2011年08月

  1. --/--/-- スポンサーサイト
  2. 2011/08/01 ジンジャエール
  3. 2011/08/02 冷酒と夏の意識
  4. 2011/08/02 価値ある表彰
  5. 2011/08/02 祈。
  6. 2011/08/04 酷暑
  7. 2011/08/04 酷暑の夜
  8. 2011/08/06 66年。そして、これから
  9. 2011/08/07 写真
  10. 2011/08/08 日曜日の記録
  11. 2011/08/09 ネタ番組
  12. 2011/08/09 夏休み前
  13. 2011/08/10 疲労困憊の午後
  14. 2011/08/10 ランチビュッフェ
  15. 2011/08/11 勢い
  16. 2011/08/11 海の近くで生姜焼き
  17. 2011/08/12 永久欠番
  18. 2011/08/13 夏らしく
  19. 2011/08/14 海飲み
  20. 2011/08/16 休みの終わり
  21. 2011/08/20 テスト
  22. 2011/08/20 歌姫
  23. 2011/08/21 深夜
  24. 2011/08/21 暇つぶし
  25. 2011/08/22 目的
  26. 2011/08/24 メール
  27. 2011/08/24 怪訝
  28. 2011/08/26 CD
  29. 2011/08/27 CUTE
  30. 2011/08/29 フライング
  31. 2011/08/29 義足ランナー
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ジンジャエール

ジンジャエール買って飲んだ こんな味だったっけな

「ばらの花」/くるり




くるりの「ばらの花」という曲の中に、“ジンジャエール”が出てくる。

その曲をひとりカラオケで歌いながら、

「12人の優しい日本人」という映画のクライマックスでも“ジンジャエール”が重要なキーワードとして出てくるなあと思い出しながら、

同時に、そういえば最近そのシーンについて誰かと盛り上がったなあと、ひどく曖昧な記憶を辿ったが、

自分のまわりにあの映画のことで盛り上がれる人は居ないなあということに気づき、

それがこの2、3日の間に見た夢だったことに気づいた。


と、どうでもいいことを巡らせながら、

気がつくと、もう8月。すでに晩夏のはじまり。
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冷酒と夏の意識

2リットルの紙パック詰めの清酒を買ってきて、オン・ザ・ロックで飲んでいる。

日本酒に氷は邪道だろうが、真夏の月曜日の一人飲みには丁度いい。

ほんとうは、去年の夏にハマった月桂冠の「氷でうまい酒」を飲もうと思い、スーパーを2店舗回ったのだけれど、売っていなかった。

今年は販売していないのだろうか。

仕方がないので、某ロック歌手がCMに出ている辛口の日本酒を買った。

そもそも「酒」の味を分かっていないだけかもしれないが、氷を入れてもまあ美味いと思う。


週明けの月曜日に夜更かしをするべきではないことは分かりきっているけれど、

自分でも気付かない程度に夏バテしているらしく、昼間はダレきっていて、日が暮れてくると反動的に元気になってくる。

元来夜型だが、夏は殊更にそういう性質が顕著に表れてくる。

今年30歳になる僕は、夏という季節が瞬く間に過ぎ去ることも、夏らしさを味わうタイミングは限られていることも、重々知っている。

色々なことがうまくいかなかろうが、何だろうが、与えられたタイミングを楽しめるかどうかが、この季節を堪能出来るかどうかの分岐点だと思う。

要は「意識」だと思う。良い夏を本当に過ごしたいという「意識」。

と、冷凍の枝豆の塩気を感じつつ、冷酒を飲みながら思う。




『来ますね。夏。』

『また 賑やかになりますね』

『眠いや』



夏はとうに始まっている。今年は、この「ピンポン」の台詞を思い出すのも遅れてしまった。



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(1997/08)
松本 大洋

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価値ある表彰

“なでしこジャパン”に国民栄誉賞が授与されることが決定した。

素直に、素晴らしいことだと思う。

今年は、日本にとってとても悲しく辛いことがあっただけに、彼女たちの偉業が殊更に感動的だったことは言うまでもないが、

日本中に驚きと喜びを与えた功績はやはりこういった賞によって評価されるべきだ。


一方で、もっとこういったスポーツの快挙に対しての表彰の機会があっていいと思う。

各競技ごとや、一部メディアからの年間表彰の機会はあるけれど、

もっと国民的な表彰と具体的な付加価値をスポーツ選手に与えられる環境を整えてほしい。

それはすなわち、スポーツの価値というものを国としてもっと明確に高めてほしいということで、

プロアマ問わず、競技とそれに伴う人生に没頭出来る社会にしてほしいと思う。


決して国内の競技環境が充実していない女子サッカーの代表チームが国民栄誉賞を得るということが、

そういう社会環境への足がかりになってほしいと思う。

祈。

つくづく世の中は理不尽だと思う。

今はただこの国を代表するサッカー選手の回復を祈る。

頑張れ、松田直樹。

酷暑

朝から蝉の鳴き声が五月蠅かった。

酷暑の中、営業車で走り回った。

ようやく暑さのおさまりを感じ始めて、外回りを終えようとした夕刻、

松田直樹選手の訃報を知った。


スポーツ選手の若すぎる死を知った時、僕はいつも、悲しさに先行して憤りを感じる。

誰にもぶつけられない憤り。

なぜ、そんな理不尽な運命を課せられなければならないのか。


もちろん、誰のどんな「死」であっても、“納得”できるものなどない。

すべてが何かしらの理不尽さを抱えていて、それが「死」というものだということは分かっている。

ただただ言いたい。

それが「運命」だと納得しろと言うのならば、

それを誰が決めているのか知らないが、

あまりに酷いじゃないか。




酷暑の夏の夕時、

この国のサッカーの急激な成長、

その確かな一端を担った素晴らしいサッカー選手の冥福を祈る。

酷暑の夜

仕事が少しだけ早く終わり、

駅前の居酒屋で友人を待ちながら、

先走ってビールを飲む。

ニュースサイトで、松田直樹選手の訃報の記事を見て、改めて涙が滲む。

もうずうっとサッカー選手としての彼の姿を見ているので、

ずっと年上に思えていたけど、実際は4歳しか変わらない。

やはり、早い。早すぎる。

66年。そして、これから

広島で66年目の「原爆の日」を迎えた。

福島原発の事故による混沌が続く中、“原子力”自体の是非を念頭に置いて、

これまで以上にこの国の人々が様々な思いをめぐらせる一日になるだろうと思う。

Googleのストリートビューでは、特別企画として普段は立入が出来ない「原爆ドーム」の内部が360度画像で見られるようになっている。

外観からもその内部の状況は想像できたが、実際に見ると、

外壁のみを残した建物の空洞と、おそらくは66年前の被爆時のままであろう散乱した瓦礫が、

より一層過ぎ去った悲壮を物語っていた。

この国が経験した悲しく辛い事実を確実に後世に伝えていくことの大切さを改めて感じる。

その一方で、必ずしも原爆体験と、今この時代に巻き起こっているエネルギー問題を直結して考えていいものかと疑問にも思う。

“脱・原発”とただ唱えることは、必要だと思う反面、安直なことだとも思う。

原発事故により被害を被った諸々の団体が、怒りを露にして電力会社を一方的に非難している。

気持ちはよく分かるが、直接的であれ間接的であれ、すべての国民が原発により電力供給を受け豊潤な生活を維持してきたことも紛れも無い事実であろう。

そう考えると、決してどこか一極に集中して非難できることではなく、怒りの矛先を見失ってくる。

今この時のこの国の危機と混沌においては、すべての国民が被害者であり、同時に加害者でもあるのではなかと思う。


66年前の悲劇を経て、この国は何を学び、どういう成長を成したのか。

それが正しかったのか、間違っていたのかなんてことはどうでもいい。

大切なことは、「そして、これからどうするのか」ということだと思う。

写真

当然とういか、案の定というか、愛娘の写真データがすでに膨大な量になりつつある。

生誕より今日で丁度一ヶ月。

写真のデータ数は300枚近い。これは厳選した上での数なので、実際に撮った枚数は2倍、3倍にのぼる。

デジタルなので何枚撮ろうが問題ないのだが、アナログ時代だったらどうなるんだろうと思う。


数ヶ月前からスマートフォンにして、デジカメを持ち出さなくてもある程度質の高い写真が撮れるようになったことも、データ数が嵩む要因だ。

ところで、最近のスマートフォンのアプリのクオリティーには驚く。

Photo Funia」という画像エフェクトの無料アプリがあるのだが、これがちょっとスゴイ。

画像データを読み込むだけで、簡単に完成度の高い合成画像が出来上がる。


どんどん写真を撮ることが楽しくなる。

娘を持つ友人のブログにも書いてあったが、

これからどんどん目が離せなくなるんだろうなと思う。


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日曜日の記録

日曜日の朝は、午前6時30分に目覚めた。

前夜は、勤め先の飲み会を終え、午後10時頃には帰宅していた。

土曜日の夜なので、ぐだぐだと夜更かしをするつもりだったけれど、

自覚よりもずっと酔いがまわっていたらしく、午前0時を越える前にいつの間にか眠ってしまったようだ。

そのまま朝を迎えて、寝室のベッドの上で目覚めた。

二日酔いの軽い気だるさを感じたので、二度寝をしようと試みたが、何故か眠れず、仕方なく身体を起こした。


ブログを書きながら、いつものように日曜日の朝のワイドショー見た。

午前10時になり、買い物に出掛けた。

今週誕生日を迎える愛妻へのプレゼントを買いに行った。

いろいろと迷うつもりで早めに出掛けたのだけれど、

ショッピングモールの中の最初に入った店で、クッション型のマッサージ機を見つけ、あっさりとそれに決めた。

プレゼントは、出産を終えた愛妻を何かしら労るものがいいなと考えていたし、

「腰が痛い。肩が痛い。背中が痛い」と年中言っている愛妻にはちょうどいいと思った。

決して、自分が彼女の腰やら肩を揉みほぐす労力を軽減させようと思ったのではない……。


昼食につけ麺と餃子を食べた後、切れていたプリンターのインクリボンを買うために家電量販店へ。

映画DVDの廉価版がかなり安く売られていたので、全タイトルを確認し、「レオン【完全版】」と「クローバーフィールド」のDVDを買った。

実は父親が足を骨折して入院している。

足を吊られて身動きが取れず、暇を持て余しているようだったので、DVDは見舞いの手土産にちょうどいいと思った。


午後一で予約していた美容室で髪を切ってから、父親の見舞いに赴いた。

高校野球の中継を見ながら、一時間ほど話し、DVDを渡して病室を後にした。

そのまま愛妻の実家に行き、愛妻に3日早い誕生日プレゼントを渡し、愛娘を抱いて、久しぶりにメロンを食べた。

夕方になり、愛妻の実家を後にし、スポーツクラブに向かった。

平泳ぎで1キロメートル泳いで、風呂に入って帰った。

帰り際にスーパーに寄って、晩ご飯の食材を買った。

ヘルシー感を意識して、野菜やら豆腐やらをいろいろ買ったのだが、ビールとハイボールを飲みながら、結局食べ過ぎてしまった。


満腹感を覚えるとすぐに眠気が襲ってきた。

朝が早かったことを思い出し、何があったというわけではないけれど、なかなか精力的な一日だったなとかえりみた。


PS.なんだかんだと出費を重ねてしまった一日だった。明日からのウィークデーはせいぜい倹約して、お盆休みに控えようと思う。

ネタ番組

“あやまんJAPAN”のおっぱい担当の人は、実は結構カワイイんじゃないかと思う今日この頃。


爆笑問題の「爆問パワフルフェイス!」という番組の人気芸人ネタスペシャルの録画を、

スポーツクラブ帰りで、氷結ストロングを飲みながら見た。

そういえば、芸人のネタ番組を見るのも久しぶりだなと思いながら、

次々と出てくる芸人のネタがことごとく面白くて、ついつい夜更かしをしてしまった。

帰り際にコンビニで買った氷結2本はみるみる無くなり、

傍らにあったウィスキーの残りをロックで飲み始めた頃、

「ああ、今日は月曜日だ」と気づき、録画なので、途中で止めて寝ることにした。


パワーの無いテレビ業界は常に流行り廃りに左右されるので、

ちょっと前のネタ番組ブームが嘘のように、今は殆ど人気芸人のネタを見る機会すらない。

そういうメディアのブームの浮き沈みの中で生きる芸能人は、本当に大変だなあと思う。

まあ、どこまでいっても、大衆を相手にしなければならない仕事なので、仕方ないことだけれど。


録画は、まだ半分くらい残っている。

今見た前半では、“冷やし中華”ネタではないAMEMIYAのネタが一番面白かったような気がする。

そういえば昨日、AMEMIYAは地元のショッピングモールに営業に来ていたようだ。

いかつい風貌の父親とその嫁と彼らが連れる乳飲み子が、はりきって整理券の列に並んでいた。


芸人たちの最近のネタに対して不勉強だったなあと実感しつつ、

ネタ番組はほろ酔い加減で見るのが最高だなと思う月曜日の24時過ぎ。

夏休み前

お盆休み前なので、今週はすこぶる忙しい。

今日も一日かけて、市内の取引先を30件以上は廻らなくてはならない。

と、張り切ってスタートしたけれど、海岸線を走っていると、なんだか気持ちがフワフワしてきた。

以前に一度だけ行ったことがあったハンバーガー屋を見つけてしまい、早々に昼休憩に至る。

アメリカナイズの店内で、ボリュームたっぷりのチーズバーガーを食べて、まったりとしてきた。

きっと、海を見たせいだ。

今週末は少しだけ海で泳ごうかな。




また午後から仕切り直そう。

疲労困憊の午後

いつものごとく、午後のスタートもエンジンのかかりは極めて鈍かったけれど、ラッシュをかけて予定通り、取引先を30件以上まわった。

会社に帰る頃には、疲れ果てていて、腰が痛く、全身がだるかった。

帰宅しても、だるさに伴う眠気がじわじわ浸食してきた。

一寸、スポーツクラブをサボろうかとよぎったが、自身に対して強制的に運動着に着替えて、フラフラと出掛けた。

軽めにしとこうと思ったが、最終的にはいつもと同じメニューをこなせていた。

少し長めにストレッチをし、少し長めに風呂に浸かった。

帰宅し、さっさと寝ればいいものを、思案した挙げ句、挽き割り納豆のせの冷や奴で焼酎を飲んだ。

結局はこの時間。

眠いのに、眠れない。いや、眠りたくないのか。

ランチビュッフェ

暑いね。昨日、今日と不快指数がみるみる上昇していくのが分かる。

そんな中で、割ときっちりと午前中の仕事を終えた。

シティーホテル内のレストランで、ランチビュッフェを食べている。

平日の昼から豪勢なわけではなく、先日、父親から無料券を貰っていたから。

ダイエット中だし、もうすっかりいい大人なので、適量をよそったつもりだったが、やっぱり取りすぎて、食べ過ぎた……。

すでに眠くなってきた。

勢い

テレビゲームの「ウイニングイレブン」の対戦相手のCPUのレベルを、

自分のレベルよりも少し落として対戦すると、

思わず「うひょひょーー!」と有頂天になってしまうゴールが続々と決まる。

僕はベタに日本代表チームを使うので、対戦相手を韓国代表にして、

“仮想日韓戦”を幾度ともなく繰り返したものだ。


何が言いたいかというと、サッカーの日韓戦において、

「3-0」で日本代表が勝利するなんてことは、

レベルを落としたテレビゲームの中でしかフツー起こりえないことだということだ。


そういうまさにあり得ない日本代表の「勝利」が、今夜、札幌で生まれたわけ。


仕事で帰りが遅くなり、帰宅するや否や何の情報も入らないようにして、すぐに録画を見始めた。

キックオフ直前には、先日逝去した松田直樹の黙祷が行われ、僕も共に黙した。

いつもの日韓戦と同様に、互いがせめぎあう緊迫感溢れる試合展開がいきなり繰り広げられた。

いつものように1点を争う厳しいゲームになるんだろうなと思った矢先、復活のエース香川の先制点。

この1点をなんとか守りきれたらいいなと思いながら、後半戦を迎えた。

すると、後半開始早々に本田の追加点、さらにはたてつづけに香川の2得点目。

僕は、はっきりに声に出して、「うひょひょーー!」と言った。



まさかの3-0。圧勝。素晴らしい。

代表戦をずうっと見てきたが、これほどはっきりと「強い」と思ったことは初めてだ。

来月からは、早くもワールドカップ予選が始まる。俄然、期待は高まる。


日本サッカーは、今確実に力強く幸福な“勢い”を得ている。

海の近くで生姜焼き

午前7時半に会社を出発して、愛南町へ向かった。

午前10時に取引先と約束をしており、果たして2時間半で着けるかどうか不安だったが、ほぼぴったりに到着した。

嫌々嫌々続けている営業職もはや丸5年が経とうとしている。

無駄な動きも含めて、県内を走り回ってきて、愛媛県内であれば大概の場所へは、想定の時間通りに行けるようになった。

大したことではないが、役に立たないことでもないので、まあ良しとしたい。


せっかく遙々と愛媛の南端まで来たので、昼食は地元らしいものを食べようと思い、「地産地消」を謳ったレストランに入った。

海の幸を使ったメニューが並ぶ中、何故か「豚の生姜焼き御膳」を頼んでしまった。

注文した直後に一抹の後悔を覚えつつ、ニュースサイトを見ていると、

二日酔い防止のためには飲み会当日の昼食で「豚肉」を食べると良いと書いてあった。

今夜は街でお酒を飲む予定がある。

一転、自分の判断に満足して、生姜焼きを美味しく食べた。


腹が膨れて、いつものように眠い。





愛媛県南予の夏の風景は、自然が美しい。

テレビゲームの「ぼくのなつやすみ」の世界に入り込んだような気分になる。
(やったことはないけれど……)


永久欠番

松田直樹の背番号「3」が、横浜Fマリノスで永久欠番になるとのこと。


昨年、プロ入りから16年所属したマリノスから突然の戦力外通告を受けた。

「マリノスで現役を終えたい」と言い続けてきた“ミスターマリノス”に対して、「非情」とも思えることだったが、

プロサッカー選手である以上それは避けられないことだったと思う。

退団時、スタジアムに詰めかけた多くのサポーターの前で、

「俺、マジでサッカー好きなんすよ。マジでもっとサッカーやりたいす」と言葉を放った。

Jリーグの各チーム、海外チームからのオファーを断り、JFLの松本山雅FCにまさかの入団。

驚いたが、我が強く、意地っ張りな松田直樹らしい選択だと思った。

そして、これからもしぶとく現役を続け、存在感を放っていくのだろうなと思った。


僕は、決して松田直樹というサッカー選手のファンというわけではなかった。

むしろ、時に傍若無人で協調性のないスタイルに対して、嫌悪を感じたこともあった。

ただその一方で、このサッカー選手は、歴代の日本代表の中で確実に3本の指に入るディフェンダーだとも思い続けてきた。

ジーコジャパン以降、なぜ松田直樹を代表に招集しないのか不思議でならなかった。


彼の訃報に受けたショックを鑑みて初めて、

自分がこのサッカー選手のファンだったということに気付いた。


告別式での彼の母親の気丈な様を見て、また涙があふれた。


蝉時雨が降りそそぐ。

日本の夏は、どこか物悲しい。

夏らしく

良い天気だ。

短いお盆休み初日。

今日は、北条の海でBBQ。

夏らしく飲もう。

海飲み

暑かった。夏がしっかり残っていることが嬉しかった。

ひさしぶりに、北条の海でBBQ。

集合場所に向かう途中で海水浴客で賑わうビーチを見た時点で、一気にテンションが上がってしまった。

刺すような日差しの中で、快適に飲みたかったので、予定外の散財覚悟で、日よけテントを勢いで買った。

大きな出費だったが、これからも度々使うだろうし、何たって今日必要!と自分に言い聞かせた。

そのおかげで、太陽が照りつけ、途中にわか雨も降ったが、腰を据えてじっくりとBBQを堪能することができた。

友人の一人が素潜りで大量のサザエを穫ってきてくれ、そのまま網で焼いたら相当美味かった。

牛肉を焼き、鶏肉を焼き、海老を焼き、玉蜀黍を焼き、

ビールを飲んで、ハイボールを飲んで、ワインを飲んだ。

やっぱ夏は海で飲まなきゃ嘘だ。


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休みの終わり

分かっちゃいたけれど、短いお盆休みは、やっぱり短かった。

初日は海で飲み、二日目は飲み会の翌日特有の気怠さの中で過ごした。

そして、三日目は、愛妻と愛娘が出産から初めて自宅に帰ってきた。

どうなるものかと不安と期待が入り交じりながら、掃除やら何やらと彼女たちが帰ってくるための準備をした。

場所が変わったことに対する違和感は特に見せずに、愛娘はいつものように眠り、泣いている。

正直なところ、愛妻の実家に居て、そこに会いにいっていた間は、まだいまひとつ自分の娘だという実感が伴いきらなかった。

自分の家で過ごす愛娘の姿を見たり、抱いてあやしたり、お風呂に入れたりして、

新鮮さと共に改めて自分の娘なのだなという思いが出てきた。

これまでは愛妻に任せていた分、大変になることは間違いないけれど、

これから少しずつ父親としての実感が大きくなっていくのだろうと思う。


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お盆休み最終日は、

愛娘の泣き声で起きて、

愛妻と自分の朝食を準備して、食べて、

お昼前に少し寝て、

愛妻と自分の昼食を準備して、食べて、

ウチの実家に行き母親に愛娘を見せ、

母親と共に墓参りに行き、

洗車をして、「BABY in the CAR」のステッカーを苦労して貼り、

docomoショップへ行って通信障害の状況を聞き、

愛娘をあやして、風呂に入れ、

愛妻と自分の夕食を準備して、食べて、

満腹になって少し寝て、

スポーツクラブに行って、体重の増大にがっくりして、

あっさりと終わろうとしている。



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忙しかったというわけではないが、疲労感はけっこう大きい。

まあいいや。明日からまた適当にがんばろう。

テスト

Facebookへの連動テスト。
ひとりごとの記憶

歌姫

「だけど 飛魚のアーチをくぐって 宝島に着いた頃

あなたのお姫様は 誰かと腰を振ってるわ」


Cooco/『強く儚い者たち』





先週末のお盆休み前、海でのBBQを控えて、

恒例の自己満足コンピレーション「なつうた。2011」の選曲をし、iPodに注ぎ込んだ。

その中に、久しぶりに、Coccoの「強く儚い者たち」を入れた。

どこで流れていたのかすっかり忘れてしまったが、この曲がふいに耳に入ってきたのは、中学生の頃だった。

その頃は、歌詞の意味を理解しきれていなくて、

苦労している男をよそにその恋人はお気楽に踊っているんだなー、などと思っていた。

思春期まっさかりの僕は、その歌詞の意味を理解するのにそう時間はかからなくて、

改めて衝撃を受け、以降、Coccoというアーティストに没頭した。

音楽に対する造詣は決して深くないけれど、10代の僕を形作った「音楽」は、“彼女”だと言って間違いない。

少なくとも、「儚い」という漢字は、この時覚えた。




晩夏。土曜日の夜。

仕事を終えて、疲労感と解放感を携えて自宅に帰り、ひとり晩酌。

愛妻と愛娘はすでに寝室。

暇を持て余しながら、TVの録画番組を見ていると、昨夜の「ミュージックステーション」の録画を見つけた。

音楽番組を毎週欠かさず見るなんて習慣は、とうの昔に無くなっている。

ただ、一ヶ月ほど前に、ニュースサイトの記事でYUKIが1年半ぶりにTV出演するというトピックスを目にし、

見逃さないように、毎週予約録画をしていたのだった。

目当てはYUKIだけのつもりだったが、そこになんとCoccoも出演していて驚いた。

僕にとっては、10代から20代の時間を彩った唯一無二の“歌姫”だ。二人とも。

番組のエンディングで、二人が並んで映っていた。

当たり前だが、二人とも確実に歳を重ねている。

一ファンとして伝え聞く限りでも、いろいろなことがあったろうと思う。


僕個人のことだけを見ても、年月の経過は明らかだ。

Coccoの歌声を聴いて、夕闇が夜に変わる瞬間を見ながら泣いた17歳が、30歳になろうとしている。

YUKIの歌声を聴いて、初めての一人暮らしの寂しさを紛らわした童貞が、すでに父親になっている。


そりゃあ、歳もとる。


やり残したことや、後悔はもちろんある。

ただ、今はそれらも含めて、取り敢えず良いと思っている。

これから先のことなど何も分からないが、

常に自分の“好きなもの”を再確認して、自分自身を顧みられているうちは、幸福だろうと思う。


ぐるぐると渦巻く心情にそう楔を打ち、ビールに似た安い酒を一口ごくりと飲んだ。

“30歳”まで、残り三ヶ月。夏の終わりの夜。




強く儚い者たち強く儚い者たち
(1997/11/21)
Cocco

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深夜

あまりに暇すぎて、仕方なく24時間テレビの深夜枠を見ていると、

「しゃべくり007」のコーナーに、

長州力が出てきた。

「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」が放送されていたら、

来週の放送が相当熱いのになあと思わずにはいられない。

暇つぶし

晩夏の日曜日。朝から雨が降っている。

昨夜は、ひとりで深夜までまったりと晩酌をした後、意識的にそのままリビングのソファーで眠った。

狭いところや、何かの隅っこの方が眠りやすいという自身の性質に気付いたのは、二十歳を超えて慢性的に眠りが浅くなってからだ。


9時頃に起きて、愛妻と愛娘といつもと同じような午前中を過ごした。

朝食は、白ご飯に昨夜のつまみの残りの枝豆を混ぜ込んで、塩こしょうで軽く炒めたごはんと、焼いたソーセージと炒り卵を食べた。


午後から映画に出掛けた。

しかし、観ようと思っていた「ハリー・ポッター」の最終作が、吹替版の上映になっていて、思案した結果、2時間待って違う映画を観ることにした。

そういうわけで、貴重な休日に想定外の“暇つぶし”を強いられている。

どこか別のところへ足を延ばすには、体力的にも、精神的にも、金銭的にも余裕がないので、

映画館の敷地内のカフェで、アイスコーヒーをちびちびと飲みながら、昼食がわりのドーナツを食べた。


いろいろ無駄だが、まあいいやと思いながら、隣の席の三十代半ばだろうカップルのどこかぎこちない会話に聞き耳をたてる。


目的

月曜日なのに、職場の飲み会があった。タイミングを考えろと毎度思う。

早々に切り上げて、22時前に帰宅した。

飲み会の後の晩酌をしながら、毎日録画しているNHKのニュース番組を見た。

認知症の妻と、彼女を介護する夫が日課としている登山の模様が、ドキュメントされていた。

短いドキュメンタリーを見終わった後、ひとしきり、泣いた。


「夫婦」というものになり、あと数ヶ月で2年になる。

“相手”の思いを共有しようとし、それが出来てきたつもりだったけれど、

それが、たった1、2年で成せるわけも無い大それたことだということに、気付く。


「お前は何なのだ」と、

「馬鹿かお前は」と、

憤りすら感じる。




正直なことを吐露すると、

僕は、何かをしたいと思って、完璧に成し遂げられたことがない。

いつも未達成のまま違うことに目を向けてしまうか、

自分の中で言い訳を構築して自己満足の達成に酔いしれるか、

そのどちらしかない。


端から、「自分が出来ている」ということに対して、満足するべきではないのだ。


自分だけが満足している段階では、“何も出来ていない”ことと同意であることと認識すべきことを、

しばらくの間忘れていたように思う。


自分自身を卑下するつもりは毛頭ないけれど、

自分の身近な誰かの助けと理解があって初めて自身の生活が成り立っているということを、

改めて認めなければならないと思う。



何も成し遂げられぬまま、結婚をし、子を授かり、三十路になろうとしている。

自分一人だけの力で成し遂げようなど、おこがましいことは考えていない。

自分を支えてくれ、生きていってくれようとしている人たちの手助けを得ながら、

何かしら、自分の「目的」を達することができたなら、

それほど素晴らしいことはない。



愛妻と愛娘がちょっと居ない夜。

寂しさよりも、虚しさが染みて、痛い。

メール

起床する直前の午前7時過ぎ、メールの着信で携帯電話が立て続けに2度震えた。

こんな早朝にメールを送ってくる人は大体限られていて、

画面を見るまでもなく、うつつの中で検討はついた。

十数分後に起きてメールを確認すると、やっぱり父親からだった。

送信者に驚きはなかったが、メールの内容には驚いた。

父親は今、足首の骨折で入院している。

その二人部屋の同室の人が、地元チームのプロサッカー選手で、

さらに彼の奥さんが、僕の結婚式の司会をしてくれたフリーアナウンサーの方だとのこと。

驚きとともに、つくづく世の中は狭いなと思った。

怪訝

昨日深夜近くに発表された大物芸能人の引退報道。

元々、タレントとして彼のことが好きではなかったので、ショックだとかそういうことはないけれど、

どうにも会見の内容と根本的な事由が釈然としないものだった。

各方面に物凄く影響を与えてしまうことにも関わらず、あまりに性急で取って付けたような顛末。

どう考えたって、明らかにされてない本当の理由がありそうだ。

そういう見え隠れする本質を無視して、やけに彼を完全擁護するスタンスをとっているワイドショーに、見ていて気色悪さを感じた。

大体が、人付き合い程度の暴力団関係者との繋がりだけが理由ならば、一体何十人の芸能人が引退しなければならないのか。

特に芸人や歌手なんて、大半は何かしらのつながりを持ってるものだろうというイメージだけれど。

CD

久しぶりにCDアルバムを買った。

世間的に、CD自体の売り上げが大幅に減少傾向にある理由はよく分かる。

CDを購入しても、それを自宅のコンポやCDプレイヤーで聴く人は、もはやマイノリティーだろう。

Amazonでネット購入して、届いて、封を開けて、まずはPCでiTunesに取り込む。

そしてそれをそのままPC上で聴くか、iPodに同期して外出先で聴く。

あとは、自家用車のHDDへの取り込みが済めば、それ以降CDそのものを手に取ることはほとんどなくなる。

それでもCDを購入する理由は、もう自分が好きなアーティストに対する収集欲しかない。

発売日当日から好きなアーティストのCDが手元にあるという満足感を得るためだけに、

CDを購入するという行為の目的は絞られてきているように思う。

それはもう音楽CDに限ったことではなく、書籍や映画など様々な媒体において同様だと思う。

「文化」や「芸術」に対する接し方と価値観、購買の関係性は、今後更に様変わりしていくことだろう。

重要なことは、“自分が好きなもの”に対してどういう“立ち位置”をとるかということであり、

もうそれは、個々人の価値観の中でのみ判断されることだろうと思う。


ということなどを、YUKIの新しいアルバムを聴きながら思ったり、思わなかったり。


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(2011/08/24)
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昨日、或る友人のブログで、


“ポテトチップスでビールを飲んだ”という記事読んで、

その“印象”がしっかりと残っていたらしく、

スポーツクラブに言った帰りのコンビニで、

ビールとポテトチップスを買って帰った。


その友人は、ビールを半分残して寝入ってしまったらしいが、

僕はそういうわけにもいかず、

ビール2本を空け、一緒に買った氷結(ストロング)の2本目を名残惜しく飲みながら、

この“ひとりごと”を書いている。



コンビニに寄った帰りに、映画のDVDをレンタルして帰ろうかと思ったが、

何となく今夜は“映画を観る”という気分ではなかったので、レンタルショップには寄らずに帰った。


帰宅し、寝静まった様子の愛妻と愛娘を確認してから、

晩ごはんの残りと買ってきたポテトチップスを食べながら、ひとり晩酌。


先週に引き続き、「ミュージックステーション」にYUKIが出ていたので、

その録画と、「アメトーーク」の録画と、久しぶりに「探偵ナイトスクープ」を立て続けに見ながら、

一人飲みを嗜んだ。

他の人はどうだか知らないが、一人飲みというものは、独り言のオンパレードである。

むしろ、それを楽しむことが、一人で飲むことの醍醐味だとも思う。

なので、そういう時は、映画を押し黙って観るよりも、

好きなテレビ番組を見ながら気楽にあれやこれやと独り言をのたまう方が楽しい。


そんな一人飲みの2時間ほどの間に、どんな独り言をくっちゃべったのか覚えておく必要も無いが、

「感想」として残っていることは、

YUKIのLIVEには何としてでも一度は行かなければ、自分が自分として生きている意味が無いということと、

思春期以来、僕もまさしく「トイレの紙様芸人」だなということと、

名古屋グランパスエイトのストイコビッチ監督は、やっぱり人間的に懐の深い人だなと再確認しつつ、彼の引退試合を調布に観に行ったなあと思い出したことと、

「姉妹」というのも悪くないなと、思ったこと。



一人飲みにおける独り言は、必然的に誰にも気兼ねすること無く楽しい反面、

溢れ出す思いを誰かにぶちまかしたくて堪らなくなる。




文章にするとちょっと気持ち悪く映りそうではばかられたが、堪らないので言いたい。

YUKIが可愛くて仕方が無い。

39歳にしてあのキュートさは何なんだろうと思った。

10年以上前から大好きなアーティストであることは変わりないが、

“いろいろなこと”を経て、

彼女ならではの女性シンガーとしての地位を確立し、

JUDY AND MARYでデビューした当時からのキュートさを、

年齢を重ねるごとに、深化させ続けている彼女のスタイルは、

単なる異性への憧れを超越して、神格化している。

思わず、録画を巻き戻して2回見てしまった。



気がつけば、午前2時。

これから「世界柔道」か「朝まで生テレビ」を見ながら、

眠りに就こうと思う、“ほろ酔い”を少し超えた金曜日の深夜。


こういう夜は、いいことを書こうと思って、ついつい駄文が長くなる。


そーんよか(熊本弁)。

フライング

ロンドン五輪を来年に控え、各種競技の世界大会がより一層熱を帯びている。

陸上競技がある意味においてスポーツの中で一番面白いんじゃないかと思い始めたのは、

すっかり大人になったこの数年のことだ。

当然ながら、韓国で開催されている「世界陸上」の中継も毎日しっかり観ている。

スポーツ中継は、可能な限りLIVEで観る事が個人的な鉄則なのだけれど、

「世界陸上」は意識的に30分~1時間遅れで、録画を観てしまう。

なぜなら、織田裕二の登場場面を早送りしたいから。

毎度のことながら、彼の空気の読めない発言には、陸上競技が好きなことは重々分かるが、興ざめしてしまう。


まあそんなことはどうでもいい。


「興ざめ」と言えば、昨日は今大会においても最大のハイライトとなるはずだったシーンが、

一気に最低に興ざめたものに成り下がってしまった。

そう、男子100m決勝ウサイン・ボルトのフライング一発失格である。

昨年からルールが変更されたらしいが、一発失格というのはどうかと思う。

いたずらな駆け引きの排除だとか、競技スケジュールのスムーズな進行だとか、

フライングを厳しく禁止する理由はいろいろとあるのだろうけれど、

今のシステムは選手らにとって酷だと思う。

スタート音の発生方法など含めて、大いに改善の必要があると思う。

何よりも10秒後に驚愕の世界新記録が見られるかもしれないという最大に膨らんだ期待感を、

あっさりと消しさられては、スポーツファンとして溜まったもんじゃない。



義足ランナー

今回の世界陸上に出場している外国人選手の中で、

最も注目していたのは、男子400mのオスカー・ピストリウス(南アフリカ)だ。

両足が義足という重い障害を持ちながら、参加標準記録を突破し出場を果たした史上初のランナーだ。

彼が健常者の世界大会出場を目指しているということは数年前から知っていて、

今回出場権を得たという報を聞いた時には驚きと賞賛の気持ちを覚えた。

しかし、その一方で、とはいえ世界のトップアスリート達の中で「勝負」は出来ないだろうと正直思っていた。

なので、予選の1レースを見逃すまいと、昨日の日曜日は午前中からずっと中継を観ていた。

ようやく彼の出場シーンを迎え、その走りを見て圧倒された。

スタート直後こそ出遅れたが、後半尋常でない加速を見せ、3位に入り準決勝進出を果たした。

カーボン製の義足が、地面を蹴り、他の選手に競り勝っていく様を見て、

あれは義足ではなく、ピストリウスというアスリートが独自に進化させた「脚力」そのものだと思った。

彼は紛れもなく「勝負」に挑み、勝利していた。

義足による「助力」に対して賛否も渦巻いているようだが、

それは、彼が果たした「結果」に対する賞賛の一端だろうと思う。

井上雄彦の「リアル」でも同じ様なことが描かれていたが、

彼の「脚力」は、数多のアスリートと同じく、ピストリウスというランナーが持ち得た「才能」に他ならない。



生まれたばかりの愛娘をあやしながら、その姿を観た。

「五体満足」という「幸福」と、

そうでないことが、イコール「不幸」では決してないことを感じた。

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