2010年05月

  1. 2010/05/01 敗北
  2. 2010/05/01 勝負事
  3. 2010/05/04 ブルース・ウィリス
  4. 2010/05/06 GW2010
  5. 2010/05/09 おめでとう。
  6. 2010/05/10 ノーサプライズ
  7. 2010/05/11 束の間
  8. 2010/05/14 高速バスにて
  9. 2010/05/16 ロック・ウェディング
  10. 2010/05/19 家畜
  11. 2010/05/23 隣国へ
  12. 2010/05/25 down
  13. 2010/05/28 日々
  14. 2010/05/31 KOREA REPORT

敗北

絶対王者の敗北は、

どこまでいっても、いかなる場合でも、

「そこ」には勝つか負けるかしかないということを、

観ている者の心に刻みつけた。


久しぶりに、

スポーツ観戦で動揺した。


始まるから終わる。終わるから始まる。

長谷川穂積というボクサーの新たなスタートに期待したい。

勝負事

世の中には、勝つか負けるかしかない。

それは実際正しいと思う。

スポーツやビジネス、政治などわりと分かりやすい世界で生きていなくても、

人生の節々で、勝負事は存在する。

重要なことは、それぞれの「勝負」に対して、どういう価値観で臨むかということだと思う。

勝負事である以上、「勝つ」ということ以上に優先される結果はない。

ただし、大前提としてその「勝負事」自体に、自分の価値を見出せるかどうか。

人生の有意義さは、そういう部分に最も表れると思う。

昨夜のボクシングのタイトルマッチで、

11度目の王座防衛を目指した長谷川穂積が、まさかの敗戦を喫した。

勝てば天国、負ければ地獄。

5年間守り続けたチャンピオンの座から陥落した悔しさと悲しさは、計り知れない。

しかし、彼は決してこの結果に対して「後悔」はしてないと思う。

最強の挑戦者に対峙するために、最大限の努力と準備をした。

相手の左フックが自分のアゴを打ちぬく瞬間まで、彼は世界のトップ同士の「勝負事」を楽しんでいた。



「勝利」は最大の目的であるべきだ。

が、もし「敗北」をしたとしても、その結果に対して後悔せずに受け止められるかどうか。

人生で臨むべき勝負事は、そういうものでなければならない。


昨夜のタイトルマッチと並行するように、昨日と今日で一冊の小説を読んだ。

「武士道シックスティーン/誉田哲也」

剣道で青春を駆ける二人の女子高生の話は、人生における勝負事の必然性と求めるべき価値観を爽やかに物語った。


武士道シックスティーン (文春文庫)武士道シックスティーン (文春文庫)
(2010/02/10)
誉田 哲也

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「勝負」に触れることが好きな反面、自分は、人生において勝負事を避けてきた。

それは、負けることの不安、失敗に対する恐れが、勝負をすること自体を凌駕してきたからだと思う。

生きている以上、不安も恐怖もたぶん尽きない。

ただ、それらを二の次に置けるくらいに夢中になれるものが、人生に見出せないとしたら、

その方がよっぽど恐ろしいことだと思う。

そういう、自分にとって揺るがない「勝負事」を早く見つけたい。

ブルース・ウィリス

久しぶりに、地元の繁華街を歩くと、

BARや居酒屋など、以前はなかった新しいお店が並んでいて驚く。

勢い良く賑わっているのなら良いのだけれど、

新店と既存店の狭間には、空テナントがあちらこちらにあって、

知り合いの社長がこぼしていた通り、水商売は以前と変わらず厳しいようだ。

居酒屋で、馬鹿話やバカ話、そしてばか話を繰り広げながら、4時間ほど飲んだ後、

大分からぶらりと帰ってきていた友と二人で、

“行きつけの店”を作るために新規開拓をしようと、祝日だけれど月曜日なので休業も多い飲み屋街を、ふらりふらり。

結局、前に行ったことがあるBARが移転オープンしていたので、そこに入った。

BARならではの高いお酒をチビチビと飲みながら、

丸々3時間、映画の話を繰り広げた。


得られた結論は、詰まるところハリウッド最強俳優は、ブルース・ウィリスだということだった。


よく話したものだと、互いに感心しつつ、解散した。


自分の趣向に沿ったことを存分に話せることは、非常に楽しいし、幸福なことだと思う。

久しぶりにこんな時間まで飲んで、今日はとても疲れたが、充足している。

GW2010

2010年のゴールデンウィークは、久しぶりに充実していたと思う。

5月1日の土曜日は出勤だったので、去年より一日少ない4連休だったが、効率よく色々なことが出来た。


5月2日から3日は、夫婦で岡山の美作へ温泉旅行へ行ってきた。

去年は思い立つのが遅過ぎて、宿泊予約がどこも取れなかった。

その反省を生かして、今回は2ヶ月程前にしっかりと予約を取った。

“美作(みまさか)”という地名の読みも知らなかったが、

地味な温泉地のこじんまりとした宿は、とても良かった。

古い宿の古い部分を巧く残しつつ、新しい発想と工夫に溢れていて、とても居心地が良いと思った。



かつらぎ1

かつらぎ2




何事においても同様だろうが、

“良いもの”の根幹は、即ち“良い工夫”だと思う。

先日、地元のBARで友人と3時間映画の話を繰り広げた時も挙ったが、

ただお金をかければ良い映画が出来るわけではなく、

どの時代のどの映画においても、そこには素晴らしい工夫があったのだ。


そういう「工夫」を様々な場所や物事で感じることは、非常に有意義なことだと思う。


ゴールデンウィーク残りの二日間では、

もはや自分の人生において欠かせない“友人との飲み”を連夜繰り広げ、

昼間は、愛妻と買い物に行き、観たかった映画を観に行き、髪を切った。


動き回って疲れもしたが、良い4日間だった。

おめでとう。

「一寸先は闇」という諺は正しいと思うけど、

それはまったく逆の事柄でも同じだろう。

即ち、「一寸先は光」。

幸福だって、いつも次の瞬間に溢れている。

どうしても人間は臆病なので、不幸に対する身構えばかりしてしまいがちだけれど、

もっと幸福を期待していたっていいと思う。

最悪の時にどうするかは、最悪の時になれば考えれば良い。

それがリスクマネージメントに欠けていることは分かるが、

人生において、最悪に構っている時間があるならば、

その分、幸福に対する期待と、それを最大限に楽しむための準備をする時間にかけた方が、

よっぽど有意義だと思う。


友に子が生まれた日曜日。そういうことを改めて思う。

ノーサプライズ

午後2時。1ヶ月後に迫ったワールドカップの日本代表登録選手23人が発表された。

これといったサプライズが見受けられなかったことは、

今の日本代表に対する“希望”の希薄さを象徴しているようで、個人的にもテンションが下がった。

なぜあの選手を入れない?なぜあの選手を入れる?

と、個々の不満は尽きないと思うので、ちゃんとスタート地点に立ち戻って、

ゼロから南アフリカに臨む日本代表を応援したいと思う。

それが、ファンとしても正しい姿だろう。

批判は、結果が出なかった時に、改めてすれば良いし、そうすべきだ。

束の間

シゴトが色々とヘビーだった一日。

午後9時半、シゴトを終えて、愛妻の迎えを待っている間に、

自動販売機でリポビタンDを買って、ぐいっと飲んだ。

「こんな時間にそんなもの飲んだら眠れなくなるよ」

と、愛妻は口を尖らせたけど、

ウィークデーの一日の中で、楽しい時間は帰宅後から就寝までの数時間だけなわけで。

その貴重な時間を、くたびれたまま過ごしたくはないのです。

同じように憂鬱な明日は確実に来るけれど、

その“束の間”があるから、何とかスルーしていける気がする。

高速バスにて

今年に入り、大阪へ出張することが多くなっている。

高速バスで片道5時間……。まあ贅沢は言ってられないし、もう慣れた。

思い返せば、上京していた頃は、同様の高速バスで片道12時間かけて帰省していたものだ。


iPodで「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」を、往復で5週分くらい聞きながら、時間を持て余す。


そういえば、「古畑任三郎」の鈴木保奈美の回で、ニューヨーク行きの高速バスの中でクロスワードパズルをやっていたことを思い出し、

サービスエリアのコンビニで懸賞付のクロスワードパズルの雑誌を買い、久々に興じた。


上司が同伴でなければ、出張も、にわか一人旅のようで楽しい。

さすがに往復10時間強の移動時間は疲れるけれど。

ロック・ウェディング

高校時代からの友人の結婚式に出席した。

これまで結婚式には幾度も出席させてもらったが、

初めて見た。

新婦がウェディングドレスでロックを歌う姿を。

仕事の傍らでライブ活動を行う程ということで、堂々としたボーカリストぶりは圧巻だった。

友人の新郎は、内に秘めた“一筋縄じゃない感”が魅力的な男だが、

そんな彼にふさわしい“一筋縄じゃない”嫁さんだなあと思った。(きっぱり褒めてるんですよ)


引き出物は、新郎作の砥部焼の素敵なペアグラスだった。

加藤作

家畜

『ミノタウロスの皿』は、藤子・F・不二雄のSF短編漫画で、人間の一方的な価値観の滑稽さをシニカルに描いた傑作だ。

あらすじは大体次のようなものだ。(ウィキペディアから一部引用)



宇宙船の事故により、命からがら地球によく似た未知の惑星に緊急着陸した主人公。

彼は、その星でミノアという美しい少女に出会い、彼女に恋をする。

しかし、その星は地球で言う所の「牛」にそっくりな種族が支配する世界で、

彼らは地球で言う所の「人間」にそっくりな種族を家畜として育てていた。

ミノアはその家畜の中でも特に育ちの良い“牝”で、

民衆の祭典で食べられるという「栄誉」を与えられた運命に有ると言う。

その事実を知った主人公は、言動の限りを尽くしてミノアを助け出そうと奔走する。

が、彼の主張はまったく通らない。当然である「家畜」の命を救う道理はないからだ。

ミノア本人もその現実を受け入れており、むしろ祭典で食べられることを心から名誉なことだと思っていた。

主人公の思いは空回りのまま、ミノアは祭典の会場へ運ばれていく。

打ちひしがれた主人公は、地球からの救命船により帰路につく。

その帰路で、主人公は泣きながら、待望のステーキを頬張った。



ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)ミノタウロスの皿 (小学館文庫―藤子・F・不二雄〈異色短編集〉)
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宮崎県での口蹄疫の感染拡大、その連日の報道を見ていて、この短編漫画のことを思い出した。

感染地域内の全家畜を殺処分するという政府の対策が決まったと聞き、

どういう反応をするべきなのか正直分からない。

報道番組であざとく映し出される子牛や子豚の映像を見て、「かわいそう」などと思うことは、

あまりに安直というよりも、そもそもの観点がずれている。

畜産農家の人たちの苦悩を察しようとしても、実際に家畜を育て売り、

それにより自らが生きている人たちの心情を本当の意味で、理解できるはずがない。

かと言って、非常事態に対しての適切な対応だと言うのもまた安易すぎると思う。


たぶん、どの観点から捉えても、完全なる正解も、不正解もないのだろうと思う。


これは「災害」であり、それに対して非力な人間は、被害の拡大を抑えるべく出来る限りの対応をするしかない。

ただし、もしこれと同じようなウィルス感染が人間に起こったなら、

果たして「対策」さえ出来るのかどうか。

それを考えると、ただ恐ろしい。

隣国へ

社員旅行で韓国へ行ってきた。

近くて遠い国が、少し親しみ深い国になった。

ただ、二泊三日のハードな日程で疲れ過ぎた。

詳細は後日。。。


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down

重い。

辛ければ、逃げる。

そして、別の道を行く。

人生、基本的にはそれでいいと思っている。

自分のことばかり考えるな?

自分の人生において、それ以外に優先して考えることなどない。

自分以外の人間を大切にすることも、守ることも、

すべては「自分」が在ってこそだ。と、思う。


それすらも言い訳に過ぎないと言えばそれまでだけれど。



韓国から帰った翌日のサッカーの日韓戦で、

日本が惨敗する様を見ながら、

必要以上に滅入る月曜日の深夜。

日々

何があろうと、何がなかろうと。

毎度のことながら……

それでも……日々は過ぎる。


こうであれば素敵だなと思う生き方はあるけど、詰まるところそれは現実的じゃない。

だから、それを脇に置いたまま、現実を歩む。

でも、現実を歩んでいけるのは、脇に置いた理想があるからだとも思う。


考えるばかりで、実行が伴わない。

いつの時も、それが問題。



KOREA REPORT

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「韓国は、とても“ポップ”な国だ」

それが、初めて訪れた「隣国」に3日間滞在して感じた率直な印象だった。
“ポップ”という言葉の正確な意味合いを捉え切れていないかもしれないが、僕は、韓国という国に対して、あらゆる面において、“軽やかさ”と“しなやかさ”を感じた。

それは自分にとっては、少し意外な印象だった。

報道や各メディアからの情報、またこれまでの教育の中で得てきた韓国に対する印象には、少なからず国としての「固さ」を感じていた。

歴史的背景に基づく反日感情、今尚続く朝鮮半島での緊張関係、そしてそれに伴う徴兵制度。
伝え聞くそういったキーワードが、僕の中での韓国のイメージを形成し、国家として民族として、「かたくななまでに堅固なんだろう」という印象を持っていたのだと思う。

しかし、実際に訪れてみると、自国の文化を愛しながら、他のあらゆる文化を柔軟に吸収し、国としての多様性を高めようとする勢いが、ソウルの街の至る所で見受けられた。

並び立つモダンなビルディングに、ひっきりなしに走る国産自動車、すべての店舗で掲げられるハングル文字。
様々な文化を受け入れつつ、しっかりとアイディンティティを保ち、国としての統一性を構築している様には、とても刺激を受けた。

気候や雰囲気を含め、韓国の街の風景は、とても日本に似ている。

それは韓国と同様の軽やかさとしなやかさで、日本も戦後他国のあらゆる文化を柔軟に受け入れてきた結果だろうと思う。
そういう面では、日本と韓国はとても近しい国だと思う。

しかし、日本と韓国で決定的に違うところは、その統一性だろうと思った。

韓国の人たちは、他国の様々な文化と人を広く受け入れる。
ただそれと同時に、自分たちの「土壌」である自国の文化と国民性に対して揺るがない誇りを持っている。
そのことが、国としての団結力に繋がり、日本には無いエネルギーを生んでいると感じた。


韓国という隣国を指して、「近くて遠い国」とよく言うが、個人的には全くその通りだったと思う。

この国のことをもっと良く知り、親しみを持つことで、教えられることはまだまだ沢山あるように思えた。
魅力的な隣国を今後更に尊敬し、あらゆることを吸収し、日本人としての誇りを高めていきたいと思う。


韓国に訪れる前に感じていた「固さ」。
その印象を持つ要因となっていた歴史的背景、現実的背景はもちろん実際にあり、国全体で苦心して進んできた末に今の韓国の発展と勢いがあるのだと思う。
そこにあるものは、「固さ」ではなく、「強さ」だと思った。


韓国はポップだ。軽やかで、しなやかで、そして強い。


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