2011年06月

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  2. 2011/06/01 テスト
  3. 2011/06/01 束の間
  4. 2011/06/02 辟易
  5. 2011/06/04 “腕”の思い出
  6. 2011/06/05 隣県ウォーク
  7. 2011/06/05 声色なう
  8. 2011/06/05 プールの日
  9. 2011/06/08 驚く
  10. 2011/06/09 禁断領域
  11. 2011/06/09 44イニング
  12. 2011/06/10 カロリー表示
  13. 2011/06/11 眠い
  14. 2011/06/13 臨む日々
  15. 2011/06/15 この先
  16. 2011/06/16 最悪
  17. 2011/06/20 荒天
  18. 2011/06/21 雨上がり
  19. 2011/06/22 by a
  20. 2011/06/22 休息日
  21. 2011/06/23 ミートスパゲティ
  22. 2011/06/23 ガードレール
  23. 2011/06/25 ラーメン
  24. 2011/06/25 6月の夜
  25. 2011/06/26 テニスプレイヤー
  26. 2011/06/26 国民的アニメ
  27. 2011/06/28 Rome! By all means, Rome.
  28. 2011/06/29 ふわふわとそわそわ
  29. 2011/06/30 殺し屋小説

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テスト




6月になりました。

スマートフォンから投稿テスト。

画像に意味はない。
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束の間

梅雨の束の間、天気が良い。

昼前だが、腹が減って仕方がない。

やはり、痩せるためには朝食をしっかりととることが不可欠のようだ。

明日からは朝ご飯を食べる!と愛妻にも宣言した。

「テレフォン人生相談」が始まった。

このラジオ番組にも、児玉清さんが出演していた。

なんだか侘びしい。

辟易

気がつくと、朝から全身が怠かった。

このところ、急に体調が悪くなったりする。

そんな不調の中、下道で今治、西条、新居浜、そして四国中央まで行ってきた。しんどかった。


無様に混乱した政局は、結局何の進展も無い結末であっけなく終えた。

不信任案は可決されるべきではないと思っていたが、

それは、そんなことをしている場合ではないということで、

結局、誰の目的も達成されない様は、本当にそのすべてが“茶番”だと思えて、悲しくなる。

日本全体が乱れ不安定な中、多少短絡的であっても“目立つ”ことすらできないこの国の政治家たちは、

いよいよ「終わってる」と思う。

混沌極まる福島原発にはようやく国際機関の介入が始まった。

もう、この際、この国の政治自体に介入してもらってはどうか。

という思いが、冗談ではなくなってくる……。


身体も気持ちも、すべてが重苦しい。

“腕”の思い出

いつの間にか6月になっている。

6月最初の週末も足早に過ぎようとしている。

民放で放送されている「ターミネーター2」のクライマックスを見ながら、一人酒を飲んでいた。

「Hasta la vista, Baby!」の日本語吹き替えが、「さっさと失せろ、ベイビー!」となっていることに対して、

「そこは『地獄で会おうぜ、ベイビー』だろう」と残念に思うことすらも、予測できるほどに、テレビ放映版だけでも何回観たことか分からないが、

やっぱり、「スゲー映画だなあ」としみじみ思った。

不細工な元家政婦との間に隠し子がいようがいまいが、アーノルド・シュワルツェネッガーが大スターであることが微塵も揺るがないのは、

何を置いても、この映画のおかげだろうと思う。


中学生の頃の美術の授業で、自分の腕を模してブロンズ像を作成するという課題があった。

我ながら巧く出来たと思いながら完成したその作品の“腕”は、力強く親指を突き立てていた。

なぜその“ポーズ”にしたのかまったく忘れていたが、

何度観ても感動するこの映画のラストシーンを観て、その「理由」を思い出した。

隣県ウォーク

久しぶりに「ターミネーター2」のクライマックスを観ながら、一人ほろ酔いで良い気分になっているので、あまり表面化していないが、「今日」は結構疲れた。

と言っても、自分が望んで積極的に動いた上での「疲労」なので、珍しくポジティブな疲れと言える。


相変わらず仕事は止めどなく忙しいが、何とか今日の土曜日は「休日」とすることができた。

愛妻が、高知県へ結婚式に出掛ける予定になっていたので、急遽僕が送ることにした。

昨夜も映画を深夜まで観て、寝たのは2時過ぎだったが、何とか8時前に起きて愛妻と共に高知県に向かった。

予定通りお昼前に到着し、結婚式場に愛妻を降ろして、披露宴の間は一人で高知市内観光をして時間を潰すことにした。


まずは、お腹が減っていたので、「ひろめ市場」へ行った。

行ったことも、聞いたこともなかったので、疑心暗鬼なまま赴いたが、想像以上に魅力的な場所だった。

高知県のありとあらゆる“美味いもの”が一同に集まった大衆酒屋のような場所だった。

行列の出来ていた店の“鰹のたたき定食”を堪能して美味かったが、

そこかしこで酒を飲んでいる地元民や観光客の愉快そうな様子が目に毒だった……。

何人かで観光で来たなら、より一層楽しい場所だと思う。


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腹ごなしを済ませ、すぐ近くの「高知城」へ歩いて行った。

高知城についても、予備知識が全くなくて、どんなものかと思ったが、とても良い城だった。

「良い城」なんて言うと、なんだかお城フリークみたいだが、

意外とお城は好きで、メジャーどころの名城は結構訪れている。

高知城は、決して大きくなく、どちらかというとこじんまりとした城だが、存在感は際立っていた。

何が良かったかというと、様々な角度からの「表情」が良かった。

対外の城は、最も格好よく見えるポイントというものは絞り込まれるものだが、

この城は、天守閣へ向かう様々なポイントでそれぞれとても格好いい表情を見せていた。

なので、梅雨時期とは思えぬ暑い日射しの中、天守閣へ向かう勾配を上っていくことに、それほど苦を覚えなかった。

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そして、ようやく辿り着いた天守閣にて吹き抜ける風は、本当に気持ちがよく、

この土地が生んだ数々の歴史的偉人が、“時代”を吹き抜けた様を脳裏に感じたような気がした。


あと、高知城の公園内で草将棋が行われていたり、前の大通りにはやけに金物屋が多かったりと、様々な部分で印象に残る場所だった。


「隣県」ではあるけれど、未だ知らぬ魅力を大いに抱えた場所だなということを、

たった4時間の滞在でひしひしと感じた。

今一度、ゆっくりと旅してみたいと思った。


歩き疲れたが満足し、ちょうどいい頃合いに結婚式を終えた愛妻と合流し、愛媛へ帰った。

途中、南国SAで700kCal超えのご当地バーガーを頬張ってしまったので、

自宅に帰るや否や、スポーツクラブに行き、いつものメニューをこなした。


そうして、22時から今現在(25時前)に至るまで、

辛子明太子と愛妻に作ってもらった胡瓜の塩ダレがけをつまみながら、独り酒を堪能している。。。


「せっかく汗を流しても、酒をそんなに飲んでは意味が無い」というご指摘ほどナンセンスなことも無い。

前にも言ったが、

僕は、“酒を飲むため”に運動をしている。あしからず。

声色なう

疲労困憊の深夜。

いくら明日も休みといっても、さっさと寝ればいいのに(と、愛妻は口をとがらせるだろう)、寝るのが勿体無いので、しつこく一人酒を飲みながら、「サタデースポーツ」の録画を見ている。

毎回思うが、NHKの松尾剛キャスターの声色が、麒麟の川島のそれと全く同じに思えて仕方がないなう。

プールの日

昨夜は、夜更かしをしていたらいつの間にか眠ってしまったらしい。

目が覚めると、ベッドの上だった。

確かリビングのソファーで酒を飲みながら、テレビを見ていたはずだが……。記憶がない。


疲れていたのに夜更かしをしたせいで、今日は正午近くまで起きられなかった。

珍しく愛妻よりも遅く起きた。

いつものようにショッピングモールに行って、昼食を食べた。

子供が産まれたら、こうやって簡単にランチに出かけることもしばらくは出来なくなるなあと、愛妻と言い合いながら、担々麺を食べた。

スターバックスで甘いコーヒーとスコーンを食べて、ユニクロで運動用のTシャツを買って帰った。

夕方になり、一人スポーツクラブに出かけた。

日曜日はプールの日と決めているので、平泳ぎで1km泳いだ。

入浴も含めて、1時間ほどでスポーツクラブを出た。

帰り際に実家に寄って底をついていた米をもらい、スーパーで夕食の買い物をして帰った。

久しぶりに夕食の準備をした。

身重の愛妻もいよいよ臨月なので、もっと積極的に協力しないといけないと思う。

今夜のメニューは、手延べそうめんと、茄子と挽き肉の炒めもの。

夏を感じるとても簡単なごはん。


子供の頃と同じ様に、プールの日は、いつもよりも早く眠くなる。 

驚く

スポーツクラブに通い始めて、一ヶ月半。

ようやく、3kg減。

来月の“Xデー”までに、なんとか70kgを切りたいところだが、なかなか難しそうだ。あと4kg……。


日常的に運動を始めてから、基本的に体調は良く、気分も良い。

しかし、その一方で、この一月余りで、3度病院に行っている。
しかもすべて別々の科だ。

一度目は、ゴールデンウイーク中に高熱が出て完全ダウンしてしまい、内科に行った。インフルエンザではなかった。

二度目は、スポーツクラブに通い始めて一ヶ月程経った頃、踵が痛くて歩きづらくなった。疲労骨折でもしてしまったかと思い、慌てて整形外科に行ったが、骨には何の異常もなく、すぐに治った。

そして三度目。
一昨日の深夜から、腕やら脚やら全身が痒くて眠れなくなった。見てみると、赤い発疹が出ていた。
朝になると治まっていたので安心していると、夜になると再び発疹が出て、また眠れなかった。
さすがに不安になったので、皮膚科へ行った。
診察はすぐに終わり、急な発汗などによる蕁麻疹だろうとのことで、薬を飲んで暫くすれば治まるとのことだった。

三度とも、症状は全く違うが、要は急な生活習慣の変化に対して、身体が驚いたということだろうと思う。
我ながら、よっぽど運動不足だったんだなと思う。

禁断領域

テレビドラマはあまり見ない。

毎週同じ時間にテレビの前にドラマを見たい気分で居ることは、とても困難だから。

HDD録画という便利なものもあるが、何番組も録ったところで、時間が空いた時に見るものは、結局限られる。

最近の傾向からすると、1クールの間で録画してでも見るドラマは、せいぜい一つだ。

そういうわけで、今は「BOSS」のセカンドシーズンを見ている。

ファーストシーズンがとても面白かったので、見始めたつもりだったが、よく思い返すと、見ていたのは最終回近くの数回だけだったことに気づいた。

そうなると猛烈に気になる性分で、DVDをレンタルしに行った。

同様に考える人も多いようで、なかなか空きがなく、レンタル店を3件回って、結局ウチから一番近い店で4巻までを一気に借りた。

早速、0時過ぎまで2.5巻分を見て、後ろ髪を引かれる思いで床についた。



というわけで、テレビドラマも決して嫌いじゃない。
嫌いじゃないが、一度見始めると途中で抜け出せなくなり、膨大な時間を費やしてしまうことは分かっている。

なので、海外の面白そう~なテレビドラマには一切触れられない……。

44イニング

ダルビッシュが凄すぎる。

一度でいいから生で見てみたい。

カロリー表示

減ったと思ったらまた増大傾向……。

何事も順調にはいかぬ。


腹が減りすぎたので、朝ごはんとして、コンビニで菓子パンを買った。

カロリー表示を気にして選んだのに、表示数値が2個入りの菓子パンの1個分だったことに食べ始めてから気付いた……。

眠い

就寝前に飲んだ蕁麻疹の薬の副作用が相当遅れて出ているのか、

この数日、正午前後に猛烈に眠くなる。


元来、「眠る」ということに対して、それほど喜びを感じる方ではない。

むしろ、「眠たさ」に苦痛を感じる方だ。

つまりは、積極的に眠ろうとは思わないが、睡眠欲を我慢することは出来ない。


だから何だという話。

臨む日々

「情熱大陸」で87歳の日本最高齢現役助産師の奮闘ぶりを見た。

自分たちにとってとてもタイムリーな映像を、愛妻と2人で見て、何となくの実感と緊張感が湧き出た。

出産のシーンに、こっそりと涙が滲んだ。

いよいよ臨月。

もういつ生まれても大丈夫な状況。

この日々を、一体どういう精神的なスタンスで過ごせばいいものか。

緊張、不安、高揚、様々な感情が静かに渦巻く。

この先

いつかは、小説を書きたいなどと、未だに結構本気で思っている。

その時には、こうやって仕事をサボって小説を読んでいたりすることも、きっと役立つはずだと思いつつ、ずうっと前に買ったままになっていた文庫本を5分の1くらい読み進めた。


残念ながら、常に一つの事柄に没頭できる性分ではない。
それがやらなければならないことだろうが、そうじゃなかろうが。

そうするには、好きなものが多すぎるし、それに伴う雑念も果てしない。


ただし、しばらくの間は、ある程度それらを絞り込むことも必要かもしれない。

まあ、たぶん、そういうことは、与えられた状況によって自然に、無意識に処理されていくのだろう。

完全に自分本位に生きられる度量を持ち合わせていないことは、自分が一番よく知っている。



数百グラムの増減に、一喜一憂する日々。


当然ながら、先はまだまだ永い。

最悪

ラジオの「テレフォン人生相談」で、児玉清さんの声が流れていた。

どうやら生前に録音した回が残っていたようだ。

「テレフォン人生相談」は、AMラジオをよく聞く人であれば大抵の人が「聞いている」と答える人気番組だ。

このラジオ番組が人気である理由は明らかだ。


人は、他人の不幸話が好きだから。

他人の不幸話を聞くと安心するからとも言える。


これは綺麗事ばかりでは覆い尽くせない人間の感情の核心だと思う。

人間は弱い。

自身の「苦労」を乗り越えるために、「でも、あの人よりは恵まれている」という対象が必要だ。




今年初めてとなる小説を読み進めていくうちに、

そういった他人の不幸が気になる人間の性分を、自身の中に感じた。


奥田英朗の「最悪」という小説の文庫版を読んだ。


当初、「最悪」という端的なタイトルは、ストーリーに対するフェイクだろうと思った。

そういうタイトルを掲げておいて、実は描かれる物語とその顛末は、意外に軽妙なんじゃないかと邪推した。

しかし、そうではなかった。

3人の人間の平坦な人生が突如として乱れ、「最悪」な方向へ崩れ落ちていく様がひたすらに描かれる。

これでもかと暗転してく三者三様の運命は、まさにタイトルにふさわしい。

みるみるうちに人生が転覆していく様の緻密な描写は、読んでいて決して気持ちの良いものではない。

しかし、不快感が膨らむと同時に、彼らの人生模様から目が離せなくなる。


クライマックスに差し掛かり、並行していた3人の人生が途端に交じり合う。

これが普通の娯楽小説であれば、そこから奇跡的な好転を見せるのだろうが、この物語はそれを許さない。

更に、人生が転落するスピード感を見せつける。


「最悪」という感情をいくつも越えて、3人が辿り着いた運命はいかなるものだったか。

結末は、「爽快」という言葉とは程遠いが、深く、濃い、感慨に包まれる。


“人生の厳しさ”なんて言葉では余りに足りない、人間の営みの本質的な“危うさ”に触れる作品だった。



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荒天

闇夜の空全体が突然光っては、ゴロリゴロリと雷鳴が轟いている。

数時間前からずうっと雷が続いている。こんな夜も久しぶりなような気がする。

雷も、台風も、荒天は嫌いではない。

むしろ、心のざわめきが落ち着いて、心地よい。

今日は朝からずっと雨だった。小雨になってきたかと思えば、豪雨がぶり返す、それの繰り返しだった。


毎月の締め日だったが、仕事に最低限のメドがつきそうだったので、

午前中から、激しい雨がカンカンと車体を叩く営業車の中で、図書館で借りた文庫本を読んでいた。

図書館で本を借りたのも相当久しぶりだ。

先週末、仕事を終えて、街に飲みに出る前の束の間の待ち時間に近くの図書館に寄った。

別に借りるつもりはなかったけれど、数年前に観た映画の原作が目に止まった。

その映画はもの凄く面白いミステリーで、もう2回は観ていると思う。

「いつか原作も読んでみたい」という思いを思い出したので、借りてみることにした。


「木曜組曲」/恩田陸


4年前に死んだカリスマ女流作家のもとに集まる5人の女たち。

5人の女たちは皆“文章”を仕事にしており、それぞれが死んだ女流作家のことを尊敬し、畏怖していた。

5人が囲む食卓の上で交錯する疑惑と偽りが、確信犯的に展開し巧妙なストーリーを紡ぎ出す。

疑惑が疑惑を呼び、ついに隠れていた「真相」にたどり着く。

そして、それをさらに越える「真相」の「真実」。

結末を知っているにもかかわらず、上質なミステリアスが堪らなかった。


原作小説を読んでみて何よりも感じたことは、

この世界観を見事に表現していた映画作品の素晴らしさだ。

文体で描かれた一つ一つのシーンが、見事に映画のそれらと合致していった。

おそらく、三たびこの映画を観る日は、そう遠くないだろうなと思った。


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雨上がり

暑い高松なう。

梅雨まっただ中の晴れ間は、蒸し暑くてかなわない。

by a

人は人、自分は自分と割り切って基本的には生きている。

偉そうなことを言うつもりはなく、シンプルにそうでありたい。

楽に生きられるのなら、それに越したことはない。


「人間」としての器はとても小さいのだろうと思う。

「甘えている」と言われても仕方がないが、

「惨めだ」と思ったことはたぶん一度も無い。

選びとった人生に対して後悔はしていない。


生き急ぐつもりは毛頭ないけれど、

しっかりと前は向いていたいなと思うようになった。





遠く遠く、

静かに広がる、

海原の果てまで、

無限に広がる、

宇宙の果てまで、

“限界”のほんの少し先まで、

生命(いのち)を灯す。


.

休息日

今後、毎週水曜日は社内会議のため帰宅が少し遅くなりそうなので、

水曜日は基本的に休息日とし、スポーツクラブに行かない日と決めた。


体重はなかなか思ったようには減らず、体脂肪率はぴくりともせず、友人たちは誰も「痩せた?」とも聞いてくれないが、

自分としては随分と身体が締まってきたと思っている。

自己満足だろうが何だろうが、

こういうことは、まず自覚することが重要だ。


“Xデー”までに70kg切りはさすがに非現実的なようだが、

続けることが何より大切。


昨夜はついつい夜更かしをして、また「自己満足」に没頭してしまったので、一日中眠かった。

“休息日”はさっさと寝ることも心がけよう。

ミートスパゲティ




大洲にて、「Duet」のミートスパゲティ。

こんなに量が多かったかと、30分かけてなんとか完食。

明らかに、胃と腸が満ちていて苦しい。

美味かったけれど。


ガードレール




大洲から海まわりで帰路をゆく。

この海岸線の道路を通る度に、

ガードレールが水色に塗装されていることに、感心する。

穏やかに広がる海と空の青に、

ガードレールの水色が綺麗に映えている。

それほど余分なお金が使われているとも思えないさり気ない整備。

そこには人間の心遣いを感じる。


いま、この国の様々な場面で、杓子定規ではない“心遣い”が必要に思う。

ラーメン




何なんだろう?この暑さは。

と、終日思い続けなければならない季節がやってきた。


昨日は、営業車のエアコンの風量を前日よりも一つ上げて、新居浜までの下道をゴトゴトと走った。

僕は、暑くなると、割と食欲が増すほうだと思う。

最近は朝食も簡単にではあるが食べるようにしている。

それでも、午前11時をすぎる頃にはお腹が減って仕方がない。


少し前に地元のお客さんに聞いた町外れのラーメン屋に行ってみた。

「ひかり食堂」という小さなラーメン屋で、看板メニューらしい“ひかりそば”というラーメンを食べた。

とても美味しかった。

スープは濃厚でこってりしていたが、魚介ベースなのでしつこくなく、麺とよく合った。

別に舌が洗練されているわけでもないので、どこのラーメンでも大概「美味しい」と思うのだが、ちょっと驚くほどに自分の味覚に合って美味しかったので、カロリーを無視してついスープまで飲み干してしまった。






さらに夜には、愛妻が「給料日だから外食しよう」と言うので、回転寿司に行って8皿食べて満腹になってしまった。

その後、スポーツクラブに行って汗を流したが、体重を計ると三日連続で“増”……。

がっかりした。

6月の夜

“WILKINSON”の炭酸水は、今売り出し中なのだろうか。

街で飲んだ帰り、ようやく辿り着いた近所のコンビニエンスストアには、この銘柄の炭酸水しか置いていなかった。

別に炭酸水にこだわりがあるわけでもないので、“WILKINSON”の炭酸水を一本と、適当なつまみを買って自宅に帰った。

「寝る前にシャワーを浴びなさい」と、いつも繰り返し言う愛妻は、今夜居ないが、帰るや否やシャワーを浴びた。

そして、常備状態のトリスウィスキーを、たっぷりの氷と炭酸水で割って、ハイボールにして飲んでいる。

つまみは、アイスの“pino”と今しがた買ってきた菓子類etc。


“Xデー”までの最後の飲み会と覚悟を決めて、愛妻は実家に泊まってもらうようにして出かけたが、

結局どこかで気になってしまって、早々に引き上げてしまった6月最後の週末の夜。

さて。

テニスプレイヤー

ずうっと昔のある日、テニスの国際大会の中継を観ていた。

日本を代表する女子テニスプレイヤーが、当時の世界女王と接戦を繰り広げていた。

そして、その会場では一般観衆に交じって、日本の男子プレイヤーが馬鹿みたいに一生懸命に“日の丸”を振りかざして応援していた。

その試合に、日本人選手が勝利したかどうかは忘れてしまったが、テニス競技において、日本人選手がもっとも世界の頂点に肉薄した試合であったことは間違いなかったと思う。


言うまでもないが、その日本人選手の名前は伊達公子。

世界女王の名はステファニー・グラフだ。

(馬鹿みたいに応援していた男子プレイヤーは、松岡修造)


テニスのテレビ中継を観ていて初めて心の底から興奮し、この競技の奥深さを知った日だった。


あれから何年経っただろうか。

絶対的だった世界女王も、日本人トッププレイヤーだった男子選手も引退した。

ただ、伊達公子は、現役復帰を果たし再び世界のトップコートで挑んでいる。

ウィンブルドンで15年ぶりの「勝利」を果たした。

そして迎えた二回戦。

過去5度の優勝を誇るヴィーナス・ウィリアムスと大接戦を繰り広げた。

下馬評を覆す第一セット先取。

その後、元世界女王の底力の前に屈したが、

終始、ハイパフォーマンスを見せ、「勝利」に肉薄した40歳の日本人テニスプレイヤーの姿には、

テニスという「競技」を越えた日本人としての、一人の女性としての“誇り”が垣間みれたと思う。


甲高く響き渡る「カモーン!」という咆哮を、もう少し聞いていたいと思う。

国民的アニメ


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日曜日の夜は、「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」を見ながら晩ごはんを食べる。

日本国民の大多数が行っているであろうルーティーンは、

日曜の夜独特の寂しさや焦りを落ち着かせる。


余談だが、このところの「ちびまる子ちゃん」は特に面白い。

今、毎月一週は、「原作25周年記念リメーク放送」と称して、さくらももこの原作の各エピソードを放送している。

これが相当面白い。

「ちびまる子ちゃん」の原作も全部持っていて、何度読んでも最高に面白い漫画なのだが、

原作独特のシュールなギャグセンスやキートン山田の絶妙のナレーションが素晴らしい。


もはや「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」は国民的アニメという位置付けだが、

ずうっと見続けていると、日常を描いた普遍性の狭間に垣間見えるシュールな台詞まわしや表情に気づく。

そういう部分がとても可笑しくて、毎週欠かせない。


今夜も自分で作ったごはんを自賛しながら、いつもと同じ日曜の夜を過ごした。


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今夜のメニューは、
鶏むね肉ときのこのクリーム煮とレタスとカニカマのサラダ。

昨日、一気に1.2kgの減量に喜んでいたら、今日は1.4kg増量していた。

やるせなす。

Rome! By all means, Rome.

『Rome! By all means, Rome.』(ローマ!何といってもローマです)

オードリー・ヘプバーンが、気品高く、意味ありげな美しい微笑を携えて、きっぱりと言う。

初めてじっくりと「ローマの休日」を観て、この台詞のシーンに辿り着いた時、

なんて素晴らしいシーンなのだろうと思い、なんて素晴らしい映画なのだろうと思った。



映画史に残るあの名シーンを、様々な境遇の人々が、夏の最後の日、区民会館の一つのスクリーンで観ている。

そして、それぞれの人々が、それぞれの喜びを一つの映画によって得ている。

その“描写”を読んでいて、涙が溢れた。

涙の理由は、「ローマの休日」の感動を思い出したからだろうか、それとも文体の中の人々と同じように感動を共有できたからだろうか。

たぶん、そのどちらともだと思う。それが、「映画を観る」ということの喜びだと思う。



先々週、県外に住む友人が週末に帰ってきた。街に飲みに行く車中で、一冊の小説の文庫本をくれた。



小説のタイトルは「映画篇」(金城一紀)。

「映画」とその思い出を軸にした5つの人間模様を描いた短編集だった。


タイトルの通り、映画好きにはたまらない小説であったことは言うまでもない。

ただしそれは、話の中に実在の映画作品が登場するからという短絡的なことでは決してない。

物語の中に登場する映画作品自体はメインのテーマではなく、そこから端を発する様々な人間模様、

そこに描かれる“人間の不完全さ”が素晴らしかった。

それは、多くの映画ファンが必ず味わうある“ジレンマ”を表現しているよう思えた。

映画が好きで、観ることをやめられなくて、その世界に没頭し、憧れ続ける。

でも同時に、「現実」は映画のようにいかないことも、映画をたくさん見ているからこそ知っている。

自分は何のために映画を観ているのか?

現実において、より良い前進をするためか?

それとも、つらい現実から逃避するためか?

これもたぶん、どちらともが当てはまるような気がする。

完全な人間など居るわけがない。

前を向いて踏み出したいこともあるし、後ずさりし逃げ出したいこともある。

だからこそ、「映画」は世界中の人間に愛されるのだろうと思う。


各短編のそれぞれの人間模様において描かれる感情はとても多様だが、

僕はこの小説の各話に共通して、そういう人間の不完全さと、故に生まれる「映画」への愛着を感じずにはいられなかった。


人間が不完全である以上、世界には「映画」が必要だ。

ならば、「完全」にならなければならない理由などどこにもない。


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金城 一紀

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ふわふわとそわそわ

晩ごはんに、出来合いのおからと、高野豆腐と、青菜と豆腐の和え物が並んでいた。

「おからか……」と、何の気なしに食べた。

「美味い」と思ってしまった。

おからなんて、数年前までは食卓に並んでいたとしても、「無視」の対象だった。

高野豆腐も昔は大嫌いだったけれど、普通に食べられた。

おからとか高野豆腐を「美味しい」と思うようになったら、いよいよだと思った。

我ながら分かり易いほどに、揚げ物に魅力を感じなくなった。

サラダや温野菜を好んで、たっぷりと食べるようになった。



本当に、いよいよだ。

ゴールが明確でないカウントダウンは確実に進んでいる。

最大限に大きくなっている愛妻のお腹を見ながら、

緊張感が高まる反面、想像以上に実感は伴っていないことに、何とも言えない感情を覚えている。

ふわふわと、そわそわして、落ち着かない。


なんだか知らぬ間に、諸々の必要グッズは揃っている。

人から貰えるものがとても多くて、今のところ自分で買った物と言えば、クルマに貼る「baby in the car」のステッカーくらいだ。


知らぬ間に、“事”はどんどん進んでいく。



実は、「名前」はほぼ決まっている。

そして、すでに……。


「準備万端!」と言い切るには、経験が足りなさすぎるが、

もう、ただ待つしかない。

殺し屋小説

いつもの日帰り出張で、今日は早朝から高速バスに揺られ大阪へ。

昔から車酔いをしやすい性質なので、「どうせすぐに読むのを諦めるだろう」と思いつつ、

昨日から読み始めた伊坂幸太郎の「グラスホッパー」の続きを開いた。


この人の“本”を読むのもこれで5冊目となる。

初めは、若い流行作家の小説がどれほどのものかと、多少訝しく思いながら、当時「本屋大賞」を受賞して馬鹿売れしていた「ゴールデンスランバー」を、当時の彼女の妹(今の義妹)から借りて読んだ。

相当面白くて、これは売れるはずだと思った。

以降、「小説を読みたいな」と思うタイミングには、常に彼の作品が選択肢の中に入るようになる。

言わずもがな、今のところ伊坂幸太郎作品には、ハズレがない。

それは、原作を読んでいない映像化作品においても当てはまる。

もはや、最初に訝しんだことを潔く謝罪して、「大好きな作家だ」と認めるしかないと思う。


というわけで、5冊目となる「グラスホッパー」も、当たり前のように面白かった。

文庫本の背表紙に書かれている紹介文には、「分類不能の殺し屋小説」などと書かれており、なんだかチープな印象を拭えなかった。

ただ、よく思い返してみると、この人の小説は、オチを伏せた粗筋が大体チープだ。

あり得ないような世界観に、不思議なリアル感とエンターテイメントが共存することが、この人の小説の面白さだと思う。

この作品にもそれはまさに当てはまり、「殺し屋」という様々な創作で使い古された現実と非現実の狭間の存在が、

目の前の日常に、ひっそりとそして確実に存在しているというリアル感がみるみるうちに迫り、

気がつくと独特なエンターテイメントの世界にどっぷりと浸っていた。


危惧していた車酔いは完全になりを潜め、一気に読み切ってしまった。


これまた映画化を期待したい小説だった。そういう部分も、僕がこの作家の作品が好きな要因だと思う。



グラスホッパー (角川文庫)グラスホッパー (角川文庫)
(2007/06)
伊坂 幸太郎

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