2007年04月

  1. --/--/-- スポンサーサイト
  2. 2007/04/01 さくらだらけ
  3. 2007/04/04 体調崩し
  4. 2007/04/06 話題のクスリ
  5. 2007/04/06 夢の話
  6. 2007/04/08 四月の憂い
  7. 2007/04/11 工場見学
  8. 2007/04/15 夕日に泣く、泣く
  9. 2007/04/16 数字嫌い
  10. 2007/04/17 悲弾
  11. 2007/04/18 春眠
  12. 2007/04/21 海の近くの野良猫
  13. 2007/04/21 くもりぞら
  14. 2007/04/24 そろそろ
  15. 2007/04/25 そうやって、今夜もイロイロ忘れて眠る。
  16. 2007/04/28 因果
  17. 2007/04/28 手が荒れる
  18. 2007/04/29 デジタルの弊害。
  19. 2007/04/29 習慣

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さくらだらけ

ああヘビーな土日だった。

土曜日、休日出勤の後、取引先の代理店主催の花見に行き、一旦帰ったのち再び同じ場所でいつものメンバーで花見をした。
時おりぱらつく雨を「無視」しながら、女の子チームが用意してくれた特製花見弁当と焼肉とビールで夜桜を満喫シマシタ。

友人宅へ移動し、その後も午前3時過ぎまで飲み続けた。

んで今日日曜日は、午前中に予定していたプレゼンが午後にずれ込み、家族との花見をキャンセルし、ダルさと眠さをごまかしつつ取引先へ。
大口の仕事が取れたので、まあ良かったが、とにかく疲れた。今この瞬間も眠くて仕方がない。

ああヘビーな土日だった(繰り返し)。


「夜桜2007」


「花見弁当」
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体調崩し


春一転。の風吹き荒れた水曜日。
土手沿いの桜も強風にあおられて、散る、散る。

散っていく桜を見ながら、今日はどうも朝から体がダルいことに気付く。
いつの間にか、咳も止まらない。

夜になると、ついに体の節々が痛くなってきた。
どうやら軽く風邪をひいたらしい。

帰宅して熱を計ると、まだ微熱だったが、早く寝ないと明日の朝が「酷い」ことは必至だろう。

不規則で、多忙な日々。地球規模で荒れる環境。まともでいることが、中々しんどいのかもしれない。

話題のクスリ

水曜日から体調はどんどん悪くなり、昨夜熱を計って見ると、示された数値は……39度2分。。。
びっくりした。
咳は止まらないし、鼻水も止まらないし、頭は痛いし、吐き気はするし、フラフラするし、体中は痛いしで、「体調が悪い」というのはこういうことだ。と主張するような状態である。

昨夜は、ものすごい悪夢にうなされながら、苦しみの中で眠った。
朝になって、大分良くなったような気はしたが、体温計の数値は昨夜と変わらず39度2分。これはやっぱりアレだろうなぁと、思いながら、朝一で病院へ行く。

お医者は開口一番、案の定の“インフルエンザ”。仕事も休むしかない。
話題のタミフルを処方してもらい、帰宅し、苦しみの眠りの中へ再突入。

んで、タミフルだが、いろいろ問題は取りざたされているが、やはりインフルエンザに対するほとんど唯一無二の薬だけに、効き目はすごい気がする。
病院から帰った後、すぐ呑んだのだが、昼過ぎの現時点で熱は37度5分まで下がっている。体もだいぶ楽になった。
それだけ強い薬だということで、未成年には問題があるのだろう。



とにかくゆっくりしときマス。

夢の話

発熱による苦しみの中で、変な夢を立て続けに見た。

体中に痛みと苦しみを感じながら、とてつもなく巨大な「鉄の塊」みたいなものを、ひたすらに作らされる。どうすればこの状態が楽なるかを必死に考えるが、答えは見出せず、延々と作業を続ける。

ふと訪れた部屋に入ると、そこには外国人女性の心理カウンセラーがいて、流れのままにカウンセリングを受ける。いくつかテストみたいなものを受けて、チラシか料金表みたいなものを貰って帰る。一回のカウンセリングにつき一万円くらいかかり、「高い」と思いつつ、その外国人カウンセラーが美人なので、また来ようと思ったり思わなかったり。

何かの会合みたいなところで森喜郎元首相と知り合う。森氏がマクドナルドが好きだというので、二人で大型スーパーの一階にあるマクドナルドへ行っておごって貰う。その後屋台のようなところで並んで酒を飲む。

土手沿いを歩いていると、川原に一人の女性を見つける。近くまで行って横目で見てみると、酒井若菜だった。嬉しくて、声をかけようかと思うが、なかなか話しかけられない。そのうち人が集まってきて、他の人たちは写真を撮って貰ったりしているのだが、結局何もできずに終わる。

夢を見ている時間は眠りが浅いという。だからかどうかは知らないが、体調が悪い時はよく夢を見る。

四月の憂い

JUDY AND MARYの少し古めの曲と、「四月物語」という岩井俊二の映画を、この季節に聞いたり、観たりすると、涙腺がゆるむ。
東京で一人暮らしを始めた頃を思い出すからだ。
あの何もかもが分からなかった頃を思い出すと、苦しいような懐かしいような変な気持ちになる。
もう少し何かが出来たのではないかという悔やみも、少し生じる。
でも、たぶん。あの頃の自分には、あれが精一杯で、それ以上もそれ以下もなかったのだと思う。

それは、今この瞬間についても同じことで、自分がどういう状態であろうと、成していることがベストなのだと思う。
そう思って一日一日を生きていかなければやっていけない。

工場見学


会社の事務所は、某大企業の工場の敷地内のオフィスビルの中にある。
ふらっと道を外れると、すぐに鉄々しい(そんな言葉はないが)工場があらわれる。
何を作っているのかよく分からないが、工場を眺めるのは少し楽しい。
至るところから至るところへ張り巡らされたパイプの多さに笑ってしまう。
本当にあのすべてのパイプが必要なのだろうか?
実は何も通っていない無駄なパイプは1本もないのだろうか?
それにしても、よくもまあこんな複雑なものをつくるものだ。

などと、どうでもいいことを考える。
早くも今週も水曜をまわった。ひたすら瞬く時間経過に目が回りそうだ。

夕日に泣く、泣く

なんだか久しぶりにまともな休日な気がする天気が良い土曜日、映画を観に行った。
巷で話題の的となって久しい「東京タワー」を観た。

泣いた。泣きじゃくってしまった。
泣きすぎて観終わってしばらく頭が痛かった。
心の揺さぶりは、本当に何気ない普通な部分にいつもあるのだと思う。
→「スバラシネマ」

泣きつかれたが、テンションは上がったので、夜は飲みに出た。
変わるものと、変わらないものは、共存する。
友達が結婚を決めたそうだ。
泣けるぜ。

今年で26歳なんぞになる。オトナもいいところだが、もっと泣いてもいいと思う。
辛ければ泣けばいい。嬉しければ泣けばいい。しんどければ泣けばいい。感動すれば泣けばいい。
そういうことを、抑える必要なんて実は微塵もないと思う。

泣かないことが「大人」なのなら、そんなものべつにならなくていい。


「夕泣き1」



「夕泣き2」

数字嫌い

世の中は、「数字」とそれによる「データ」に溢れている。
もともと数字というものが得意ではない。5個以上数字が並ぶと、すんなり読み取れなかったりする。
にも関わらず、仕事上、コトあるごとに数字とデータに追われ、いよいよ嫌になってくる。

まあそういうストレスフルな日常は置いておいて、先週末我が家にデータにまつわる“有名”な調査用紙が届いた。
「テレビ視聴状況調査」とある。そう「視聴率」の調査用紙だ。
視聴率、視聴率とよく聞くが、一体何処の誰を対象に調べているのか謎だった。もしかしてそんな調査端からしていないんじゃないのか?という疑いさえあった。

それがついに我が家に。にわかに浮き足立ったが、意外とこれが“面倒くさい”。
十分間隔で各局ごとに区切られたマス目にテレビを見た時間分、家族ごとに記していかなければならない。一週間分…。

視聴率調査のイメージとしては、各家庭のテレビに専用の機器を付けて、視聴している番組状況を自動的に送信とかするのだと思っていたのだが、意外にアナログな調査方法に、一日目にして、早くも挫折気味である。

だからデータ調査なんて嫌いさ。まあ何事も経験、無いよりはあるほうがいい。
次は、「世論調査」を受けてみたい。と、思う。

悲弾

アメリカの大学では、また銃乱射事件が起こった。
長崎では、市長が銃撃された。

嫌な事件が続く。

報道番組の資料映像で、アメリカの見本市で父親に連れられた幼い子供が銃を構えている様子が流れた。

おぞましいほどの愚かしさを感じた。

春眠


ああ、なんて寒いんだ。
もはや春も過ぎ去ろうというのに。

春らしくない寒々しい海を前に、冷たい風に吹かれて、何を思う。

どこまでいけるか。どこかにいけているのか。

眠気が止まらない。

海の近くの野良猫

とりあえず、また一週間が終わった。(明日も仕事をしなければならないが……)



仕事をしつつ、サボりつつ、海の近くのパイプだらけの工場の近くの道を歩いていると……猫が死んでいた……。



嫌なものを見たなぁ、と伏目がちに通り過ぎた。
が、ふと気配を感じて、振り返ると……、

生きていた。



むっさ睨まれた。

戻ってくると、また寝ていた。

くもりぞら

曇り空。
モノトーンで見ると、少し世界は違って見える。かもしれない。


「看板の上」


「赤信号」


「離陸」


「18:10」


「ゲートボール場」



お昼にラーメン屋に行った。
父娘の親子連れが入ってきた。父親はテーブル席に誘導しようとしたが、娘はカウンターが良いと言い、二人はカウンター席に座った。
次に、母親と男児の親子連れが入ってきた。彼らはテーブル席に座ったが、4人用のテーブル席で向かい合わずに、横に並んで座っていた。

こどもは意外とカウンター席を好む。僕にも覚えがある。
カウンターに座ることで、ほんの少し大人びた感覚を味わいたいのかもしれない。
でも、ほんとうの理由は、親と隣に並んで食事がしたいのだ。

ひとりとんこつラーメンをすすりながら、そういうことに気付いた。

そろそろ

昨夜は。
少し昔のことが頭をめぐって、少し眠れなかった。

困難であろうと、なんであろうと、過ぎ終わる。
なんのことはない。終わらないものはない。

今週、いろいろなことが一段落したら、酒を飲みたい。

いつものことだが、眠い。

やりたいことと、やれることと、やったことは、いつも微妙に違う。

そうやって、今夜もイロイロ忘れて眠る。

文字で綴るほど、実は雄弁な方ではない。
基本的にめんどくさがりやなので、自分の心情や状況をいちいち口にするほど“マメ”ではない。という部分はある。

そういうことが影響しているのかどうかは分からないが、基本的に他人から「あまり物事を深く考えない」ヤツだと思われがちだ。
実際、そう思われている方が楽な場合はある。
が、実のところ、人一倍繊細で、傷つきやすく、一つの物事に対していちいち深く考えてしまうというのが、「自分」というニンゲンなわけで。
他人の印象とのギャップに苦しむことも、少なくはない。

でもね。
なんだかんだ言っても、僕は気楽に生きていると思う。
“辛い”ことや“しんどい”ことは、積極的に避けようとするし、自分の労力は必要最低限に抑えようとする。
どう生きたって、苦労はいろいろとあるわけだから、そういうものを出来る限り縮小しようとすることは、決して間違いではないと思う。
まあ、それが間違いだろうがなんだろうが、まともにそれらを受けていては「自分」という人間は決して“もたない”ということは、ジブンが一番良く知っている。

咎められようが、非難されようが、自分が「出来る範囲」で生きる術しか、僕は知らないのですヨ。

因果

理不尽さを感じる。

サボりつくして、200の成績を得る。

働きつくして、大病を患う。

前者の自分が言うのも何だが、嫌気がさす。

なんだか、やるせない。

手が荒れる

“GW”とかいうやつ突入…らしい。
が、例によって昼からぐだぐだと休日出勤。職場からひとりごとを綴ってみたり。

GWといえば、いつまでたっても思い出すのは、高卒直後のそれ。
東京暮らしを始めて1ヶ月。完全なホームシック状態の18歳は、地元に帰れる初めての連休をどんなに待ちわびたことか。
それは、各地に散らばった高校の友人らもまったく同じだったらしく、揃いも揃ってたった数日間の連休のために高額な交通費を払って帰郷してきた。
当然のように集まって、酒を飲んだ。

あれから……えーと……6、…7年?
なんだそりゃ。と、思う。

あれ以来、GWに関しては、あまりこれといった思い出はないような、あるような。

デジタルの弊害。

散々。
入れた文章が、消えた。

そこには、価値もなければ、意味も無い。

それがすべて。

ただ、ひたすら。

悔い、憂う。

習慣

もはや何十回目かも分からないほどに、通例化している強烈な頭痛を感じながら目覚めた。(二日酔い…)

昨夜は久しぶりに、近所の焼き鳥屋で飲んだ。
休日出勤の後だったので、気も晴れて楽しかった。
焼き鳥屋の店長が左遷されていたのは少しショックだったが。(未確認)

それにしても、今目覚めて驚いたことが二つ。

頭痛を抑えるためにクスリを飲もうとフラフラと台所に向かい、そういえば昨夜帰宅してから何か食べたことに気付いた。
いつもの“うどん”も無く、ラーメンも無く、はたして何を食べたっけ?と痛みの走る脳を無理やり回転させる。
冷蔵庫の中の食パンを見つけ、ハッと思い出した。
食パンを焼いて、夕食の残り物らしいトンカツの惣菜を挟み、ケチャップが無かったので、ソースをかけた不恰好な“カツサンド”を作った。
そして、結局食べきれずに残した…。
足早に部屋に戻り机の上を見ると、案の定食べかけのカツサンドらしいものが無様に食い散らかされていた。

もう一つ。
すなわち、机に向かってカツサンドを食べたということで、それならばパソコンを立ち上げないわけがない。
じゃあ“ひとりごと”も書いたっけ?いや、そんな記憶はまったくない。
さすがにそれはないなと思いつつ、この“ひとりごと”を開けると……、
書いていた。(4/29 1:57)
しかも内容から察するに、一度調子よく長文を書いて、投稿の時にミスって消してしまったらしい。
なんとなくそういうことがあったような気がする。当然、消えてしまった文章の内容はまったく覚えていない。

“カツサンド”にしても“ひとりごと”のことにしても、驚くのは“そのモノ”を見るまでまったく覚えていないということだ。
たぶん、酔っ払って帰った後、別に腹が減っているわけでもないのに何かを食べて、ボヤっとした状態でひとりごとを綴ることは、体に染みつくように習慣づけられているのだろう。

そうやってほとんど無意識の状態で動いて、たぶん何の区切りもなく突然睡眠に入って、何かしら夢を見るものだから、目覚めた直後はもう何が現実で何が夢なのか認識ができずに混乱する。

他人からすればどうでもいい話だろうが、自分としては、結構笑える。

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