。

ただただ悔しい。


観ていない映画もたくさんあるが、彼の出演作でその演技力の妙が観られるお薦めは、

シドニー・ルメット監督の遺作「その土曜日、7時58分」と、ホワキン・フェニックスとの競演が記憶に新しい「ザ・マスター」。


その土曜日、7時58分 コレクターズ・エディション [DVD]その土曜日、7時58分 コレクターズ・エディション [DVD]
(2009/07/03)
フィリップ・シーモア・ホフマン、イーサン・ホーク 他

商品詳細を見る



ザ・マスター [Blu-ray]ザ・マスター [Blu-ray]
(2013/09/20)
ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン 他

商品詳細を見る

sochi.ru 2014




日が変わって2月8日土曜日の深夜1時半、

いよいよソチ五輪開幕!

当然の如く、開会式中継を観ている。

冒頭のビジュアルから、ロシア独特の美意識を感じつつ、高揚感が湧き上がってきた。


それにしても、前回のバンクーバー五輪からはや4年か。つくづく早い。


さあ、眠気を誤魔化しつつ、幸福な感動の日々を楽しもう。




ちなみに、個人的な日本勢のメダル獲得予想は、下記の合計8個!

ジャンプ 2
ノルディック複合 1
フリースタイル or スノーボード 1
スピードスケート 2
フィギュアスケート 2

金メダルは、2!


多い分には全然はずれて結構です(*≧艸≦)

渾身

冬季五輪過去3大会において、おそらく殆どの日本人は、

開会式直後に同様の悔しさを感じてきただろう。

残念ながら、結果的には今大会においてもその悔しさは繰り返された。



女子モーグル決勝。上村愛子、4位。

“渾身”の4位。



過去のどの大会よりも“悔しさ”は大きかった。

採点競技ならではの悲運な結末に、憤りを覚えた日本人は少なくあるまい。

6人で行われる最終決勝に勝ち残った上村愛子は、

過去のどの大会よりもメダルに肉薄したことは言うまでもない。

殆ど手中にしていたと言って良い。

どの選手よりもアグレッシブで高度な滑りは素晴らしかった。

たらればは意味がないが、もし準決勝が6位通過でなく決勝の滑走順が1番手でなければ……。


いろいろと悔しい思いは残るけれど、

競技後の彼女の清々しさに溢れた笑顔と言葉に救われた。


NHKのベテランアナウンサーの工藤三郎アナが、直後の中継でとても良いことを言っていた。

上村愛子は五輪のメダル獲得という価値超越した世界に辿り着いたのだと思う。

それはアスリートにとって高尚で幸福な境地なのだと思う。


この日本が誇るスキーヤーが、いつか世界の頂点に立つ選手を育て上げて五輪に帰ってくるのは、

そう遠くない未来のことように思う。


20140209-00000027-jij_afp-000-1-view.jpg

早起き

昨夜は思案の末、0時前に床に就いた。

五輪中継を、

極限まで夜更かしをして観るか、

早起きをして録画をまとめて観るか、

競技時間を照らし合わせて、

結果後者を選び、5時に起床。

フィギュアスケートの団体と男子スキージャンプのノーマルヒルは、

どちらもメダル獲得には至っていなかった。


テンションが上がらぬまま、週明けの出勤。

今夜あたりは、そろそろメダル獲得のシーンを見られるといいけど。

二人の絶対王者

冬季五輪の女神は本当に気まぐれだ。

今大会で金メダル最有力候補と目された日米の“絶対王者”の二人が、奇しくも同じ夜に涙を飲んだな。

ショーン・ホワイトと高梨沙羅が、表彰台にすら上がれないなんて、誰が予想しただろう。

だからこそ面白いんだろうけれど。

解説者たち

冬季五輪の醍醐味は色々あるだろうが、

その確実な要素の一つは、

感極まる中継解説者の高揚感だと思う。

夏季五輪でも同様だが、冬季五輪では特に強化費が恵まれないマイナースポーツが多い。

中継を担当する解説者の多くも、そんな競技環境の中に身を置いている人が殆どなわけで、

そんな中での日本人選手の勝利と敗北には、選手らと同様に一喜一憂せずにはいられないのだろう。


昨日は、ノルディックスキー複合個人(NH)で渡部暁斗が、20年ぶりに日本にメダルをもたらした。

この快挙において、ある意味それを成した渡部暁斗本人よりも印象深かったのが、“荻原兄弟”である。

かつて“キング・オブ・スキー”の名を欲しいままにした兄・荻原健司は中継解説で絶叫し、弟・荻原次晴は国内の生放送で号泣した。

この種目が「日本のお家芸」と称されていた時代に、

日本を牽引した彼らもまた長い長い不振の期間を「当事者」として耐えてきたのだろう。


そういった解説者たちの感情の吐露は、時に選手たちのパフォーマンス以上に感動を呼ぶ。

そんなときは解説なんてないがしろにしてもらって大いに結構。

早くもソチ五輪も後半戦に入ろうとしている。

日本人解説者の絶叫と涙声をもっと聞きたい。



氷上の皇帝

目覚ましは午前5時半にセットしていたけれど、スヌーズの繰り返しの果てに結局起きられたのは午前7時前。

身支度をしながら、日本時間の未明に行われたフィギュアスケート男子SPの録画を見ていた。

早送りをしながら見ていたら早々にロシアの皇帝エフゲニー・プルシェンコが登場。

するといきなり審判席で何やら文句らしいことを言う様子が映し出された。

「またなんか文句言ってらー」と一寸呆れたが、何やら様子がおかしい。

え、え、うそ……?

まさかの皇帝棄権。

スポーツファンとしての悲しみ、日本勢を応援する者としての喜び、瞬間的に感情が入り交じり呆然としてしまった。

そのまま、朝の短い時間の中で、日本人選手のパフォーマンスを観戦。

羽生結弦のSP史上最高得点には大いに高揚したが、

それでもプルシェンコが棄権をしたという事実への動揺が尾を引いたまま出勤した。


当たり前だが、あんなに無念な表情のプルシェンコを初めて見た。

悔しかろう。残念だろう。

彼が日本人選手の前に立ちはだかる度に恨み節を繰り広げてきた。

五輪の度に「なんで出てくるんだ!」と憤った。

完璧過ぎるスケーティングに「面白味がない」などとケチをつけてきた。


それらすべての彼に対しての感情は、嫌悪を越え、畏怖となり、いつしか尊敬に至っていたことに、

「棄権」に対しての大いなる失望と喪失感と共に気付いた。


祖国のために団体戦で金をもたらした代償は大きかったが、

その姿はまさに偉大なる「皇帝」そのものだったと思う。


午前4時の歓喜

“新王者”は、開口一番「すみません」と頭を下げた。

想像以上の緊張により満足なパフォーマンスが出来なかったと。

確かにベストパフォーマンスではなかった。

大き過ぎる重圧に必死に耐えながら何とかフリースケーティングを滑り終えたということは明らかだった。

世界選手権3連覇中の王者パトリック・チャンに逆転されることを覚悟した。

しかし、頂点に立ったのは、羽生結弦だった。

ベストパフォーマンスでなくともスポーツ史に残る偉業を果たしたことに、

この選手の天性のスター性と資質、そしてアスリートとしての“強かさ”と“狡猾さ”を感じた。

終わってみれば、勝つべくして勝ったようにすら見える。

それは彼が、初出場の五輪の舞台で自らに流れを引き寄せ、その場を支配したことに他ならない。

氷上の皇帝プルシェンコが欠場したことは、やはりラッキーだったとは思う。

しかしそれは、羽生結弦がプルシェンコに勝つことが難しかったということではない。

プルシェンコの欠場に伴い、メダルを争う他の選手たちが大いに動揺した。

表彰台の枠が突如空いたことで、パトリック・チャンや日本の町田樹を含め、

多くの選手が浮き足立ってしまった印象を受けた。

まわりの緊張感が必要以上に高まる中で、

むしろ羽生結弦は落ち着き、SPで摑み取った“流れ”を手放さずに済んだのだと思う。


本当に素晴らしく、本当に嬉しい“新王者”の誕生だったと思う。

日本勢による複数メダル獲得の可能性も充分にあったので、

あとほんの少しの残念さはあるけれど、町田樹も髙橋大輔もそのパフォーマンスは素晴らしかった。

町田樹は、初の五輪の舞台で自らの「個性」を充分に発揮し、メダルに肉薄してみせた。

そして、髙橋大輔は、様々な障壁を乗り越えた何とか辿り着いた“最後の舞台”で、

長年多くのファンを魅了した彼らしいスケーティングを見せられるまで仕上げてきた。

両者はメダルには届かなかったけれど、「史上最強」と称されるに相応しい代表選手ぶりを見せてくれたと思う。


とても幸福な午前4時過ぎだった。

レジェンド

自分が生まれて初めてのオリンピックは1984年のロサンゼルス五輪だけれど、

当然ながらリアルタイムでの記憶は無い。

1988年のソウル五輪や1992年のバルセロナ五輪の記憶はかろうじてあるけれど、

熱心にテレビ中継を観たという印象は無い。

自分の意志で、夜更かしをしてでも、しっかりと五輪のテレビ中継を観戦し始めたのは、

1994年の冬季大会、リレハンメル五輪だったと思う。


そのちょうど20年前のオリンピックで、銀メダルを獲得した日本人選手が、

20年後のオリンピックで再び銀メダルを獲得するなど一体誰が想像できただろう。


葛西紀明の銀メダル獲得は、やはりとんでもないことだ。


五輪7大会連続出場の41歳の“伝説的”な選手が、メダルを獲得したということ。

日本人として、スポーツファンとしてこれほど興奮し嬉しいことはなかった。

しかし、競技後すぐに僕たちは“レジェンド”と称される選手の本当の「価値」をまだ見誤っていたことに気付く。

41歳の“レジェンド”は、競技直後のインタビューで「4年後」を語った。

思わず笑ってしまったが、次の瞬間改めた。

このあくなきアスリートとしての探究心こそが、葛西紀明というスキージャンパーの価値なのだと思う。

「長野五輪」の雪辱はよく取沙汰される。

勿論それは彼の大きな動機の一つであることは間違いないのだろうけれど、

決して彼はその悲劇的な境遇に固執しているわけではないのだと思う。

ただただ飛び続けたいから飛ぶ。

本質的なモチベーションはどこまでもシンプルで、どこまでも研ぎすまされているのだと思う。


「伝説」は終わらない。

41歳で出来たことが、45歳で出来ないわけがない。

葛西紀明の笑顔を見ていると、そんな途方も無いことが当たり前に思えてくる。

過去を越える価値

個人戦の銀メダル獲得でも涙を見せなかった“レジェンド”が、

はじめて涙を見せた。

スキージャンプ団体、日本銅メダル獲得。

素晴らしい。

ただただ感動。

葛西紀明が言う通り、

この銅メダルは、

リレハンメルの銀メダルよりも、

あるいは、長野の金メダルよりも、

大きな価値を持っていると思う。

何度でも言う。

素晴らしい!


20140218dantai.jpg



第一号という価値

スノーボード女子パラレル大回転、4大会連続出場の竹内智香選手が、銀メダル獲得。

「想定外」なんて言っちゃうと甚だ失礼極まりないのだけれど、驚きは喜びを倍増させるもので、見事としか言いようがない。

どんな世界でも、「第一号」という快挙の価値は計り知れない。

特に新興のマイナースポーツ界におけるその影響力は大きく、もちろん本人を含めて、この競技に関わるすべての人たちにとって幸福な価値になり得るに違いない。

国内のパイオニアとして、単身世界に挑み続け、一つの大きな結果を勝ち取った竹内選手の功績は、存分に讃えられるべきだ。

午前4時の落胆

スポーツ観戦に「落胆」はつきものだ。

それが強者が集う世界大会であれば尚のこと。

歓喜と落胆は常に表裏一体であり、それに対しての覚悟がなければスポーツ観戦なんてするもんじゃないと思う。


ただ、今日の“午前4時の落胆”は、近年記憶が無い程の大きなダメージを被った。

フィギュアスケート女子の浅田真央の悲願の金メダルへの挑戦は、

メディアが安直に浮き足立つほど楽観できるものではないということは理解していた。

諸々の状況を踏まえて、表彰台の死守ができれば上等だと思っていた。


「結果」に対して、無責任なスポーツファンの一人として、色々と言いたいことは尽きない。

敗因や問題点は枚挙にいとまがないが、FSを残す今の段階でそれらを挙げることはやめておこう。

ただはっきり言えることは、少なくともSPで浅田真央をはじめとする日本勢は「完敗」したということ。

その事実に対しては、何の言い訳ができるはずもなく、ただただ残酷に突きつけられた事実だ。


SP前の報道の中で、韓国内の街頭インタビューに答えた中年女性が、

「キム・ヨナ選手は浅田真央選手に勝てるか?」という質問に対して、

さも当然のように、

「まったく相手にならない」と答えていた。


それを見た時点では、「まったく韓国人はなんでこんな物言いをするのだろう」なんて揶揄したけれど、

今は、その中年女性に対して何も言うことは出来ない。

言い訳や綺麗事をいくら並べ立てようとも、「勝者」に対して「敗者」は何も言うべきではない。


それが「勝負」であり、それが「スポーツ」だ。


等しく人生をかけて勝負に挑むアスリートたちを批判することは一切したくない。

ただ残された機会の中で、勝負に対しての気概を最後まで見せてほしい。

観戦者が唯一許されることは、その時に残酷なまでの「期待」を持ち続けることだ。

「時代」の“終わり”と“はじまり”

冬季五輪の“花形”である女子フィギュアスケートが終わり、ソチ五輪もフィナーレが近づいてきた。

期待が集中した花形競技で、浅田真央選手をはじめとする日本人選手のメダル獲得が成らなかったことは、

やはり想定外のことで、落胆も大きかった。

それは、はからずも、2006年のトリノ五輪での荒川静香の金メダルから始まった、

日本女子フィギュアの黄金時代の“終焉”を表しているかのようで、

とても寂しく思う。


ただし、その一方で、今大会の女子フィギュアスケートが稀に見る面白さだったことも間違いない。

その最たる要因と、日本勢が引っ張ったこの8年間における一抹の物足りなさが、同じものであったと気付く。


即ちそれは、“欧米勢の強さ”だ。

もっと絞り込んでしまえば、ロシア人選手、アメリカ人選手の脅威の不在だと言っていい。

この8年間、世界大会の表彰台は、韓国のキム・ヨナ選手を含め、アジア勢が席巻していたと思う。

もちろんその中に、欧米の強豪選手が食い込むことはあったろうが、決して「脅威」ではなかった。

日本勢の活躍がとても喜ばしい反面、世界全体のレベルが停滞してしまっているような雰囲気を感じ、

心の底から高揚できなかったような気がする。


ソチ五輪の女子フィギュアが盛り上がったのは、

間違いなく、ロシア、アメリカを筆頭とする欧米勢の復活があったからだ。

そして新しい世代の選手たちが、ネクストレベルへの可能性を示してくれたからだと思う。


「時代」が移り変わる狭間の群雄割拠のせめぎ合いの中で、

ベストパフォーマンスに挑み続け、それを果たした世界のトップ選手すべてに賞賛を捧げたい。


sochi20140221.jpg



印象的だった各選手のまとめを下記にて↓


6位 浅田真央/日本

悪夢のSPから一夜明けてのFS、実況のアナウンサーの言葉と同じく「これが浅田真央だ」と思った。
昨日の「敗北」からのこの切り替えは奇跡的だったと思う。
彼女が日本史上最高のフィギュアスケート選手であることはやっぱり間違いない。
惜しむらくは致命的な“ムラ”があったということ。
ただそのムラは、“伸びしろ”がまだ残されているということだと僕は思う。
「4年後まで続けてほしい」とはもはや言うまい。
でも、きっと彼女はまた滑りたくなると思う。


5位 ユリア・リプニツカヤ/ロシア

この15歳の技術と表現力、そして更なる潜在能力は本物だった。
個人戦はミスに泣いたけど、彼女が次期女王候補の筆頭であることは揺るがないだろう。
今大会において彼女だけは、団体戦の影響があったと言っていい。
硬派で攻撃的な振る舞いも、個人的には好きだ。


4位 グレイシー・ゴールド/アメリカ

ここまでハイレベルな争いにならなければ、アメリカ人としてサーシャ・コーエン以来の表彰台も可能だったはず。
ただ、このハイレベルの中でメダルに肉薄したことの方が、彼女にとっては大きな自信となっただろう。
18歳の彼女が、この先もロシアの2選手とせめぎ合っていくことが、
女子フィギュアのレベルを引き上げていくことになると思う。
個人的には今一番好きな選手。


3位 カロリーナ・コストナー/イタリア

地元開催のトリノ五輪以降、個人的には揶揄の対象にしてしまっていた選手だった。
が、それだけに8年越しの五輪でのメダル獲得には殊更に高揚し、想定外に喜びがこみ上げた。
ずうっと見てきたからこそ分かることだが、この8年、この選手がもっとも努力したんじゃないかと思う。
五輪で泣き続けた欧州女王が、最後の五輪で念願を果たした様には感動した。


2位 キム・ヨナ/韓国

再び頂点に立つことはなかったけれど、この人がナンバー1であることはやはり間違いなかったと思う。
某人気漫画風に言えば、「この時代の名が“キム・ヨナ”だ!」ということだったのだと思う。
演技直後の様子を見る限り、満身創痍であったことも明らかだし、
この4年間、あらゆるしがらみとバッシングの中で苦しみ続けたのだろうことも明らか。
それでも最後まで女王の貫禄を見せつけ、プライドを示し続けたことは、尊敬に値する。
間違いなくフィギュアスケート史に残る選手だったと思う。


1位 アデリナ・ソトニコワ/ロシア

まさにダークホース。でも実力は本物。
15歳のリプニツカヤが“月光”ならば、17歳の彼女はまさに“太陽”。
好対照な二人がロシアの新しい黄金時代を築いていくのは間違いない。
地元開催の五輪で、この花形競技初の金メダリストになったことは、文句無しの偉業だと思う。



「黄金時代」の終わりはさみしいし、悔しい。

でも、終わりは、常にはじまりでもある。

日本国内においても新しい「女王」が生まれることに期待したい。

【ソチ五輪総括】勝利のためのコミュニケーション

「ああ、もう始まるのか」と、実は今ひとつ乗り切れない感覚のまま開幕したソチ五輪だったが、

実際に始まると、とても熱く、エキサイティングな18日間を世界中に見せつけた、良い冬季五輪だった。

開幕前、我が家の恒例で日本選手団のメダル獲得数を予想し、僕は8個と予想した。

見事的中。ぴったり数が当たったのは初めてかもしれない。

どうしても“期待”が上回るので、多めに予想しがちで、大概届かずに外れてしまうのだけれど、

そういう意味でも、「8個」という日本勢のメダル獲得数は、大健闘だったと思う。

高梨沙羅と浅田真央という大本命が、メダル獲得に至らなかった中でのこの戦績は、

「日本チーム」として、本当に“頑張った”結果だと思う。

大きな落胆はもちろんあったけれど、それ以上に、驚きと歓喜に溢れた冬季五輪だったと思える。


今回、冬季五輪の各種目を通じて最も印象的だったことは、

世界各国の選手間同士が、とても身近な存在で、

深いコミュニケーションの中で国籍を越えて互いに切磋琢磨しているのだろうなということだった。

それはまさに冬の競技ならではのことで、

毎年のシーズン期間、毎週のようにワールドカップを転戦する競技が多いからだろうと思う。

競技を終えた選手たちが、とても親密に喜び合い、讃え合う姿は、とても清々しく、良い光景だと思えた。


ただ、日本チームの各競技において、その世界に対しての「親近感」は、

そのまま「戦績」に直結しているようにも見えた。

世界のトップの選手同士、またはスタッフ同士で、しっかりとコミュニケーションが取れている競技は、

おのずといい結果に結びついているように思えた。

前提として、ワールドカップの転戦において常に上位に食い込んでいるか否かということは勿論あるが、

その上で、各国の選手たちと尊敬し合える関係に至っているかどうか、

互いの「情報」を共有し合える関係に至っているかどうか、

勝負の明暗を分けたのはそういう部分だったと思う。


そういう意味で良好な結果が出た代表的な競技は、スキージャンプだろう。

“レジェンド”葛西紀明に対する尊敬、そして世界中が金メダル獲得を疑わなかった高梨沙羅の存在感、

しっかりと世界から一目置かれる存在になり、ライバル選手らとの力関係を正確に掴んでいたからこそ、

長野五輪以来のメダル獲得に至ったのだと思う。


逆に、2大会ぶりにメダル無しに終わったスピードスケートは、

そういう世界とのコミュニケーションが不足していたように感じた。

五輪直前までメダル獲得を有力視していた選手らがことごとく倒れた。

ベストパフォーマンスが出せなかったというよりも、想定以上に世界と差が開いていたというのが正直なところらしい。

やはり、相手の力量を正確に推し量ることが出来ていなかったことが敗因と言っていいと思う。


そして、競技環境上そういったコミュニケーションが最も密に行われているのであろう、

スノーボード、フリースタイルスキー等の新興競技で、嬉しい快挙が続いたことも、

世界との関係性の重要性が現れた結果だと思う。



要するに、スポーツの世界において「勝利」するためには、

自分たちの国以外の人々とのより親密なコミュニケーションが不可欠だということであり、

詰まるところ「平和」という言葉に帰着するのだと思う。


そういったことに気付かせてくれた今大会は、

オリンピックが、まさに「平和の祭典」と呼ぶに相応しいものであるということを雄弁に物語っていた。


Thank you Sochi , Bye Bye.

きっかけ

インターネットで、

ハウジング関係の本と、

長財布を買った。

本は思っていた内容と違ったが、読んでみると、

これはこれで、これからの住まいづくりへのイメージ創出には役立ちそうだ。

財布は長らくファスナーが壊れたものをしぶとく使っていたのだが、

ようやく買い替えた。


なかなか気が晴れない日々が続いているが、

日常の中で切り替えていきたい。


2014-02-27 221521-2

ぞうさん

詩人のまど・みちおさんが亡くなられたことを知る。

4年前に100歳の誕生日を迎えた彼を追ったドキュメンタリーを見た。

人生を幾重にも重ねた老詩人の「涙」と「慈愛」に涙が溢れた。

そのことを思い出し、また泣いた。



「ぞうさん」/まど・みちお 詩

ぞうさん ぞうさん

おはながながいのね

そうよ

かあさんも ながいのよ


ぞうさん ぞうさん

だれがすきなの

あのね

かあさんが すきなのよ




この誰もが知っている童謡が、

他人との違いを自らが認め、それを愛し、誇りに思う様をあらわしていると気付いたとき、

僕はおおいに救われた。


ご冥福をお祈りいたします。



ぞうさん-まど・みちお童謡集-[白寿記念]ぞうさん-まど・みちお童謡集-[白寿記念]
(2007/11/07)
童謡・唱歌、水谷玲子 他

商品詳細を見る

  Template Designed by めもらんだむ RSS

special thanks: Sky Ruins, web*citronDW99 : aqua_3cpl Customized Version】