2011年10月

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  2. 2011/10/05 映画の秋
  3. 2011/10/06 Steven Paul Jobs
  4. 2011/10/07 育成
  5. 2011/10/10 高低差
  6. 2011/10/13 夢見
  7. 2011/10/15 鳥肌
  8. 2011/10/16 困憊
  9. 2011/10/16 VIP席
  10. 2011/10/17 お楽しみはこれからだ
  11. 2011/10/18 “衝動”
  12. 2011/10/23 夜風
  13. 2011/10/24 幸福な飲食
  14. 2011/10/24 元祖エスパー漫画
  15. 2011/10/26 食事漫画
  16. 2011/10/27 指名
  17. 2011/10/28 女優
  18. 2011/10/28 
  19. 2011/10/30 類似
  20. 2011/10/31 2011CSFS評
  21. 2011/10/31 立ち位置による価値観

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映画の秋

気忙しくなると、ついつい“ひとりごと”すらも億劫になって滞ってくる。

そういう時期は、無意識に「現実逃避」を試みているのか、映画や漫画に向ける意識が強くなる。

そんなわけで、ここのところ空き時間を見つけては映画を観ている。

9月からの一ヶ月あまりで19本だから、まあまあのハイペースだと思う。

今年は、いつになく過去に観た映画の再鑑賞も頻繁だ。

1600本以上も映画を観てくると、

どんな映画だったか内容を忘れてしまっていたり、観たこと自体を忘却していることもしばしばだ。

新しい映画をどんどん観たいところだけれど、

良い映画は何度観ても良いし、過去に低評価だった映画も改めて観返してみると相当面白く感じることもあるし、その逆もある。

気がつけば今年も三ヶ月を切っている。

さあて良さそうな映画を選りすぐって、スパートをかけよう。
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Steven Paul Jobs

スティーブ・ジョブズの訃報は、数時間で世界中を駆け巡った。

Twitterでは、カテゴリーを問わず様々な人が彼の死に触れ悼んでいた。

当然、僕もその中の一人だ。

初めてアップル社の製品を買ったのは4年前の冬、日本製品のMP3プレイヤーを買いに行って、“iPod nano”を衝動買いしてしまった。

その時の「衝動」の瞬間から、僕はアップルユーザーになったのだろうと思う。

そのすぐ後に、Macbookを買い、iPodは2度バージョンアップし、iPadを使い始め、iMacも買った。

ものすごく自然な意味合いで、自分の日常生活にアップル社の製品は溶け込んでいる。

世界中の多くの人にとって同じことが言えるだろうと思う。

そういう製品を生み出し続けたことは、

もはや一企業における経営手腕の評価を超えて、「偉業」だと讃えられると思う。


11月には本人認定の伝記も出版されるらしい。

彼を描いた映画なども近い将来必然的に製作されるだろうと思う。

不謹慎な言い方だが、早くその映画が観たいと思う。

それは即ち、スティーブ・ジョブズという人が「偉人」となったことの表れだ。

彼の精神が、今後も引き継がれていくことを願ってやまない。

育成

夕方、祭り囃子が聞こえてきた。

お祭りなんてここ数年とんと参加していないけれど、

どこからか聞こえてくるお囃子を聞くだけでも、季節の移ろいを感じられて良い。


日付が変わって、今日で愛娘も生まれて三ヶ月が経った。

「早い!」とも思うし、「まだ三ヶ月か」とも思う。

すくすくと成長していく彼女を見るにつれ、自分自身ももっと成長していかないとと、少々焦る。

三ヶ月で体重を2倍にした愛娘に対し、自分は体重の70分の1を落とすことに苦労している。


人を育てるということは、同時に自分を育てるということなのだろうなと思う。

せいぜい育っていきたいと思う。


P1150857.jpg

高低差

両親に生後三ヶ月を迎えた愛娘を見せて、飲んだ。

その帰り道、近所のレンタルショップに寄って、最近の時代劇映画のDVDを借りて帰った。

レンタルショップの敷地の端まで歩いていって、

酔いに任せて石垣になっている垣根を超えて近道をして帰ってやろうと思った。

酔っぱらってはいるものの、怪我だけはすまいと用心したが、

想定よりも石垣は低くて、ヒョイッと下りられた。


昔々、その近隣に住んでいた幼少時は、その高い高い石垣を登っていくことが一種のアドベンチャーで、

一生懸命にその頂を目指したものだった。


ヒョイッと下りてみて、こんなに低かったものかと唖然とした。



夢見

夢見が悪い日々が続いている。

「悪夢」という程ではないが、

“疲れる”長い夢を見続けてその途中で目覚めることが多い。

昨夜は、「ワイルド・スピード」並にひたすらに暴走を繰り返す夢を見たような気がする。

必然的に、眠りも浅いのだろうと思う。

じっとりとへばりつくように肩から首が怠く、偏頭痛もする。

何か気が晴れることがあると良いのだけれど。



まとまった時間も無い時に気を晴らしたい時は、漫画を読む。

ちょうどいつものようにネットで購入した中古漫画が届いていたので、

それを読んでほんの少し気を紛らした。


「午前3時の危険地帯」/ねむようこ

というデザイン事務所で昼夜を問わず働き続ける男女の人間模様を描いた漫画を読んで、

これほどまでは仕事に時間を縛られないことに「まだマシか」と思う反面、

これくらい生活に根付くまで仕事を好きになれれば、「もっと楽になるのかも」と思った。


午前3時の危険地帯 2 (Feelコミックス)午前3時の危険地帯 2 (Feelコミックス)
(2010/12/08)
ねむ ようこ

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さて今夜は良い夢が見られるといいが。

鳥肌

“トップアスリート”と呼ばれる人は世界中に数多くいるだろうけれど、

彼らは大別すると二つのタイプに分かれると思う。

一つは、その人間性を見ているだけで大衆から好かれ、老若男女多くのファンを味方に付けて素晴らしい結果を残すタイプ。

もう一つは、一見するとどういう人間なのか掴みきれず、圧倒的なパフォーマンスを見せつけて初めて大衆を陶酔させるタイプ。

主観なので異論もあろうが、

体操の内村航平は、明らかに後者だと思う。

大き過ぎる重圧がのしかかる中、着地という着地を“ピタリ”と決めていく。

世界選手権の三連覇という、「前人未到」という使い古された言葉がチープに感じられる程の偉業を成したその立ち振る舞いからは、

神々しさを感じると同時に、興奮を超越した鳥肌が立った。


紛れもなく、日本が世界に誇る“現役世界王者”だ。

困憊

とある仕事の「用事」で、日帰りで大阪(正確には兵庫県)へ行ってきた。

往復の道中の殆どを運転し、文字通りのへろへろ状態の午前4時オーバー。

なかなか出来ない経験をし、満足感も大きいが、

今はとりあへず疲労が先行……。

寝よう。。。

VIP席

出勤日の土曜日。

取引先の企業が、阪神タイガース戦の主催ゲームを行うということで、誘いを受け甲子園球場に行った。

当然のごとく、往復の運転はほとんど任され、総運転時間10時間。

いろいろあって、帰りは向こうを0時前に出発するはめになったので、非常に疲れた。


しかも、久しぶりの甲子園のタイガース戦は、広島相手に0-2での6回雨天コールド……。

クライマックスシリーズ進出に望みを繋げるタイガースの快勝を期待していたので、とても残念だった。


しかし、今回のプロ野球観戦の「満足度」は、それでも極めて高いものとなった。


なぜならば、改装した甲子園球場に新設された「ロイヤルスイート」で観戦することが出来たからだ。

「ロイヤルスイート」は、個室タイプの観覧席とバルコニー席が併設された法人契約専用のいわゆるVIP席。

優勝がかかった試合で球団オーナーや社長がよく観戦している映像がスポーツ番組で流れるが、まさにあの席をイメージしてもらうと正しい。

招待券に「ロイヤルスイート」と記されていたので、期待はしていたのだけれど、圧巻だった。


まず入り口からしてまったく別の場所にあり、コンシェルジュ的な人が部屋まで案内してくれる。

ホテルの客室のような部屋に入ると一面のガラス張りの向こうにスタジアムのパノラマが広がる。

部屋にはソファーが置かれ、ある意味贅沢なテレビ観戦も出来る。

料理とお酒を堪能しながら、ゆったりと野球観戦が出来る。(当然僕は酒を飲めなかったが……)

バルコニー席に出ると、球場全体が一望でき、改装して随分綺麗になった甲子園球場を眺めているだけで野球ファンとしては楽しかった。

用意された寿司と“ジュース”を飲み食いしながら、何とも贅沢な気分で野球観戦に興じた。


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甲子園球場ならではの圧倒的な阪神ファンの声援が渦巻く中、試合は広島が先制する展開。

タイガースも幾度も同点、逆転のチャンスを迎えるが、ことごとくものに出来ない悪い流れ。

その流れを象徴するかのように、試合開始直後から降り出した雨足は徐々に激しくなり、6回終了時点で試合中断……。

普通の観戦時であれば、「ふざけんな」と一方的に天を恨み、あまりに激しい雨の中「帰るしか無い」と諦めるところだが、そこはロイヤルスイート。

降雨中断さえも優雅に眺めながら、なんとか再開してくれと願った。

しかし、願いも虚しく30分ほどの中断の後、無念の試合成立。アンパイアの右手が挙がり、コールドゲームのコール。

ラッキーセブンも迎えられなかったので、用意されていたジェット風船を意味も無く放って、球場を後にすることになった。


NEC_4670.jpg



本来なら残念極まりないタイガース戦だったが、おそらくもう一生入れることはないだろうVIP席で一時を過ごせただけで、満足だった。

まあだからこそタイガースの甲子園での勝利を見届けたかったという思いも悔しさも強いが……。




ちなみに、ロイヤルスイートのチケットは、プロ野球カード風のプラスティック製のカードになっている。

渡された3枚のカードから僕が選び取ったのは、「真弓監督」のカード。

この敗戦で今シーズンのCS進出はほぼ絶望的。イコール真弓監督の解任もほぼ確定的。

ある意味“記念”になるだろうと思う。


NEC_4631.jpg


お楽しみはこれからだ

特にこの数年間に顕著にあらわれていることだが、

映画を観る時の感情が、自身の生活に直接的にリンクして揺さぶられることが多くなったように思う。


自分が歳をとるにつれ、必然的に親が老いていく。

そんな折は、様々な親子の姿を描いた映画に涙が止まらなかった。

「ビッグ・フィッシュ」や「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」などなど。


2年前に結婚してからは、夫婦の様に心揺さぶられることが多くなった。

「ぐるりのこと。」や「英国王のスピーチ」などなど。


そして、愛娘が生まれ、当然のように赤子が出てくる映画に涙腺が緩む。

今年、愛娘が生まれる前に観た「八日目の蝉」で涙が止まらなかった大きな理由もまさにそこだろうと思う。

二日連続で観た時代劇映画の中で、主人公の幼い孫が亡くなってしまうシーンがあった。

赤ん坊が高熱で苦しむ姿を観ていて、堪らなくなった。

ひとつは以前に鑑賞済みの作品だったが、前に観た時には生じなかった感情が確かに渦巻いていた。



ずうっと映画を観てきているけれど、

あらゆる映画がほんとうに面白くなってくるのは、むしろこれからのような気がしてきた。



さて、今年もあと2ヶ月余り。「本命」ねらいで観ていこう。

“衝動”

今月も終盤。いつものように、忙しくないわけがないのだが、気忙しさが積もるばかりで相変わらず動きが鈍い。

それでも、ほんとうにギリギリであるが、ある程度の目算は経ったので、ふと本屋に立ち寄った。

「エスパー魔美」の文庫本の第3巻でも買おうと思って探したが、無かった。

ふと文芸書の文庫本の最新刊コーナーに並んでいた小説のタイトルが気になり、衝動買いした。


「殺人鬼フジコの衝動」/真梨幸子


文庫本の帯には「後味の悪さ」と「ラストの衝撃」が強調されたコメントが記載されていた。

おそらくは、湊かなえの「告白」のような類いの小説なのだろうと容易に推測でき、だからこそ期待できた。


合間合間の時間を潰すために読むつもりだったが、まんまと“一気読み”してしまった。

ストーリーそのものに「告白」ほどの完成度の高さは無いが、

前評判通りに後味はサイコーに悪い。

とにかく、登場する人間という人間が、揃いも揃って胸糞悪い人間ばかり。

よくもまあ、これほど酷い人間描写ばかりを書き連ねられるものだと、

不快感を募らせつつ、そのくせその文体から目が離せなかった。


ドキュメント調の計算され尽くした文体の構造はオリジナリティーに溢れ、逆にエンターテイメント性の高さを感じた。

しかし、この小説にエンターテイメントを感じてしまうということ自体が、

自分自身も含め、すべての人間に巣食う“闇”を見透かされているようで、

そのことが何よりも後味を悪くした。

結局のところ、人間の最大の好物は、自分以外の人間の「不幸」なのかもしれない。


日がすっかり暮れた高架下に停めた車内で、重く沈み込むように、そう思った。


殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)
(2011/05/07)
真梨幸子

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夜風

夜風が冷たくて気持ちが良い。

しんどいことの多い日々だけれど、

あらためて、自分はまわりの人たちに生かされているなと、

腕の中で眠り始めた愛娘の肌の感触を感じながら、思った。

幸福な飲食

週末は、どうしても“飲み食い”が盛んになってしまう。

先週末も、友人らと気軽に飲むつもりだったが、

気がつくと、最初に入った某居酒屋チェーン店に延々6時間以上居座っていた。

カロリーを取りすぎないようバランスよくメニューを選んでいたつもりだが、

いくら気を付けようが、6時間飲み食いしていては何の意味も無い。


二日酔いが昼過ぎまで残った日曜日も、

愛娘を初めて海に連れて行き、小腹が空いたのでたこ焼きを食べ、

晩ごはんは鍋(トマトチーズ鍋)にして、

安い白ワインを飲みながら(もちろん自分だけ)、

夫婦二人で3~4人前を平らげた。


まあ、楽しい飲食よりも優先するべきことなどこの世には無いので、良いのだけれど。

ただし、週明けにいつものようにスポーツクラブに行って、

汗水垂らした後の体重計測時の落胆は、

ちょっとキツい。


つまみを買って帰るのを我慢して、アテなしで白ワインの残りを飲む月曜の深夜。


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元祖エスパー漫画

映画も新旧の”観たい!”作品が多くてきりがないが、

漫画も、いつまでたってもきりなく買い続けている。

今更ながら二つの漫画を買い始めた。


ひとつは、「エスパー魔美」。

アニメ化もされた“藤子・F・不二雄”大先生の超有名作品なので、

まさか知らない人は居ないと思っていたが、

我が愛妻は知らなかった……。

自分の中で“F先生”は、

ある意味ではもはや手塚治虫をも超えた漫画史の最高峰として揺るがない絶対的な存在だが、

意外と読んでいない作品が多い。

「ドラえもん」や数々の短編集があまりに凄過ぎると思う反面、

アニメ化された多くの有名作品は少し“幼稚”な印象を持っている部分がある。

しかし、実際に読んでみると、流石だ。

子供向けや少女向けのテイストの中で、

機知に富んだユニークさの中に垣間見える辛辣さが、

深い深い世界観を構築している。

この漫画も、主人公はお転婆でおっちょこちょいのエスパー少女で、もちろん娯楽性は強いけれど、

各ストーリーは必ずしもお手軽なハッピーエンドでは留まらず、

人間の本質的な恐ろしさや愚かさを雄弁に物語っている。

主人公が、画家を生業とする父親の作品のヌードモデルをしてアルバイトをしている点など、

普通の少年漫画では見られない設定も特徴的だ。


“エスパー”をテーマにした漫画は多々あるが、やはり「元祖」と呼ぶに相応しい唯一無二のエスパー漫画だと思う。



思ったよりも長くなってしまったので、もう一つの漫画についてはまた今度。


エスパー魔美 (1) (小学館コロコロ文庫)エスパー魔美 (1) (小学館コロコロ文庫)
(1996/09)
藤子・F・不二雄

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食事漫画

結婚をして、親から離れて暮らすようになり、

大きく変わったことの一つに、

「食」というものに対して、自分の生活の中で積極的に関わるようになったと思う。

余裕がある時や、自分一人しか家に居ない時は、普通に自分で料理をするし、

外で食べたり、何か食べ物を買って帰る時も、以前よりも真剣に何かしらを考えるようになった。


そういう自分の変化も影響し、「食」をテーマにした漫画を以前よりも興味深く読むようになったと思う。

いわゆる“グルメ漫画”というよりも、

日々の生活の中の一つの重要なファクターとして「食事」や「食べ物」を、

魅力的に、効果的に描いている漫画に惹かれる。


以前から買っている作品としては、よしながふみの「きのう何食べた?」が代表的なところ。

ゲイカップルの日常を描きながら、料理番組並みに日々の献立が事細かに描かれる。


他にも、特に「食」が主題ということではないけれど、

羽海野チカの「3月のライオン」や、渡辺ペコや、オノナツメの各作品においても、

何かしらを“食べる”様が、登場人物の重要な“仕草”として描かれているように思う。



前フリが長くなってしまったけど、そんな中でまた新たに買い始めた漫画が、

「深夜食堂/安倍夜郎」である。


もう単行本が8巻まで出ており、見てはいないがテレビドラマも主演小林薫という絶妙な配役ですでに第2シーズンが放映されているので、ファンの人からすれば「今更」というところだろう。

どうも絵柄に信用が置けなかった部分があったので、この1~2年は掲載誌の立ち読みを続けていた。

しかし、

食堂のくせに深夜0時~朝7時までの営業時間と、マスターが作れるものなら何でも出すという小粋な設定は、やっぱり面白い。

そして、その設定だからこそ生まれる人間ドラマは、決して華やかさはないけれど、様々な感情がじんわりと染み入ってくる。

どんなに強がっても、どんなに落ち込んでも、生きていく以上、

人間の営みに「食」が切っても切りはなせないということを、

「深夜」独特の時間の流れの中でさりげなく伝えてくる。

単行本の第一巻を買って読んでみて、やっぱり良い漫画だと思った。



「生きる」ことは「食べること」。

それはこれを食べないといけないとか、何かいいものを食べないといけないとか、

そういうことでは全然なくて、

人生の中でどれだけ「記憶」に残る食事を出来るかが、大切なことだと思う。


深夜食堂 1 (ビッグコミックススペシャル)深夜食堂 1 (ビッグコミックススペシャル)
(2007/12)
安倍 夜郎

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きのう何食べた?(5) (モーニングKC)きのう何食べた?(5) (モーニングKC)
(2011/09/23)
よしなが ふみ

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指名

今年のプロ野球ドラフト会議の模様を夜更けのニュース番組のスポーツコーナーで見る。

毎年、数十人のアマチュア選手が“プロ野球選手”として指名されるわけだが、

「指名」自体が星の数ほどの野球選手の中の一握りであり、

更に、そこからプロ野球選手として本当の意味で大成するのは限られる。

その様は、やっぱりドラマティックだ。

インターネットで各球団の下位指名の選手らを一応確認していると、とても興味深い選手がいた。


北海道日本ハムファイターズ7位指名、捕手・大嶋匠(早稲田大学ソフトボール部)。


“ソフトボール部!?”


漫画の「あぶさん」で、主人公景浦安武の義理の弟・小林満が、軟式野球部からドラフト指名されたことは有名な話だが(?)、

“ソフトボール部”からのドラフト指名というのは、そんな漫画の世界をも超えた異例中の異例だろう。

日本ハムがどこまで本気で指名しているのかは未知数だが、

期待というか、やはり興味は高まる。


そういえば、小林満も指名したのは日本ハムファイターズだった。(漫画の中で故・大沢監督が指名していた)

まさに、水島新司の漫画世界を彷彿とさせる「珍事」だ。


「珍事」と揶揄したことを覆す“驚き”を期待したい。


あぶさん (1) (ビッグコミックス)あぶさん (1) (ビッグコミックス)
(1974/05/15)
水島 新司

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女優

実は、5年ぶりにNHKの朝の連続テレビ小説、いわゆる“朝ドラ”を観ている。もちろん録画してだが。

5年前に観ていた作品は、宮崎あおいがヒロインを演じた「純情きらり」だった。

普段であればそれほど興味も示さない“朝ドラ”を僕が見始めるきっかけは、

言わずもがな、“主演女優”に対する関心の高さに他ならない。


今秋からの朝ドラの主演女優が発表されたは今年の始め頃だったろうと思う。


現在放映中の朝ドラ「カーネーション」の主演女優の名は尾野真千子。


たぶんだが、その名前を聞いても多くの人はピンと来なかったことだろうと思う。

ただ僕は、「マジか!?」と、ネットのニュース記事を見て声を発した。


彼女の演技を初めて観たのは、14年程も前に遡る。

1997年に公開された「萌の朱雀」という映画で、当時中学3年生の尾野真千子は主人公を演じた。

ただの“主演”ではない。

この映画のロケ地だった奈良県の地元の中学校で“靴箱掃除”をしていたところを、

監督である河瀬直美にスカウトされ、「大抜擢」なんて言葉では済まされない状況で映画初主演を果たしたのだった。


公開当時、高校一年生くらいだった僕は、積極的にあらゆる映画を観始めた頃で、

訪れた地元のミニシアターでこの地味な日本映画を観た。


「衝撃」だった。

奈良県の山村の一家族を描いた映画自体の情感はもちろん素晴らしかったのだが、

何よりも、その当時の僕の心を掴んで話さなかったのは、

主演女優の存在感だった。


演技経験など無いのだから、当然素人臭さは滲み出ていた。

ただそんなことどうでもよくなるような、

“女優”としての本質的な輝きが、スクリーンに映し出される素人の少女から溢れていた。

それなりに沢山の映画を観ているけれど、なかなかそういう経験はあるものではない。

“彼女”がこの後、女優を続けていくかどうかなど定かではなかったが、

その映画を見終わった瞬間から、僕は女優・尾野真千子のファンになった。


それから十数年。幸いにも、尾野真千子は女優としてのキャリアを堅実に積み重ね、徐々にメジャーな映画やドラマにも顔を出すようになった。


暫くしてから知ったのだが、彼女は僕と同い年で、誕生月も一緒だった。

そういうことを知ると、尚更親近感を覚えてしまうもの。

当然、個人的に何の関係性も無いのだが、何だか地元の同級生のような感覚で、

映像で見る度に“良い女優”になっていく彼女の様を勝手に嬉しがっていた。



そんな「女優」が、ついに「朝ドラ」のヒロインにまで駆け上がってきたのだから、

それはもう観るしかあるまい。

実際、ドラマ自体も面白い。

ストーリーはベタっちゃベタだけれど、そういうドラマをを面白く魅力的に見せるのが女優の力量だとも思う。


もちろん、好きな女優は他にも沢山いるし、もっと演技のうまい女優も沢山いる。

ただ、これほど親身になって応援したくなる女優は他におらず、それはそれで嬉しいことだと思う。


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久しぶりに涙が止まらない。


『何かに寄りそい……やがて生命が終わるまで……』


という、「寄生獣」という漫画の最後のモノローグが延々と頭の中で渦巻く。


それでもきっと朝は来る。


そう信じるしかない夜。

類似

「うちの妻ってどうでしょう?」の最新巻を昨日買っていたので、今朝読んだ。

作者の根本的な“嫌な部分”が、何だか(というか確実に)自分自身に似ているようで、嫌悪感とともに愛着を感じてしまう。

まあ何よりも、漫画の中で描かれる「妻」の風貌や言動が、自分の愛妻に被り、嫌が応でも愛着感を持たずにはいられない。


とか書きつつ、漫画のコマと同じような構図で、愛妻と愛娘が居眠りをしているのを横目で見ている。


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2011CSFS評

プロ野球の中継を真剣に観戦するのが、ポストシーズンに入ってからになってしまって久しい。

そもそもレギュラーシーズンの中継自体が少なくなってしまったので、当然と言えば当然だが、

やはりクライマックスシリーズ以降の試合の「熱」は、レギュラーシーズンの各試合には正直見られないもので、

そこに明確な「差」が生じていることは間違いない。


そういうわけで、一昨日から始まった両リーグのCS各戦も興味深く、面白く観ている。



セ・リーグは、ヤクルトと巨人が互いの持ち味を出しつつ、2ゲームを終え一勝一敗のタイで、今日の第三戦を迎えた。

仕事で帰りが遅くなってしまったので、最終盤の攻防しか観られなかったが、ヤクルトが接戦をものにして中日とのファイナルステージへ進出を果たした。

正直、リーグ戦終盤の下降ぶりを見て期待していなかったけれど、セ・リーグではヤクルトファンなので、

“コツコツ”という形容が相応しい今年のヤクルトらしい勝利での勝ち上がりは、素直に嬉しかった。

3戦とも怖さを見せた巨人も含めて、ポストシーズンらしい好ゲームを早速見せてくれたと思う。



一方で、パ・リーグでは、シーズン3位の西武が日本ハムに連勝し、セカンドステージに駒を進めた。

こちらも、西武の二連勝という結果ではあったが、“8割方”はポストシーズンらしい熱戦だった。

しかし、2戦ともゲームセットの瞬間には、腑に落ちないものが残る試合だった。

その要因は、やはり日本ハムのチームの核である“二人”の先に対する“思惑”が見え隠れしてしまったことに他ならないと思う。

詰まるところ、来シーズンはほぼチームに残留しないだろう“大エース”と、

すでに退任が確定してる“監督”の、

チームの勝利に対する「執着」が最後の最後で薄れてしまったように見えてならなかった。

ポストシーズンの先の試合を見据えて……だとか、

終盤のあの場面に勝負のすべてをかけた……と言うことも理解は出来ようが、

結果的には、一戦一戦の「勝利」に固執できなかったことが、敗因であり、

緊迫した試合を一気に盛り下げた理由に他ならない。

当初はシーズンの順位通り、順当に日本ハムが勝ち上がるべきだと応援していたが、

そういった勝利に対する執着心の薄れが見えた瞬間に、「西武が勝った方が面白いや」と転じてしまった。



とにもかくにも、良い面も悪い面も「勝負」における様々な表情を見せるプロ野球のポストシーズンは、やっぱり面白い。

明後日からは両リーグにおいてCSファイナルステージが始まる。

日本シリーズに進出するのはどのチームか、益々熱を帯びる。

幸いにも、個人的には両リーグの贔屓チームが揃って日本シリーズ進出をかける。

こうなれば、もう期待するのは、

福岡ソフトバンクホークスVS東京ヤクルトスワローズ。

これしかない。

立ち位置による価値観

この世に生を受けて30年。

善し悪しはともかくとして、どう転んでも、自分が社会というシステムの中の一つの“パーツ”であることは、

たぶん否定できないことだろうと思う。

“システム”という表現の中には、何かしら(もしくは誰かしら)の「意図」が含まれているものを表しているとも思うし、

そういうことを超越した存在の一側面を表したものと捉えるべきだとも思う。

いずれにしても、「自分」は、自身の意識に応じて動いているに見せかけて、実のところ大いなる意思に動かされているのだろうと思っている。

そのことが良い悪いではなくて、

重要なことは、

その中で自分自身が「幸福」なのか、そうではないのかという“判断”を出来るのかどうかということだろう。

そして、「そうではない」と判断したとき、自身を取り巻く環境に対して果たしてどういう行動が取れるのか。


この三日ほどで読んだ小説が描いたことは、そういうことだったのではないかと思った。

読んだ小説は、もう彼の著作は片っ端から読んでやろうとこっそり決めている“伊坂幸太郎”の「モダンタイムス」。


モダンタイムス(上) (講談社文庫)モダンタイムス(上) (講談社文庫)
(2011/10/14)
伊坂 幸太郎

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モダンタイムス(下) (講談社文庫)モダンタイムス(下) (講談社文庫)
(2011/10/14)
伊坂 幸太郎

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伊坂幸太郎らしい世界観に予想通りに引き込まれ、文庫本で上下巻に分かれている長い作品だったが、一気に読めた。

ただし、引き込まれた反面、最終盤の高揚感にはやや欠けていた。

物語の中で、「逆転の発想」というキーワードが度々用いられるが、ストーリーの大筋にはそれ程劇的な「転換」があるわけではなく、ある意味オーソドックスだったなという印象に結した。

「ゴールデンスランバー」と並行して書かれた作品らしく、物語のテーマに類似点は多い。

どちらも、「国家」という巨大な力に対峙する主人公の奮闘が描かれる。

「ゴールデンスランバー」の主人公は、巨大な力に対してひたすらに“逃げる”。

そして、この「モダンタイムス」の主人公は、ひたすらに"闘いに挑む”。

“逃げる”物語と、“闘う”物語、奇妙なことに高揚感を覚えたのは前者だった。


ただし、この小説の中で幾度も描かれるように、

すべての物事は、それに対する立ち位置と捉え方次第で、いかようにもその形を変えるものだと思う。


或る物事に対して、どういう立ち位置で、どう捉えるのか。

それによって「物語」は、娯楽にもなり、悲劇にもなる。

二つの似通った小説が表すことは、そういうことのように思える。


ゴールデンスランバーゴールデンスランバー
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