2007年08月

  1. 2007/08/01 胃鑑賞
  2. 2007/08/03 
  3. 2007/08/05 眠気だらけの日曜日
  4. 2007/08/07 バ○ンス
  5. 2007/08/08 一年後
  6. 2007/08/11 遠い
  7. 2007/08/12 夏は短し
  8. 2007/08/13 宇宙旅行
  9. 2007/08/14 よいどれ
  10. 2007/08/16 夏の終わりの始まり by K
  11. 2007/08/17 緊急事態
  12. 2007/08/18 長い夜、短い夜
  13. 2007/08/19 いたみ
  14. 2007/08/19 うつる
  15. 2007/08/20 クソどーでもいい
  16. 2007/08/23 足らない
  17. 2007/08/23 残・夏雲
  18. 2007/08/25 蜘蛛の巣
  19. 2007/08/26 ハナビ
  20. 2007/08/26 復活排球
  21. 2007/08/26 スプリンター
  22. 2007/08/29 「鱸」は何と読む?「霜月」は何月?
  23. 2007/08/29 この素晴らしい日

胃鑑賞

「胃」を見た。

外科医以外であれば、レクター博士なみのよっぽど猟奇的な人でない限り、人間の臓器を直視することはなかなかない。
机の上に何気なく置かれたプラスチックのケースに入った胃は、思っていたよりも大きく、“びろん”と広がっていた。

“主役”である「癌」の箇所を見せてもらったが、拍子抜けする程に、ただ小さく収縮してへこんでいるだけで、素人目には執刀医の先生がボールペンの先で指し示してくれるまでどれがそうなのか全く分からなかった。
(なんとなく悪の巣窟みたいな黒い塊をイメージしていたのだけれど…)

おかげさまで、父親の手術(胃全摘出)は、先日滞りなく成功した。

手術は4時間あまりにおよび、その間病室で待っていた時はさすがに薄く確実に広がる「不安」をぬぐい去れなかったが、執刀医によるとほとんど何の問題もなくすんなりと完遂したらしい。
特に問題ない手術が普通に4時間にも及ぶことに少々驚いた。
それ以上の手術を、毎日毎日繰り返す外科医の体力と精神構造はどうなっているのか。想像がつかない。

麻酔から覚めた手術直後(ほんとに30分後くらい)は、さすがに痛みから発する熱や、疼き(うずき)に苦しんで、軽くのたうっていた父親だったが、看護士さんに言わせると、手術直後にそれだけ体を動かせること自体がスゴイことらしかった。

看護士さんの見立ては正しく、父親は、翌日には「普通」の入院患者みたいに歩いていた。
リハビリもびっちり予定されていたらしいが、一回リハビリの担当医が来て「もう必要ないですね」と帰っていった。

腹を切って、胃をすべて取り除くという大きな手術をしたにも関わらず、24時間後のこの快復ぶりには、単純に医学の進歩というものを感じずにはいられない。

とは言っても、胃が完全に無くなってしまったわけで、しばらくはまともな食事は不可能で、それが相当に苦しいのだろうが、まあそれは仕方がない。何せ胃が無いのだから。

とにもかくにも、一安心だ。
安直だが、シンプルに「良かった」と思う。ほんとうに、そう思う。

心配してくれた人、祈ってくれた人、特に何もしてくれなかった人、すべての人と、この世界に、感謝したい。

気がつけば、もう8月3日。
もう夏は折り返して、急速に秋に向かっている。

個人的な感覚から言わせてもらえば、「余裕」がなければ夏なんて意味が無い。
ただ暑い日がつづく期間というだけだ。


夜の間に通り過ぎた台風が、思っていたよりもずっと自分の住んでいる地域の上空を通っていったことを、朝になってから知る。

強い風が残る朝、水田の緑が波打っていた。
あー、海へ行きたい。

眠気だらけの日曜日

8月の日曜日。夏の貴重な日曜日。
だったのだけれど、昨夜は朝方まで飲んで帰って、軽い二日酔いで起きてぐだぐだしていたらすでに正午過ぎだった。

外に出ると、非常に暑くて、日本の夏らしい(日本の夏しか知らないのだけれど…)じっとりとした空気に包まれた。
どこかに行きたかったが、二日酔いで気だるかったので、昨夜一緒に飲んだ友達を送って、一人ラーメンを食べて帰った。

帰宅して、昨日借りていた映画を見始めたのだが、半分くらい観たところで猛烈に眠くなってしまって、耐えきれずに眠ってしまった。
ひさしぶりに昼寝をしたような気がする。2時間ほど眠って、起きたらもう外は薄暗くなっていた。

毎度のことで嫌になるが、日曜日はいつもいつも性急すぎる。

途中で止めた映画の続きを観て、今に至る。
映画は面白かった→http://yaplog.jp/awoi-sekai/archive/220

さて。寝ようか。また月曜日が始まるね。

バ○ンス

暑くて暑いが、ふいに感じる一瞬の“涼”に秋を感じてしまって、焦りと寂しさに包まれる。
なんで日本にはバカンスが無いのか。なぜヨーロッパにはバカンスがあるのか。どちらにしても羨ましい。

いつかこの国でも、バカンスなんてものが公然となる時代がくるだろうか。
くる気もするし、こない気もする。

夏はね。ほんとに働かなくていいと思うんですよ。

一年間のうち、どの季節がもっとも遊ぶにふさわしいか、休むにふさわしいか。
ちょっと考えれば、すぐに分かる。

そもそもが、この国の人は働きすぎる。
そんなに働いて一体何が得られるというのか。もちろん、働くことの意義は否定しないが、どうもこの国の勤労はズレている気がしてならない。

とまあ、なまけものの戯れ言だが、これが戯れ言と捉えられるのも、この国だからだ。

一年後

2008北京五輪まで、あと丁度一年。
オリンピックのサイクルが短くなっている感覚に陥っているのは、僕だけだろうか。

なんとなく不安感はぬぐい去れない中国でのオリンピックだけれど、やはりオリンピックは楽しみだし、結果的には良いオリンピックになると思う。
オリンピックという世界大会には、細かい問題を包み込む大きなエネルギーがあって、大抵の場合は何かしら価値の残るイベントになるものだ。

行けるものなら是非行きたいと思う。

1年後、自分は一体どうなっているのか。はっきり言ってまったく分からない。
北京にいるかもしれないし、日本にいないかもしれないし、何も変わらないかもしれない。

まったくもって分からない。

遠い

土曜日。
世間の幸福な人たちの中には、今日から9連休なんていうフランス人みたいな生活をする人もいるようで。
まあほんとのフランス人からしてみれば、
「9連休しかないのか」
と不満を爆発させるのだろうが。

8月から職場での役割が変わって、いろいろと忙しくなった。
今日も二週続けて休日出勤。
忙しくはなったが、精神的には以前よりずいぶんマシではある。今のところは。

もうお盆というわけで。夏はもう最終盤だ。
海が遠い。

ひさしぶりに「エン○の神様」を見ながら思う。
「桜塚やっくんが指名する観客が“素人”だと信じている人は、日本に何人いるのだろう」と。

夏は短し

深夜。
ふいにコーラが飲みたくなった。
すぐそこのコンビニまで自転車で買いに行った。
夜風が涼しくて心地よかった………って駄目じゃん。
なんだこの心地よさ、涼しさ。
まだまだ蒸し暑い熱帯夜でないと困るんですケド…。

夏の残酷なまでの短さを再確認した8月深夜。

宇宙旅行

ちょっと面白いというか、興味深いニュースが目に入ったので。

「「宇宙」ホテルの開業を計画」

「宇宙ホテル」なんて聞くと、なんだかどこかの寂れた海岸線か山間部にありそうな安っぽいラブホテルの名前のようだが、正真正銘「宇宙空間のホテル」ということである。

2012年にも開業予定があるらしい。2012年である。
宇宙に行って宿泊をするという、そんな「未来」がもうほんの5年後に実現するかもしれない。
滞在費は3日間で400万ドル(約4億7000万円)。
巨額だが、まあ実際のところ「妥当」なんではないかと思う。予約は一瞬で一杯になるだろう。

もちろん僕は4億円は出せないが、もしかすると生きているうちに「宇宙」に行けるのではないか。
もはやそれは「現実離れ」ではない夢かもしれない。

よいどれ

よ~やく始まったお盆休み初日(とは言っても三日間しかないのだが)。
さっそく昨夜は、いつものメンツで飲んだ。
ビールと日本酒を飲んで、二次会でカラオケに行く頃には、すっかり気持ち悪くなっていた。
飲んでいる最中はあんまり気持ち悪くはならないタイプなんだけど、やはり調子こいて飲んだ日本酒がネックだったみたいで、立て続けに戻してしまった。
戻すと元気になって、はしゃげるだけはしゃいだが、昨日は仕事終わりということもあってか、猛烈に眠くなってしまい、これも珍しいのだが盛り上がっている最中に眠ってしまった。
おかげさまで、記憶が途切れ途切れであまりに実感がない。
グラスを割ってしまったような気もする。それで殴られてアバラが痛い気もする。

実は昨夜から3夜連続で飲みである。
今日もこれから飲みに行く。
若干二日酔いではあるが、飲みに行くくらいしかやることないもので……。

夏の終わりの始まり by K

暑い。「あつい」という文字にすべて濁点をつけて叫びたくなるほど、暑い。

そういうわけで、夏ももう終わってしまいました。

個人的に、お盆休みに恒例のBBQを北条の海でやり終えると、もう次の日には夏は終わったという感慨に浸らざるを得なくなる。
まだまだ当然のように暑いし、日差しは眩しいし、蝉はうるさいし、浜を見ると海水浴客で賑わってはいるけれど、夏は終わり、今目の前に広がっているのは「残暑」に過ぎない。

夏は短い。その足早さと潔さこそ、夏という季節の最大の魅力なのだ。と、勝手に思っている。

特にセンセーショナルなことは無かったけど、先に何かがありそうな予感じみたものはなんとなくはあって、まあいいかとは思う。

とにかく先述していた通り、3夜連続で飲んでとても疲れた。
あばら骨は折れて(予想)痛いし、手先や足先は海の貝で切って痛いし、酔っ払って知らぬ間に、ずいぶんボロボロだ。

まだまだひたすらに続きそうな残暑を乗り越えて、特に好きではない秋を待とうと思う。

緊急事態

一瞬先に何が起こるかなんてことは、ほんとうに分からない。

お盆休み最終日の深夜、生まれて初めて119番に電話をかけた。

生まれて初めて自分の家にやってくる救急車を迎えた。

ちょっと疲れたので、詳細はまた改めます。

大事には至りませんでした。どうぞ御心配なく。


長い夜、短い夜

熱帯夜 切り裂くサイレンよびとめる あげた右手がなんだかこっけい


友達に貰った短歌と共に青春を謳歌する若者たちを描いた小説を読んだ直後、一句詠んでみる僕は、やはり影響されやすい性質だ。


昨夜はなかなか印象に残る夜だった。と、軽口が言えることを幸福に思う。

23時近くだったか、盆休みの疲れもありそろそろ寝ようかと思いながら、ベッドの上で前述の小説を読んでいた。

突如。

“どたーん”という何か重いものが強かに落ちた音が家中に響いた。
次の瞬間、部屋の外から母親と妹の喧騒が伝わってきた。
パニック状態の母親が青い顔をして、僕を呼びにきた。

部屋を飛び出して行くと、洗面所で父親が倒れていた。

恐怖。
口をあんぐりとあけたまま明らかに正気の目を保っていない仰向けの父親の姿を見た瞬間、心配とか焦りとかそういう生半可な感情を素通りして、ただ「恐怖」を感じた。
あらゆる恐れと畏れと怖れ。とにかくこわかった。

母親と妹が、必死に意識のない父親に呼びかけている。

瞬間、すべてを客観的に見なければならないと思った。
客観的になんてなれるはずもないが、せめてそういう意識を強く持たなければならないと思った。


話を少し戻そう。
お盆休みの中日。入院していた父親が退院した。
「胃の全摘出」という大きな手術は無事成功し、予定通りに順調に退院となった。
大きな心配と不安を、父親本人はもちろん家族全員が共有した一月あまりだったが、なんとか一安心という状態のお盆だった。

その翌日の出来事。
もちろん退院したと言っても、100%安心なんてできるわけはなかった。
「油断」をしていたということではないが、意識が薄かったことは確かだったかもしれない。


生まれて初めて、電話の「119」という番号を押した。
一寸、「ほんとうにつながるんだろうか」と意味のない疑いを覚えたが、すぐにつながった。
「どうしましたか?」というおじさんの声。

正確には覚えていないが、「父親が倒れた」ということを開口一番伝えた。
急激に膨らもうとする焦りを必死に抑えつつ、状況をさらに詳しく伝えようとしたが、おじさんの声に制された。
119番にコールしてまず伝えなければならないのは、「必要なのは、消防車か救急車どちらなのか」ということだということを、25歳の夏初めて知る。

「救急車だ」ということを伝え、改めて状況を伝える。
「呼吸をしているか」ということの確認を促され、妹に確認する。
呼吸はしていた。うつろではあったが、その時点で意識も戻りつつあるようだった。
そのことを電話の向こうに伝えて、救急車を待った。

想像よりもずっと早く救急車はやってきた。
けたたましい音と赤い光の点滅を見慣れた熱帯夜にまき散らしながら。
家の前まできた救急車を、まるでタクシーでも止めるみたいに手をあげて呼び止めた……。


長い長い夜になる。今までの人生の中で、最も長い夜になるのではないか。
そういう覚悟みたいなものも心の奥の方で秘めつつ、救急車の後を追った。

が、覚悟は杞憂に終わった。
2時間後、家族は父親を含めて全員家に帰り着いていた。

父親が倒れた原因は、脱水症状だった。
誰がどう見ても完全な病み上がりだというのに、「体の体温調節を元に戻すため」とか言ってエアコンのない居間で過ごしたり、炎天下に出歩いたりしていたらしい。
気象史上に残るかというこの酷暑である。
健康な人間でも平気ではいられないのに、胃を取ったばかりの人間が何を考えているのか。

病み上がりに気がはやる気持ちは分かるが、浅はかにも程がある。
病院からの帰路には小さな怒りすら生まれたが、怒りを感じれることに幸福を覚えたのは、初めてかも知れない。


「きょうふ」から「いかり」にかわるその瞬間 「こうふく」をおぼえあばらぼねおさえる

肋骨は、益々痛い。

いたみ

もう5日間くらいずっとあばら骨が痛い。
実は、酔っ払って友人に正拳突を5発くらいくらった。
酔っ払ってカラオケ店でグラスを割ってしまった僕が悪いのだが。
だんだんと痛みが気になる状態だったので、折れているのではないかと思っていた。

で、満を持して昨日いきつけの整形外科に行ってレントゲンを撮ってもらったのだが、骨折はしていなかった。
どうせ痛いのなら、骨折でもしていた方が聞こえがいいのにと少し残念に思った。

笑っても痛いし、少し体をねじっても痛い。くしゃみなんてするとさらに痛いので、躊躇してしまう。

うつる

40℃を超える気温というのは一体どんな「体感」なのだろうか、と新聞の見出しを見て思った。

それにしても暑い。
「酷暑」とか「残暑」とかあらゆる“暑さ”に関する熟語を並べ立ててもキリが無いくらいに、暑い。
が、夏は終わっている。
世間的なお盆休みなどというものも、今日で終わる。

季節は巡る。
また一年後に夏がくるのは確かだが、限りは確実にあって、ありきたりな言い方だが今年の夏は一度限りだ。

それが終わってしまうことは、哀しい。

そうやって一つの季節と一つの時間に対して、感情を持つことができなければ、生きている意味などないと思う。

じきに新しい季節が始まる。

クソどーでもいい

お盆休みなんて言われる連休は、友達の中では“9連休”なんていうふざけたやつもいて、羨ましいとしか言いようがないのだけれど、そういう“束の間”も大概今日が最後だろう。

僕はフツーに土日の休みで、昨日は昨日で高校の友人たちと飲んで、帰宅したのは朝6時近かった。
そっから眠りに落ちたので、目覚めたのは昼の1時近く。高校野球の準々決勝第一試合目は、終盤に差し掛かっていた。

二日酔いからくる軽いダルさを覚えつつ、ダラダラしながら、しばし持ち帰りシゴトの書類作りをこなす。
根底には常に存在したことだけれど、もうそろそ「潮時」だなということは、益々現実味を帯びていく。

適当に持ち帰りシゴトを終えて、特に何もすることがなかったので、漫画を読んだ。
手持ち漫画の「風子のいる店」。
もう読み返すのは何度目だろうか。そんなことも分からなくなるくらい、隠れた傑作である。


そうして時間をつぶして、“サザエさん”を見終えてから、いつものメンバーでもつ鍋を食べに行く。

この「ひとりごと」の中では、“いつものメンバー”なんてくくりが度々出てくるが、そのパターンは大体二通りある。
ひとつは、高校時代の端から見れば“気持ちが悪い”くらい仲が良い男友達のグループ。
そしてもうひとつは、こちらも高校時代の友人たちがメインなのだが、自宅の近所に住む男女で形成されたグループである。

今夜のそれは、後のグループで、人数は7人。
そして、そのうち二組は夫婦。そしてもう一組は、一応今年の12月に結婚を控えていたりする。
そう。自分以外は押しも押されぬカップルなのだ。笑える(笑えない)。

正直なところ、自分の立ち位置というのは非常に微妙であると言わざるを得ない。
普通に考えて、3組のカップルに対して男一人というは、存在意義に苦しむ。

それでも、この関係性が保たれているのは、一重に彼らのバイタリティの深さによるものだと思うし、だからこそ、僕としても「そこ」にいたいと思う。

まあ、とは言っても、その場で繰り広げられるのは、大体の場合、その夫婦間での喧嘩話だったり、不満話だったり、何を言っただのどうのこうのと、大概の場合、“クソどーでもいい”話である。
だいたい、親しい友達間だとは言っても、互いの“本人”がいる場で、そういうことをぶちまけられるということは、夫婦間の信頼性が高いことの裏返しであり、つまりはLove×2ということである。
尚更、“クソどーでもいい”。

そういう話の中で、時に相づちを打ったり、時に仲裁に入ったりして、いつものように楽しい時間は過ぎて行く。
当面の心配事は、その場にじきにできる(ハズ)だろう、自分の彼女を連れて行くことである。
まったく何を言われるものかたまったものじゃない……。


まあ。そーんなこんなで、今日という日も終わる。
ほろ酔い加減に誤摩化されてはいるが、明日は苦手な上司と南予の端までプレゼンに行かなければならない。
まったく何を話せばいいのか……。

結局のところ、いつの時だって、自分に必要なのは「変化」だ。
今がウマくないのなら、やはり変化が必要なのだろう。
実際、他に選択の余地はないと思う。

さて、どんなもんすかね。

足らない

0時過ぎ、帰宅。

甲子園の奇跡的な決勝戦も、熱帯夜に熱いサッカーの代表戦も、何も見れないってどうなの?と、思う。

馬鹿みたいだ。

明日のために真面目に眠るのも、馬鹿らしい。

来年、北京五輪に行ける仕事ってないかなとマジで思う。

残・夏雲

クルマが新しくなって、車庫入れが難しかった。
が、もうほとんど難なくこなせるようになった。

何事も慣れる。

慣れることが良いことかどうかは、実際よく分からない。

あー雲が夏い。

蜘蛛の巣

蜘蛛は嫌いだが、彼らが織りなす蜘蛛の巣の緻密さは物凄いと思う。
虫嫌いなので何の遮りもなく間近で凝視するなんてことは不可能だが、時々、部屋の窓の外に蜘蛛の巣を張る蜘蛛を見つけると、ずっと見ていてもなかなか飽きるものではない。

今朝、会社に向かう車中でふと脇を見ると、サイドミラーから運転席のドアウィンドウに沿って蜘蛛の巣が張ってあって、巣の中心で主人である蜘蛛が走行中の風圧で今にも吹き飛ばされそうになっていた。
もうめちゃくちゃに風に煽られているのに、蜘蛛の巣はギリギリのところで保たれており、結局その蜘蛛が吹き飛ばされることはなかった。

何年か前の夏、部屋の窓のすぐ外で、蜘蛛がまさに今巣を張り巡らせていた。
特にやることもなかった僕は、ずっとその様子を見ていた。
緻密で正確な動きで、みるみるうちに巣は完成していき、見事な八角形の中央に蜘蛛がおさまった.
その様がとても神秘的で芸術的だった。

本質的な生命の営みというものは、何の装飾も必要なく、ただ素晴らしい。


帰路。気づくと蜘蛛は巣を残して消えていた。
すると、残された蜘蛛の巣は、主人が君臨していた時の強固さを無くし、みるみるうちに風圧でほどけていった。
必要性がなくなれば、潔くその存在を無くしていく。
それが自然の摂理というものかもしれない。

ハナビ

「残暑」なんてうまい言葉を日本人は考えるものだと思う。
「暑さが残る」、なんとなく鬱積して憂鬱で、どこかわびしい。

そんな晩夏の熱帯夜。花火をした。

そういえば今年は花火をあまりしていなかった。
夏の初めの方に一度浜辺でしたが、酔っていてよく覚えていない。

昨夜はいつものご近所メンバーで、近くの河原で花火をした。
近所すぎて最近はあまり行くことのないその河原は、花火や宴会をする若者たちで意外な程に賑わっていた。
月明かりと橋の明かりに照らされて、ほのかに明るかった。

花火は、何歳まで楽しいのだろう。

傍らでは小学生らしい男の子のグループが同じく花火をしてはしゃいでいた。
今年26歳(一部30歳)になる僕らだが、たぶん彼らとあまり変わらず、同じように楽しい。
妊婦の友達は、翌日が出産予定日だというのに、漫画みたいな大きなお腹でビールを片手に笑っていた。
その旦那は三十路なのに、花火に火をつけては、蜥蜴みたいに走ってはしゃいでいた。

たぶん、そういうのが良いと思う。
いつまでも、花火を、その束の間を楽しめることができれば、それは結構幸せなことではないか。

そういうことを、花火と、薄い夜雲に見え隠れする明るい月を見ながら、思った。






復活排球

昨夜、ひさしぶりに人がこける姿を見た。
あまりに見事にこけたので、心配するより先にびっくりしてしまった。(Kちゃんゴメンナサイ)

ただ、これはあまり人ごとではない。
僕も最近よくつまずいてバランスを崩しそうになったり、体の端々をモノにぶつけてしまう。

結局のところ、完全な運動不足だと思うのだ。

先日、酔っ払ってあばら骨を痛めたと先述したが、実はふざけて友達にパンチをくらったのが原因だったりする。
それすらも、運動不足による筋力低下によるだということを否定はできない。
ふと気づくと、胸筋がすっかり落ちてしまっていた。なんとなく体全体にハリがなくなってきている気がする。

今年26歳。このまま何もしなければ中年体型まっしぐらなのではないか。
正直、ギリギリのラインなのではないかと思う。


というわけで、少々話を端折るが、バレーサークルに入ることにした。

体を鍛えるにしても、やはり何か目的がなければなかなか続くものではない。
「衰えを抑える」なんてことを目的していては、全然楽しくない。
となればスポーツ!そしてやりたいのは、やっぱりバレーボールだ。

今日早速、見学に行き、久しぶりに体育館でバレーボールを触った。本当に久しぶりだった。
バレー一家なので、当然ながら家にもボールはあるのだが、家でボールを触っていても少しも感覚が戻ってこなかった。
が、体育館のフロアの上で一人でボールを打ちつけていると、発汗とともに次第に感覚が戻ってきた。

あー、うずうずしてきた。
問題は体力自体の低下。
今日は、ほんとに軽くアップ程度の動きをしたに過ぎないのに、すっかり疲れてしまった……。

基礎体力低下の壁が一番高い。

スプリンター

スポーツ観戦が、実は映画鑑賞よりも好きである。
当然ながら、今も「世界陸上」を見ている。

男子100mの朝原宣治は、準決勝で散った。
日本のスプリントを引っ張り続けてきた35歳。個人種目での彼の姿はこれが最後だろう。
ゴール直後のインタビューで見せた涙には、どんな場合であっても競技者として当然の悔しさと、すべてをやりきったという清々しさに溢れていて、思わずこちらも涙が溢れた。

「世界一速く走る」という、世界一シンプルで、世界一困難な「目的」をめぐるフィールドで、長年に渡って存在し続けたことは、競技者として、日本人として、物凄く価値があることだったと思う。

「鱸」は何と読む?「霜月」は何月?

ブログを筆頭にし、ネット上における様々な“書き込み”が反乱する現在、「皆既月食」を「怪奇月食」と書いてしまった人は何百人いるだろうか。いや、何千人か。
松山ではきれいに見れたのかどうか分からないが、会社を出たのは22時過ぎで、夜はとても明るい月に照らされていた。


浮いたり、沈んだり。いや今は、沈んで、沈んで、沈んで、やや浮くといった具合だろうか。
沈みっぱなしでいられないことが、なんとかなっている要因だと思う。

決して我慢強くはないからね。
当たり前だが、耐えられないものを耐えようとは思わない。

結構いろんなことを知っているつもりだけれど、結局知らないことの方が圧倒的に多い。至極当然のことだ。


病み上がりで、とても暇らしい父親が作った夕食を食べて、妹に「鱸」を何と読むかを教えてもらった皆既月食の夜。

この素晴らしい日

世界は、結局のところ素晴らしいことで溢れている。
辛いことも、苦しいことも、ほんとうにたくさんあるけれど、ほんの少しの「嬉しさ」や「楽しさ」で、どこまでもどこまでも素晴らしくなれる。

そうして、不安や心配なんてこえて、いつだって「大丈夫」にいきつく。

いよいよ世界が見たくなる。
見たことがないものを見たい。


友達夫婦に子供が生まれた。
世界中の誰しもが関わっている「出産」という日常に、この上ないハッピーを覚える。

それだけで、どこまでもどこまでも、素晴らしさに溢れる。

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