2011年01月

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  2. 2011/01/01 年賀状
  3. 2011/01/02 呟き
  4. 2011/01/03 無題
  5. 2011/01/05 スロースターター
  6. 2011/01/06 ダウン手前
  7. 2011/01/08 未だ熟せぬ
  8. 2011/01/12 行為
  9. 2011/01/13 お腹
  10. 2011/01/14 疲弊
  11. 2011/01/17 寒波
  12. 2011/01/17 ウイスキー
  13. 2011/01/18 ゴールが酒を美味くする
  14. 2011/01/19 わかさぎ
  15. 2011/01/19 「わかさぎ」のつづき
  16. 2011/01/20 冬の睡眠
  17. 2011/01/22 逆転の幸福
  18. 2011/01/22 空振り
  19. 2011/01/23 土曜ワイド劇場
  20. 2011/01/23 プラネタリウム
  21. 2011/01/25 遠くを見ることは過去を見ること
  22. 2011/01/25 試合前
  23. 2011/01/26 PK戦
  24. 2011/01/26 積み重なる期待感
  25. 2011/01/27 愚痴
  26. 2011/01/29 懐古
  27. 2011/01/29 結婚式月間
  28. 2011/01/30 プロ意識
  29. 2011/01/31 小規模な混沌

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年賀状

年が明けた。こんにちは2011。

昨夜から体調が悪く、今朝の寝覚めも非常に悪かった。

朝一で、愛妻の実家に挨拶に行き、日本酒を飲んで、初詣に行った。

元日らしく、非常に寒い。

着ていなかったダウンジャケットを引っ張り出して、

どうやら風邪気味なのでマスクをして出掛けた。


正午過ぎに帰宅して、現在に至る。


年賀状が思ったよりも届いていて、出していなかった分の印刷をしている。

密かにライバル視している子持ちの友達の年賀状のクオリティーが今年も素晴らしく、

悔しさを覚えつつ、壁に飾った。
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呟き


今年の正月はなんだか暇。
結局何も予定が入らなかったので、

禁酒の愛妻と近所の扇屋なう。

無題

体調がすぐれないまま年末年始は過ぎ去った。

スロースターター

毎年のことだが、

年末は一年間の総括をあれやこれやとすることを含めて、つらつらと文章を書き留めたくなるのだけれど、

年が明け、新しい一年を迎えると、なかなか“その気”になれなくて、

想像力や創造力、その他様々な「思考」が働かない。

ぼんやりと数日間を過ごして、「ああ、もう年が明けて○日も経つのか……」と我に返る。

根っからのスロースターター気質なのかもしれない。

人間、「新しい年」の始まりだからと言って、そう簡単にモチベーションが上がるものではないと思う。


そうして今日、短い正月休みを終え、“仕事始め”をだらだらとやっつけて、帰宅し、

そろそろ「始動」しようと思い、仕事で貰って余っていたカレンダーを部屋のあちこちに配置した。


とは言いつつ、今年は殊更に大切な年になりそうなので、

らしくなく、気合いは入れなければならないと思っている。

公私両面で様々なことに目を向けなければならない一年になりそうだ。

そういう時だからこそ、自分自身のよりインサイドな部分の「充実」を図っていかなければならないと思う。


そこで下記のささやかな目標を立てた。


・映画を100作品以上観る

・小説を10冊以上読む

・体重を10kg落とす




目標というよりも、生活のサイクルの指針に過ぎず、

相変わらず“自己満足”から離れられないが、

僕の場合それこそが最も重要なことのようにも思う。


何もしなくても、強制的に次のステージには上がらなければならないことは確実なわけで、

願わくばより良い精神状態で一年間を過ごしたい。というのが切なる思い。

ダウン手前

年末年始から引き続き、どうも体調が万全にならない。

全身が怠く、腹が痛い。思考が鈍る。あらゆることが面倒臭くなる。



過去の「スバラシネマAWARDS」の記事の書式を整えるという、非常に地味で意味の無い作業を延々としている。

誰が見るわけでもないが、携帯で見ても見やすいように、

無駄なスペースを削除したり、英数字を半角で揃えたりという無駄に細かい作業。

愛妻が「何のためにしているのか?」と呆れて言ってきたので、

「趣味だ」と答えた。

我ながら自己満足は尽きない。

未だ熟せぬ

1月最初の金曜日の夜。

職場の新年会があり、23時に帰宅。

あーあ。と、愚痴りたいことは山ほどあるが、言っても仕方が無いので、右から左へ流してしまおう。


体調低下で弱っているせいか、色々しんどい。

ふいなことで極端に落胆してしまったり、激昂してしまったり。


未熟だなあと思う。


それでも以前と比べると、ずいぶんとマシになったとは思う。

振り返ると、もっと悲観的で、破滅的な時期もあった。

それはそれで、その日々を悔いてなんていないけれど、

「変化」を得られているということは、ありがたいと思う。



さて、

金曜日の新年会だろうが、明日も仕事……。

そういうアンバランスさというか、本質が惚けたところが、今の職場のもっとも解せないところだ。

と、結局愚痴ってしまっても仕方が無い。


明日は明日で、楽しみな飲み会が控えているので、なんとか体調を整えたいと思ふ。

行為

「伊達直人」と聞いて、即座に「タイガーマスク」を思い浮かべられた日本人の割合は、

一体どれくらいなのだろうと思う。ちなみに僕は知らなかった。


そう名乗って児童養護施設に寄付をするという行為が全国的に“流行っている”。


どこかの誰かが少し印象的なことを行うと、

“右にならえ”で模倣することは、「悪事」に限ったことではないんだなあ、

と、相変わらずな日本人の性質を滑稽に思いつつ、

本質がどうであれ、その行為が“いいこと”であることは揺るがないので、

否定の余地は無いと思った。

お腹

ふと気づくと、

愛妻のお腹が随分と大きくなっていた。

それほど酷くはなかったけれど、悪阻もほとんど治まってきており、

胎児の成長も順調な様子なので、何よりだと思う。


あと半年も経たないうちに子供が生まれる。


正直なところ、想像以上に実感が無い。

もっと感慨深さと心情の変化を伴うものかと思っていたけれど、

父親の心理なんてものはそういうものらしい。

母親と同様に感情が高まってしまうと、バランスが悪くなってしまうということなのかもしれない。


「僕の小規模な生活」の3巻を読んで、

「妻」の出産シーンの痛々しさに引きつつ、笑った。

そのシーンを読んだ愛妻の感想を気にしたが、

「あんなもんよ」とケロッとしていた。


心配するポイントがよく分からない……。


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(2009/11/20)
福満 しげゆき

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疲弊

22時。帰宅していたが、

どうしても今日中に確認しておいてもらわないといけない案件があり、

取引先の社長に会いに出掛けた。

10分そこそこで打合せは終わり、さっさと帰った。


とても久しぶりに、文字通り朝から晩まで働き詰めの一日だった。

なら普段はどんな一日なのだと言われると困るが、

とにかく働き疲れた。


明日も朝一で四国中央市まで行かなければならない。

ああ、らしくない。

寒波

この冬の寒さもここに極まりという感じで、この数日、大変寒し。

体質的に、僕は非常に寒さに弱くて、季節に関係なく震え出すと止まらなくなる。


ただ、暑い夏は外になんて出たくもないけれど、

寒い冬は、ちょっと出掛けてみようかなという気になる。

きちんと着込んで、唯一露出した顔の肌に冷気が突き刺さってくることは、嫌いではない。



昨夜は午前1時半にジャッキー・チェンの映画を観終わって、

愛妻の眠るベッドに潜り込むようにして眠った。


今朝は午前10時に起きて、いつものように「サンデーモーニング」と「サンデージャポン」を所々早送りで見た。

午前11時過ぎに起きてきた愛妻が、「ミートソースが食べたい」と言うので、

ドライブがてら大洲の「デュエット(スパゲティ屋)」に行くことにした。

無料実験中の高速道路を走り、13時半に大洲着。

スパゲティを食べて、すぐに大洲を後にした。

大学卒業後、就職と共に3年間大洲に住んでいた愛妻だが、驚く程に愛着は無い。


帰りは、少し遠回りだけれど海岸線まわりで行くことにした。

風が強く、海はとても荒れていた。


冬の海は、荒れているぐらいが丁度良いと思う。

もし落ちてしまったなら、ひとたまりもないだろうなというような波の“うねり”を見ていると、

なぜだか胸がすく思いになる。

物凄く高いところから下を覗いたり、台風の日の川の濁流を橋の上から眺めたり、燃え上がる炎を仰ぎ見ている時と、感覚は似ている。

「自分」などではどうやったって太刀打ちできないものと対面すると、逆に気が楽になり、晴々とする。


もうすぐ「自分」の子を産む人と、荒れる海岸線を行きながら、「無理はすまい」と思う。

「理想」はあるし、より良いものを得たい。とは思う。

ただそのすべては、自分たちが成すことであり、それ以外はない。

ならば、何よりも大切にするべきものは、自分たちであり、「自分」であると思う。


そういう考えのもと、一応30年生きてきた。じゃあ、とりあえずそれでいいんだろうと思う。



ショッピングモールに寄って、新しい革靴を買った。

アイスクリームを食べて、帰宅した。



愛妻が、「温泉に行きたい」と言う。

身重での旅行はちょっと怖いので、道後温泉のちょっと良い宿の予約を取った。



夫婦共々、同じように、「自分の想定に反して“普通”の人生を生きているなあ」と思っている。

そこには、言葉にならない物足りなさと、満足感が共存している。

それが、良いのか悪いのか、今はまだ分からないし、分からなくていいと思う。

ウイスキー

LOTTEの「アーモンドクリスピーチョコレート」を食べながら、

水割りのウイスキーを口に含む。

ウイスキーと言えば、

先日、映画の「容疑者Xの献身」を久しぶりに観て、初見時と同様に面白かった。

その映画の中で、探偵ガリレオ役の福山雅治が、大学時代の旧友で容疑者役の堤真一のアパートを訪ねるシーンで、

福山が手土産に持ってきたウイスキーを、堤真一がとても旨そうに飲む様が、印象的だった。

映画というものは、繰り返し観ることで、初見時には記憶に残らなかった他愛も無いことが、新たな“印象”として残ることが多々ある。

そういうことも、映画を楽しむということの要素だと思う。



ウイスキーを2杯飲んで、ほろ酔い加減で、アジアカップのサウジアラビア戦のキックオフを待つ月曜の静かな夜。

ゴールが酒を美味くする

ウイスキーを5杯飲んで、気分は良い。

酔っ払っているからではなくて、

サッカーの日本代表が、サウジアラビアに5-0で大勝して、準々決勝進出を決めたからだ。

月曜日の夜に夜更かしして観戦した甲斐があったというもの。

やはりサッカーは“得点”がすべてだろうと思う。

岡崎、前田、先発FW両選手の5得点に歓喜した。

さあ、寝よう。

わかさぎ

立川志の輔の新作落語に「みどりの窓口」というのがあって、

その主人公が、何がなんでも“ワカサギのフライ”を食べたいというくだりがある。






この続きは、また明日……。

(眠くて仕方が無い)

「わかさぎ」のつづき

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立川志の輔の新作落語に「みどりの窓口」という演目がある。

“みどりの窓口”の職員である主人公が、訪れる客たちの傍若無人な振る舞いにほとほと疲れ果て、

その夜、憂さ晴らしのために立ち寄った居酒屋で、

何が何でもワカサギのフライが食べたいと、傍若無人に振る舞ってしまうという噺だ。


この噺をiPodで何度も聞いているのだが、その度に「ワカサギのフライ」を食べたいと思っていた。


昨夜は、急に街で飲むことになり、初めて行った駅前の居酒屋で、ついにメニューの中に「ワカサギのフライ」を見つけた。(正確には「ワカサギの唐揚げ」となっていたがそう大差はないだろう)

一人で密かに感動し、いの一番にそれを注文した。

旨かった。昨夜はハイボールと一緒に食べたが、ビールにも焼酎にも日本酒にも合うだろうなと思った。


落語に限らず、ある“表現”に触れ、自分の中に印象として残り、ある時ふと実生活の中でリンクするという経験も、一興だと思う。


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冬の睡眠

疲れている。

疲れていると、すぐに眠れるが、少々たちの悪い夢を見る。

詰まるところ、眠りは浅く、目覚めもよろしくない。


愛妻は、妊娠中の影響か「眠りが浅い」と言っているが、

横で見ている限りでは、高価な安眠枕からずり落ちながらスヤスヤ眠っている。

夢なんて殆ど見ないらしい。


深くぐっすりと眠りたいとは思う。

ただ、印象的で面白いことも多々あるので、睡眠中の夢は見たいとも思う。


この季節はマスクをして眠る。

暖かく、乾燥による喉の痛みを防ぐことが出来る。

そして、個人的な感覚としては、酸素が薄くなってぼんやりとしてくるので、すぐに眠られるような気がする。

逆転の幸福

後半18分。

DF吉田が退場処分直後のまさかの勝ち越し点で、1-2。カタールが再びリード。

もしかすると、

物凄い落胆をもって寝床に就かなければならないかもしれない、

という危惧を抱えてからの、3-2。

日本代表、逆転勝利。


スポーツ観戦において、「逆転」ほど興奮することはなく、

それに伴う「勝利」ほど幸福なことはない。


終始やきもきする試合だったが、これこそがアジアカップの決勝トーナメントであり、結果がすべてだ。

完全アウェーの開催国との対戦、重なる悪条件による劣勢の中、

それでも90分間で勝ち切った日本代表の様は、アジアにおける風格があったと思う。


新たに日本代表の10番を背負った香川が2得点し、控え選手の伊野波が逆転ゴールを決めるという加速する“勢い”とは別に、

逆境の中でも決して焦らず全体のバランスを取り続け、ゲームをコントロールした長谷部、遠藤の両ボランチと、

想定外の展開の中で、冷静な指揮と適切な選手交代を見せたザッケローニ監督の“仕事ぶり”に、

絶大な安心感を覚えた。


素晴らしい。

空振り

昼寝から目が覚めると、

卓球の全日本選手権の女子シングル決勝戦は、4セット目を迎えていた。

17歳の石川佳純がストレートで圧勝した。

マッチポイントの石川のサービス。対戦相手はラケットに当てられず空振りした。

映像で見ているだけでは分からないとんでもない変化をしているのだろう。

卓球のトップレベルのゲームも生で見てみたい。

土曜ワイド劇場

平日と同様に20時に仕事を終えて、帰り路につく。

途中、コンビニに寄って、トリスハイボール500mlを2本とお菓子を買った。

エビとニラの饅頭を焼いて、納豆を混ぜた卵を焼いた。

愛妻は、昼間に出掛けていた“女子会”でたらふく食べたようで、食欲を示さなかった。

が、買ってきたお菓子はぱくぱく食べていた。

土曜日のゴールデンタイムは、あまり面白い番組を放送していなかった。

仕方なく、「法医学教室の事件簿」を最初から最後までじっくりと見た。

2時間サスペンスのベタベタな展開に野次を入れつつ、やっぱりチープな結末にフラストレーションを覚えた。

つまみとお菓子を食べ過ぎて、腹が苦しい。


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プラネタリウム

もう何年ぶりになるだろうか。プラネタリウムを観に行った。

愛媛県総合科学博物館の、「世界最大」とギネス記録に掲載されているというプラネタリウムで、

「探査機はやぶさ」が小惑星イトカワへ辿り着き、地球へ帰還した様を描いた番組を観た。

最新鋭の全天周映像で描かれた「冒険」の様は、問答無用に大迫力で、面白かった。



2010年、日本の小さな探査機が、

7年の歳月と60kmの道程を経て帰還したというトピックスは、

世間の話題を席巻し、フィーバーとなった。

しかし、その盛り上がりに対して、多大な興味は覚えつつも、素直に感動できない自分がいた。

その要因は、自分が“そのこと”をまったく知らなかったからに他ならない。

7年前に「はやぶさ」という探査機が打ち上げられたことも、

その2年後に小惑星イトカワに到達したことも、

数々のトラブルを経て帰路に就いているということも、何も知らなかった。

存在と経緯をまったく知らなかったのに、最後の「帰還」にだけ触れ、感動したなどと言うことは、

あまりに都合が良過ぎるような気がした。



今回、その経緯を追ったプラネタリウムの番組を観ても尚、

「感動した」などと言うことにはいささかの抵抗を覚える。

ただ「はやぶさ」というプロジェクトに対して、

科学者をはじめとする多くの関係者が、心血を注ぎ、

それに対する熱情と愛情が、奇跡とも言える目的の「達成」を呼び込んだということは、

ひしひしと伝わってきた。


自分自身が「無知」だった以上、「はやぶさ」の帰還そのものに感動は出来ない。

が、人間がその英知を追究し、未知なる成功を収めた様は、とてもドラマティックだと思う。


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遠くを見ることは過去を見ること

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そんなわけで、昨日の日曜日は、科学博物館に行った。

新居浜市にある「愛媛県総合科学博物館」には、高校生の時に学校の行事で訪れて以来だった。

行事の名目が、「遠足」だったか「研修」だったかはよく覚えていない。

仕事やら何やらで、近くを通りかかり、円錐状のエントランスホールが特徴的な博物館の姿を見る度に気になっていた。

今行けば、一つ一つの展示物を相当興味深く見られるだろう。という予感があった。

多くの人間は、学べる環境が身近で無くなると、無性に学びたくなるものだと思う。

予感は的中し、相当面白かった。

想像以上に、展示物の領域は広く、バラエティーに富んでいた。

さらっと30分くらいで見終わって、プラネタリウムに行くつもりだったが、

たっぷり1時間見回っても足りなかった。


元々、宇宙とか生物の進化とか科学的な物事や事象は大好きではある。

ならばもっとそういう分野に進むべきだったのではないかと我ながら思うが、

そうそう簡単にいかないのが人生であろう。

そもそも、宇宙とかそういうものが好きな最大の理由は、

対象があまりに巨大で、果てしないので、思いを馳せれば馳せるほど、

ちっぽけな自分を取り巻く障害や苦悩がどうでも良くなってくるからだ。

つまりは、科学的なことを科学的に突き詰めたいわけではなくて、

科学的なことを精神的に捉えて、その「真理」を追究した“つもり”になることが好きなのだろうと思う。
結局は自己満足に尽きる。
自分自身が本質的に科学的ではないということは、自分自身が誰よりも知っている。




「遠くを見ることは過去を見ること」


と、宇宙のコーナーの一説に書かれてあった。

遥か遠い“となり”の銀河から発せられた光は、230万年かけて地球に届くそうだ。

つまり、今見ている“となり”の銀河の姿は、230万年前のものであるということ。


ふと触れた「科学」の一端の、あまりの途方も無さが、心地いい。


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「古代インド人の宇宙観」

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試合前

残りわずかになった貰い物のウイスキーをたっぷりの氷と水で割って、

ちびちびと飲みながら、

アジアカップ準決勝・日韓戦のキックオフを待つ。

おそらく、ハーフタイムを迎える頃には空瓶になっているだろう。

歓喜のまま寝床に就けるといいが……。

いや、当然勝つんですが。

PK戦

国際大会で、日本代表がPK戦を制したのは、一体いつぶりだろう?

もしかすると、8年前のアジアカップ、あのヨルダン戦以来ではないのか?

これぞアジアカップ。これぞ日韓戦。これぞサッカー。

素晴らしい。

積み重なる期待感

朝から晩まで各ニュース番組では、昨夜の日韓戦をトピックスとして一番に取り上げていた。

スポーツの国際大会、特にサッカーにおける“日韓戦”の特別性を改めて感じた。

そして、それに「勝利」するということの“達成感”の絶大さも。


5年間に渡って勝利がなかった日韓戦だったが、昨夜の試合においては、負ける気がしなかった。

日本代表の試合を見続けてきて、それは初めてのことだったかもしれない。

もちろん、これまでの日韓戦と同様に、勝敗の行方は紙一重だった。実際どっちが勝ってもおかしくはなかった。

が、そんな試合展開であっても、「これは日本が勝つだろう」と思った。

むしろ「勝たないと嘘だ」という方がしっくりきた。

それくらい、試合開始直後から日本代表のサッカーが良かったと思った。

「サッカーが良かった」なんて言うと、いかにもサッカーに精通しているようなので、

単純に見ていて「面白かった」と言い直そう。


その感想は、昨夜の試合だけに限らず、今回のアジアカップの各試合を通じて感じている。

当然ながら、決して完成されたチームではない。未熟で、荒削りなチームだと思う。

守備面の脆弱さをはじめとして、改善すべき点は非常に多い。


ただ、勝利する試合でも、引分ける試合でも、“面白いサッカー”をするチームだとは思う。

そして、その“面白さ”が、今後もっと進化していくのだろうと、期待させるチームだとも思う。


これが就任間もないイタリア人監督の力量によるものかどうかは、まだ一概には言えない。

日本代表というチームにおける采配自体が、まだまだ手探りなのであろう印象は受ける。

しかし、本田圭佑の発言じゃないが、この日本代表監督が何か“持ってる”という「予感」は、

試合を重ねるごとに高まっている。

愚痴

調子がいい時に、自分のペースを崩されると、非常に腹立たしい。

ウマくいっている者に、あれこれ注文をするべきではないと思う。

あー、うざったい。

という久々の愚痴。

懐古

このごろ、昔のことをよく思い出す。

サッカーのアジアカップを見ながら、前回大会の頃は何をしていたなとか、前々回大会の頃はあそこに居たなとか、

振り返ると、ずいぶんと生活環境も変わっているものだと思う。

精神的にも、自分自身は何も変わっていないつもりでも、以前とは大きな違いがある。

あのとき、もっとああしておけばよかったと、後悔することも多い。


googleマップのストリートビューで、昔住んでいた街を歩いてみた。

決して良い思い出ばかりではないけれど、

今となっては、

何もかも皆懐かしい(by 沖田艦長)

結婚式月間

今日(土曜日)は久しぶりに休みなので、

昨夜は無理矢理でも夜更かししてやろうと、翌日のアジアカップ決勝戦を想定して、

日本VSオーストラリアの設定でウイニングイレブンをやって、3-2で競り勝った。


今朝はゆっくり朝寝を楽しもうと思ったが、7時前に目が覚めてしまった。

どうやら、久々に出席する結婚式に、少し高揚しているようだ。

実は、これから一ヶ月の間に、3つの結婚式に招待されている。

必然的に伴う出費は正直厳しいが、結婚式自体は大好きなので、嬉しい限りだ。

再来週の結婚式では、友人代表スピーチも任されている。

“初めての経験”は、いくつになっても緊張するし、楽しみだ。


余談だが、これまでに6度友人の結婚式に出席したが、

それぞれ披露宴会場が異なっている(自分の結婚式も含めて)ということが、密かな自慢だったりする。

更に、今日も含めて控えている3つの結婚式も、会場が被っていない。

これってちょっと奇跡じゃね?



夜には、アジアカップ決勝戦も控えている。

長い一日になりそうだ。

プロ意識

眠い日曜日だった。


昨日は、結婚式に出席し、同席していた友人らと近所の居酒屋で飲んだ。

アジアカップの決勝戦キックオフの時間になり、ウチに行って、観戦しながら飲むことにした。

予想通りに息詰る攻防とスコアレスの膠着。

「1点」をめぐるせめぎ合いは、予定調和のように延長戦までもつれ込む。

緊張感を感じつつ、夕方からのアルコールの影響で猛烈な睡魔が襲い始めてきた午前2時過ぎ。

李忠成のボレーが吸い込まれるようにゴール左端に突き刺さった。

途端に睡魔は消え去り、友人らとともに深夜の幸福な歓喜に浸った。

興奮が冷めぬまま、眠りについたのは午前4時だった。


明けて、日曜日の今日。

二日酔いと睡眠不足による気怠さが午後になっても治まらず、

ぐったりとしたまま、昨夜の歓喜の録画を見直して、再度歓喜に包まれる。


先日も書いたように、今の日本代表のサッカーは“面白い”。

その最大の要因は、やっぱり「勝利」という結果を得るからだと思う。

それはスポーツにおける揺るがない価値観で、「勝利」よりも優先されるべきことなど無い。

若い日本代表の各選手には、殊更にその「勝利」に固執する意識の高さを感じる。

それは即ち、「プロ意識」の高さだと思う。

自分の役割と求められている成果をしっかりと自覚し、ストイックにそれを追求する。

プロのサッカー選手である以上、どんな状況であれ、「勝利」を収めるために最大の努力をしなければならない。

ということを、一つ一つのプレーや発言から感じ取れる。


そして、そういう高いプロ意識を持った選手たちを、

こちらもプロフェッショナルとして世界最高峰のプロリーグで実績をあげてきた監督が巧みに操っている。


「勝負事は結果がすべて」だということを本質的に知っている選手と監督。

今回のアジアカップを制した要因は、その「プロ意識」同士の相乗効果に他ならないと思う。


まだまだ走り始めたばかりのこのチームが、これから先一体どういった発展を見せていくのか。

この期待感こそが、日本人としてとても幸福なことだと思う。

小規模な混沌

週末、いつも利用している中古本の販売サイトで発注していた漫画が届いた。

先日記した通り、最近、少し昔のことをよく思い出す僕にとっては、痛々しく相応しい漫画だった。


「僕の小規模な失敗」/福満しげゆき


この作品の“後日談”として現在連載されているのが、「僕の小規模な生活」と「うちの妻ってどうでしょう?」。

作者自身の漫画家生活がある程度軌道に乗ってきている様と、

“妻”の愉快さと愛らしさに溢れる連載中の両作品に対して、

作者本人の高校時代から、「漫画」が“仕事”となり得る以前の“暗黒”の数年間を赤裸々に描いているだけに、

圧倒的に、陰惨で、文字通り“小規模”に混沌としている。


この漫画、もう「面白い」とか「面白くない」とかという判別ができる作品ではない。

何故なら、描かれる主人公(作者)の精神状態が、とても他人事とは思えないから。

僕自身は、幸いにも家族や友人に恵まれていた分、実際あそこまで陰惨ではなかったとは思う。

が、主人公の陥る悲観のスパイラルの様は、読んでいて身につまされる。


ナイーヴでネガティブ、でも虚栄心や功名心も人一倍あって、

インサイドへ向かって、ひたすらに悩み、考え込んだ挙げ句、結局何も出来ない日々。

そんな日常をどれだけ過ごしてきたことか。

何処だか分からない人気の無い駐車場で時間を潰したり、

何があるわけでもないのに本屋に寄ってインテリジェンスを装ったり、

アルバイトの面接の連絡をするために電話を手に取り、何時間も尻込んだり、

面接を受けては逃げ出したり、仕事がキツくては逃げ出したり、


そんな日々をただただ過ごして、ついに逃げ場さえも無くなって、現在に至る。

「無駄」と言ってしまえば、確実にそうだろうと思う。

ただ、「無意味」だったとは言えない。


この漫画の存在自体が物語っているように、

どんなに無駄で無意味に思えるような日々でも、

過ぎてしまえば、それは思い出であり、経験という「価値」だろうと思う。

そういうことを証明してくれているようで、この漫画はちょっと特別だ。




…………「価値」と言ったが、実際はそれも自己を肯定するための詭弁のようにも思う。

唯一確実に言えることは、そんな日々の延長線上に、今の日々が存在しているという、ただそれだけかもしれない。




最終コマで描かれる主人公の無言の表情は、

とても言葉なんかじゃ表現できない小規模で巨大な「不安」をそのまま表している。

作者がある程度の「時間」を経たからこそ、漫画として表現できたように、

僕自身も、「時間」を経てきたからこそ、感慨深く思える漫画だと思う。


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