2010年07月

  1. --/--/-- スポンサーサイト
  2. 2010/07/02 歓喜
  3. 2010/07/05 夏序盤
  4. 2010/07/11 7月深夜
  5. 2010/07/11 雨降らず
  6. 2010/07/12 「無敵」というプライド
  7. 2010/07/13 ジャッジメント
  8. 2010/07/14 余裕(ヒマ)
  9. 2010/07/16 あのときの価値
  10. 2010/07/16 「女」という絶対性
  11. 2010/07/19 夏開始
  12. 2010/07/22 小説家
  13. 2010/07/22 「番狂わせ」という戦略
  14. 2010/07/24 4年
  15. 2010/07/25 土曜の夜
  16. 2010/07/28 テレビゲームに関する何とも取り留めのない駄文
  17. 2010/07/29 零(ゼロ)

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歓喜

日本代表の帰国会見にて、控えだった今野や森本らが“一芸”を披露して、選手らをはじめ場内を笑わせた。

そのニュース映像を見て、またとても幸福な気分になった。


スポーツを愛する者にとっての幸福は、自分が応援しているチームや選手の「勝利」だ。

それは間違いないし、如何なる時もファンは「勝利」を求める。

ただそれは同時に、応援するアスリートらが“歓ぶ姿”を見たいということだとも思う。


たとえ最終的な結末が「敗北」だったとしても、

最終的に“歓ぶ姿”が見られたのなら、それでいい。

それがスポーツにおけるカタルシスの本質である気がする。


南アフリカワールドカップの日本代表の4試合を通じて、

“代表チーム全体”が、「歓喜」した姿そのものこそが、ファンが得られた最高の「歓喜」だったと思う。
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夏序盤

知らぬ間に7月。今年も、もう後半戦突入。

季節は夏。

いろいろと楽しそうなことは控えているけど、

当然ながら、しんどいことも日々連なっていて、

この季節を存分に楽しもう!という感じにはならない。

愚痴ったところで、夏が無駄に過ぎていくだけなので、ひとつずつ楽しいことに向けて頑張ろうと思う。


……どうも感受性に乏しい。

7月深夜

7月が瞬く間に過ぎていく。

けれど、あまり暑くもなくて、夏はなんだか遠い。

明日は待ちわびた休日だけれど、朝から町内会の清掃活動があるので、大雨でも降ればいい。

ということを思いながら、会社の10周年の余興で発表するオリジナルTシャツのデザインを適当に作っていたら、

思いがけず「クオリティタカス」なデザインが出来てしまい、なんだか惑う。

まあいい。

そういえば明日は参院選もある。ネットで注文したソファーも届く。

今しがた降り出した雨が、明日の朝も降り続いていることを信じて、眠り、起きよう。

雨降らず

朝から雨が降っているという勝手な予定を立てていたのだが、

「雨、降ってないよ」と、愛妻に起こされた。午前7時。

仕方ないので、夫婦そろって公園の掃除に出掛けた。

昨夜は2時過ぎに床に就いたので、5時間も寝ていない。休日なのに。


午前中に、先日ネットで注文したソファーが届いた。

ソファーを組み立て、それを置くためのスペースの確保とあわせて部屋の掃除に汗をかいた。

とかなんとかしていたらお昼も過ぎた。

参院選に行き、ラーメンを食べて、100円ショップで仕事用の文房具を買い、県美術館の「ル・コルビュジエ展」に行った。

16時に帰宅して、流石に眠くなってソファーに横になったら、3時間も眠ってしまった。


日曜日らしい一日が、いつものように瞬く間に終わる。


P1070188.jpg

「無敵」というプライド

2010南アフリカワールドカップは、“無敵艦隊”スペインの念願の初優勝で終幕した。

同じく初優勝を狙うオランダとのファイナルは、まさに世界のトップ・オブ・トップの高レベルのせめぎ合いだった。

スコアレスのままPK戦に突入するかと思われた延長戦終了間際のスペインの得点は、

「無敵艦隊」と言われ続け、ワールドカップでの「勝利」に縁遠かったサッカー大国の絶対的なプライドを見た気がする。

完成された組織サッカーの上で爆発した個の閃き。

それはこれから先のサッカーそのものの進化の礎になるような、価値の高いパフォーマンスだったと思う。

これからのサッカーにとって、最も勝つべきチームが勝利した素晴らしいワールドカップだったと思う。

(スペインの優勝に賭けていた友人には、飲み代をおごらなければならないけれど……)

ジャッジメント

ワールドカップが終わってしまい、少し寂しい。

それくらい今回のワールドカップが、日本人にとっても価値あるものだったということだと思う。

日本代表のベスト16進出がその顕著な結果であることはもちろんだが、

もう一つ、今大会が日本人にとって意義深いものになった要因がある。

それは、

日本人レフェリーの「決勝進出」である。

今回、スペインVSオランダのファイナルにおいて、日本人審判員の西村雄一氏が第4審判員、相楽亨氏が控え副審として、審判員チームの一員となった。

ワールドカップの審判は、グループリーグでのジャッジメントに対する評価によって、決勝トーナメントの担当が決まる。

詰まるところ、大会において最も優れたジャッジをした審判員が、ファイナルに「進出」するということだ。

そのファイナルの審判チームに日本人レフェリーが入ったということは、非常に価値あることだ。

決勝戦後の表彰式では、チーム表彰に先立って、ファイナルを担当した審判員たちが表彰される。

優勝したスペインチームと同じ壇上に登った日本人審判員の姿は、代表チームのベスト16進出と同様に、

日本サッカーの「進化」の結果だと思う。

余裕(ヒマ)

ようやく梅雨らしくぐずついた日々が続く。

が、雨は降ったりやんだりで、非常に過ごしづらい。

降るなら降るで、降り続けてほしい。

先日、ある性格診断をしたところ、

自分は、予期せぬ出来事が苦手なタイプらしい。

確かに、自分の予定に反したことが起こると、上手く対応出来ず、腹立たしくなる。

自分の思惑に反した急な誘いにも弱いし、前々から予定していたことがキャンセルされることに対し必要以上にショックに思う。

それが対人的なものなら尚更だ。

そもそもが、急なトラブル対応や、臨機応変な応対が必要な職種に向いていないような気がしてならない。

当面、どうなることでもないが……。


最近、「無駄」なことを考えて、それを表現する余裕が無い。

この二日で、「寄生獣」を全巻読み返した。

この漫画の全巻読破がもはや何度目か分からないが、

その度に、最終話の寄生生物ミギーの台詞が染み入る。


ある日 道で・・・

道で出会って 知り合いになった生き物が ふと見ると 死んでいた

そんな時 なんで悲しく なるんだろう

そりゃ人間がそれだけ ヒマな動物だからさ

だがな それこそが 人間の 最大の取り柄 なんだ

心に余裕(ヒマ)のある生物 なんと すばらしい!!



ちなみにこの台詞の引用は、この「ひとりごとの記憶」で既に6回目。

自分の人生において多大な影響を持つ言葉や台詞に出会えたことを嬉しく思う反面、

果たして、自分はその「心の余裕(ヒマ)」をどれほど見出せているのか。

甚だ疑問で、歯がゆい。



寄生獣(10) (アフタヌーンKC (107))寄生獣(10) (アフタヌーンKC (107))
(1995/03/15)
岩明 均

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生涯絶品。

あのときの価値

「うたかた。」というCoccoの曲がある。

高校の2年生の時だったと思うが、とても寒い季節の部活帰りにイヤホンから流れるこの曲を聴いていて、

夕方と夜の間の河川敷で、一人泣いた。

別に悲しいことや辛いことがあったということでは無かったと思う。

ただ目の前の風景と、注ぎ込まれる旋律に無性に感極まった。

以来、この曲は非常に感慨深い一曲となり、なんとなく物憂げな状態になると聴きたくなる曲となった。

これまでに幾度となく聴いた。

でも、聴いていて涙が溢れ出たのは、あの寒い河川敷で聴いた一度きりだ。

たぶん、もうあの時と同じように涙が出ることはないのだろうと、思う。

それが、あの瞬間の「価値」で、それを今同じように見出すことは出来ない。

ただそれは、失ってしまったとか、あまりに遠く離れてしまったということではなくて、

あのときあの瞬間に感じたことが、すべてなのだと思う。


そして、たまにこうやって思い出すことが、また「価値」になるような気がする。



クムイウタクムイウタ
(1998/05/13)
Cocco

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「女」という絶対性

「東京島」/桐野夏生

この文庫小説を購入したのは既に2ヶ月くらい前だった気がするが、

仕事の合間に読もうと思って鞄の中にずうっと潜ませたままになっていた。

友人がブログで「読んだ」ということを書いていて、

また木村多江主演の映画化作品が近々公開されることもあり、

鞄から取り出し一気に読みふけった。


孤島に残された31人の男と、1人の女。

描かれる物語は、“サバイバル”なんて言葉をせせら笑うような、男と女に二分された人間の「本能」のせめぎ合い。

小説を読んでいてよく感じることだが、

女性作家の表現は、時に露骨で生々しく、あらゆる面で「容赦」がない。

女性が描く「女性」には、えぐり出されたその「本質」が露になり、いつも恐ろしさを感じる。

極めてドライな展開が逆に感情的に突き刺さり、決して読後感が良いとは言い難い。

が、その女性の「本質」は、常に男性を凌駕するものであり、

男はただただひれ伏すしか無いと感じる。


東京島 (新潮文庫)東京島 (新潮文庫)
(2010/04/24)
桐野 夏生

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夏開始

豪雨が降ったりやんだりしているうちに、早い梅雨明けを迎えた。

途端に広がる夏の空に清々しさを覚えつつ、二夜連続で飲みに出掛けた。

飲み会はいつだって楽しく、満足して酔っ払うが、

往々にして幾ばくかの「後悔」もつきまとう。

酔っ払っている最中はすべてを笑い飛ばすけれど、翌日になって二日酔いの中でくよくよと思い悩む。

大人げないことを言ってしまったとか、くだらないことをしてしまったとか、気になって仕方がない。

後悔するなら馬鹿みたいに酔っ払うなと、言われそうだが、なかなかそういうわけにもいかない。

たぶん一生そういう失敗や後悔を繰り返しながら、少しずつ可能な部分は改善されていくのだろう。

いやはやマイッタね。いろいろありそうな夏のスタート。


P.S.“犬も食わないもの”に付き合わせてしまってごめんなさい。

小説家

先日の高校時代の友人らとの飲み会の中で、小説の話で盛り上がった記憶がうっすらとある。

「これまで読んだ小説の中で一番は?」という質問に対して、

村上龍の「5分後の世界」を即座に挙げたような、気がする。

小説を日常の中で趣味的に読み出したのは高校時代で、

その頃に一番最初に読んだのが村上龍の「イン・ザ・ミソスープ」だったと思う。

以来、村上龍の作品に執心し、現在に至るまでにめぼしい小説は大概読みふけった。

他にも面白い作品や、凄い小説家は沢山あるが、

10代から20代にかけて、自分に最も影響を与えた小説家は、村上龍であることはほぼ間違いない。


P.S.ちなみに今日現在の「村上龍作品ベスト5」は以下の通り。



1.「5分後の世界」(1994)

五分後の世界 (幻冬舎文庫)五分後の世界 (幻冬舎文庫)
(1997/04)
村上 龍

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現実世界から「5分」ずれたパラレル世界。
そこでは第二次世界大戦後も地下でゲリラ戦を続ける日本人の姿があった。
それは、現代社会の日本人の在り方に対する強烈なアンチテーゼだった。




2.「イン・ザ・ミソスープ」(1997)

イン ザ・ミソスープイン ザ・ミソスープ
(1997/09)
村上 龍

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風俗街ガイドの主人公の前に現れたのは、アメリカ人観光客のフランク。
徐々に垣間見せるフランクの正体と本質は、人間そのもののおぞましさとリンクする。
高校時代に初めて読んだ村上龍作品であり、今作での衝撃が一気にハマらせた。




3.「半島を出よ」(2005)

半島を出よ (下)半島を出よ (下)
(2005/03/25)
村上 龍

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ごく近い未来、経済破綻した日本に北朝鮮の特殊部隊が攻め入る。
崩壊寸前の日本の混沌と回避を圧倒的なディティールでスリリングに描き切る。
村上龍作品の中では最も完成度の高いエンターテイメントだった。




4.「KYOKO」(1995)

KYOKOKYOKO
(1995/11/15)
村上 龍

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米軍基地のある街で育ったKYOKOは一人の米兵にダンスを教わった。
周囲を魅了するダンサーに成長したKYOKOは米兵を探す旅に出る。
文体そのものから音楽と人の呼吸と汗の熱情が伝わってくる。
この表現力は村上龍の真骨頂とだと思う。




5.「コインロッカー・ベイビーズ」(1980)

コインロッカー・ベイビーズ(上) (講談社文庫)コインロッカー・ベイビーズ(上) (講談社文庫)
(1984/01/09)
村上 龍

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コインロッカーで産声をあげたキクとハシ。二人の人生を圧倒的な世界観で描いた長編。
正直なところ高校時代に一度きり読んだだけなので、内容をしっかり覚えているわけでなく、「面白かった」というよりは、ただ「凄い」と感じたことしか覚えていない。
そろそろ再読してもいい時期かもしれない。

「番狂わせ」という戦略

白熱のワールドカップが終わって10日あまり、

この10日間の間で買い漁っている漫画がある。


『GIANT KILLING』/ 画・ツジトモ 作・綱本将也


2007年からの連載開始で、既にNHKにてアニメ化もされており、

「ジャイキリ」と聞けば普通の漫画好きなら「何を今更」というところなのだろうが、

恥ずかしながら、ワールドカップも終盤に差し掛かった今月になって、ようやく食指が動いた。

日本の国内リーグを舞台にした「サッカー漫画」である。

ただ、何と言っても面白いこの漫画の“特異性”は、


主人公が「監督」だということだ。


若き個性派監督が、弱小チームを率いて「ジャイアント・キリング=大物食い・番狂わせ」を起こす。

というストーリー。


ワールドカップの各試合の結果においてまさに顕著だったが、

現代サッカーにおいて何よりも重要視されることは、「チーム力」であり、

チームを率いる監督の手腕が大いに勝敗を左右する。


そして、ゲーム前後の監督記者会見がしばしば注目されることからも分かるが、

サッカーとは、戦略を立て、戦略を実行し、戦略を評価する、そのプロセスを楽しむスポーツだとも言える。


サッカーを、スーパースター的な主人公の存在を中心に描くのではなく、

「監督」と彼が企てる「戦略」を中心に描く。

とてもリアルで、だからこそサッカーの面白さが詰まった抜群に面白い漫画だ。

そして、この面白さは、新しい。


GIANT KILLING(1) (モーニングKC)GIANT KILLING(1) (モーニングKC)
(2007/04/23)
ツジトモ

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「戦略」というサッカーの醍醐味を、
ポップな漫画世界でリアルに描く。
この面白さは、新しい。

4年

4年前の「ひとりごと」を顧みる。

今の職場に就職したばかりの自分の姿が思い出される。

ああ、そうか。

と、思う。

結局、最初からそうだったのだ。

4年前のワールドカップの年の晩夏から初秋のことだ。

4年経って、またワールドカップの年の夏が始まる。


あらゆる価値を推し量る時期だと思う。

土曜の夜

またもや土曜日の夜が過ぎ去ろうとしている。

今に始まったことではないが、

一週間のうち、土曜日の夜の終わり程、名残惜しく、悲しいことは無い。



やっつけ仕事を終えて、帰宅した19時前。

今夜は愛妻が飲みに出掛けていたので、一人帰宅後の束の間をたたずんでいた。

とりあえず缶ビール(いや発泡酒、いや第三のビール)で喉を潤しながら、

毎度お馴染み近しい友人を飲みに誘うが、生憎のつれない返答。。。

今夜はどうにも一人でいたくなかったので、

実家に赴き、夕飯を用意してもらいつつ、母親と飲みながらいつものように芸能やらスポーツやらのことをだべった。



そうこうしていたら、愛妻が帰ってきたので、帰宅し、

梅干しを沈めた焼酎の水割りを飲みながら、残り短い土曜の夜を過ごしている。


いろいろと難題は多い。

嫌になるし、笑えてくる。

このすべてが「夢」だとしたらなどと、今日見た映画のようなことを思い巡らせ、

じゃあどうやって目覚めようかと、ほろ酔いの土曜の夜が終わりゆく。

テレビゲームに関する何とも取り留めのない駄文

テレビゲームというものを、子供時代にそれほどやり込んではいない。

ファミコンもスーパーファミコンも、あるにはあったけど、

どちらも周囲の流行から一歩遅れたタイミングで、ふいに父親が買ってきた記憶がある。

自分自身がそれほど興味が無かったのか、親の方針として買い与えなかったのかは、よく覚えいていない。


ただとは言ってもそれなりに浅いゲーム歴はある。気まぐれに振り返ってみる。


高校生の時に、悩んだ挙げ句なぜか「NINTENDO 64」を買ってしまった。
そのため、プレイステーションを買うタイミングを逃した。

「NINTENDO 64」を選んだ理由は、たまたま友人宅で遊んだ特に売れていないプロ野球ゲームが欲しかったからだった気がする。

ただし、王道化したプレイステーションに対して亜流ではあったけど「NINTENDO 64」は、遊び心を押さえた中々良いゲーム機だったように思う。さすが任天堂。

そして、東京で一人暮らしを始めてから、初めてプレステを買った。小型版の「PS-one」だった。

慣れない東京での一人暮らしで、普段遊ぶような友達は居なかったので、当時は暇な時はひたすらにプレステをしていた気がする。「みんなのGOLF2」にハマった。

東京暮らし2年目、ベロ○チョとか何とかいう喫茶店でアルバイトをしていて、その給料で「プレイステーション2」を買った。
プレステ2では、「みんなのGOLF3」と「ウィニングイレブン6」を交互に延々とやっていたと思う。

「ウィニングイレブン」は、2002日韓ワールドカップの時に最初に買った「6(中山雅史がジャケットだった)」以降、ちょこちょことシリーズ作を買ってきたが、先月のワールドカップ記念に数年ぶりにPS3版の最新作を買った。

東京から帰ってきてしばらくはゲームを悠長にやってられる身分でもなかったので、特に新しいものには手を出さなかった。

就職して、職場の同僚のゲーム好きの影響で「ニンテンドーDS」を買って、ゲームボーイ関連は何も持っていなかったので、ようやくポータルゲーム機デビューを果たした。
まあ正確に言うと、スーパーファミコンなんかよりも前に、「ドラえもん」でスネ夫がよく自慢している“ゲームウォッチ”というものを持っていた記憶があるので、それがポータルゲーム機デビューなのかもしれないが。

そうして昨年、新居での生活と新しいテレビ購入にあわせて、「プレイステーション3」を買った。

今は前述の「ウィニングイレブン」の最新作で、友人とネットワーク対戦なるものを楽しんでいる。凄い時代になったと思う。


こうして振り返ると、浅いなりにそれなりにゲーム歴もあるなあと思う。

まあ、ゲーム好きの某友人なんかがゲーム歴を語れば、比べ物にならないくらいに凄いことになるんだろうがね。


ちなみに、僕はスポーツゲーム専門なので、いまだにRPGというものに触れたことが無い。
興味はあるが、今更という気もする。

零(ゼロ)

P1040638.jpg


昨年の9月に、家族での鹿児島旅行の際、父親の希望で「知覧特攻平和会館」を訪れた。

そこは、太平洋戦争末期に編成された「特別攻撃隊」、いわゆる「カミカゼ特攻隊」と呼ばれる自爆攻撃隊の資料と、それに殉じた若者たちを祈念する場所だった。

特攻隊として太平洋上に散っていった人たちの顔写真と遺書が、一つ一つ丁寧にずらりと並んでいた。

あまりに非道い現実に目を背けてしまい、とてもその一つ一つを見られなかった。

展示されていた資料の一つ一つに目を通して資料館を出てきた父親は、目が腫れていた。


僕は、当然「戦争」を否定している。

ただし、その「否定」が、どれほど真実味を持ったものかと問われると、甚だ疑問だ。

三十年近く生きてきて、自国が過去に犯した「戦争」という過ちについて、様々な本や映像や話を見聞きしてそれなりに知ってはいるつもりだ。

ただそれは、たった数十年前のことのはずなのに、とても部分的で表面的な情報ばかりに思う。

「物語」としての情報であるならば、150年前の幕末についての方が、よっぽど情報量がある。これは少しおかしいことだと思う。


そういったことを、「永遠の0(ゼロ)」という小説を読んで、ふと感じた。

物語は現代社会に生きるある姉弟が、その存在自体を隠されていた実の祖父・宮部久蔵について調べ始めるところから始まる。

宮部久蔵はゼロ戦のパイロットで、終戦直前に「特攻」で戦死していた。

元戦友たちを尋ね歩くことで見えてくる祖父の意外な人物像と、太平洋戦争の現実を折り重ね、衝撃の事実へと結ぶ。


文庫本にずっしりと重さを感じる程の長編だったが、

その重さにふさわしく、戦争の事実とそこから繋がる現代社会の実態をリンクさせた、非常に面白い小説だった。

小説の面白さを感じると同時に、前述したように、自国が経験した「戦争」の実態に対する自分自身の無知ぶりを改めて感じた。


僕自身の祖父も、もちろん戦争経験者だ。

しかも祖父は、徴兵され太平洋上のどこか南方の島に送られたという話を、小さい頃に聞いた記憶がある。

密林で長い時間を過ごし、蜥蜴や泥水を口にしたということも聞いた。

当時は、僕自身が幼児だったのでそれ以上踏み込んだ話を聞くことが出来なかったが、

今思えば、もっとそういった話を聞くべきだったと思う。

もし聞いていたとしても、祖父は話したがらなかったかもしれない。

きっと勇敢な話や、美談ばかりではないだろう。むしろ残酷で非道な話の方が多かったことだろう。

僕の記憶に残る話も、祖父から直接聞いたのではなく、祖母や父など人づてで聞いたように思う。

ただ、祖父がどういう反応を見せたとしても、「聞いてみる」という行為はするべきだったと思う。


祖父が亡くなってもう12年も経つ。遅すぎることこの上ない。



P.S.ちなみに作者はこの作品がデビュー作だが、元は「探偵!ナイトスクープ」の構成作家をしていたらしい。

あのバラエティー番組の構成作家が、このような「戦争」を描いた物語を創り出したことは意外に思ったが、

主人公らが、限られた情報源から人々を訪れ、自身のルーツである祖父の人間像を探っていく様には、“ナイトスクープ”の展開が重なった。


永遠の0 (講談社文庫)永遠の0 (講談社文庫)
(2009/07/15)
百田 尚樹

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「批判」することも「肯定」することも、
先ずは「知る」ということからはじめなければ、
まったく無意味なことだ。

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