2006年08月

  1. 2006/08/02 空白の7月
  2. 2006/08/03 ボクシングが茶番と化した日
  3. 2006/08/03 侵食
  4. 2006/08/04 new wave
  5. 2006/08/05 孝行
  6. 2006/08/06 くるーり
  7. 2006/08/06 ジサクジエン
  8. 2006/08/07 豪速球の代償
  9. 2006/08/08 海原
  10. 2006/08/09 初陣
  11. 2006/08/10 盛夏
  12. 2006/08/11 需要
  13. 2006/08/12 S・キング
  14. 2006/08/14 カンジ
  15. 2006/08/15 旅路
  16. 2006/08/17 夏会~行ってくれ、僕らの為に行ってくれ~
  17. 2006/08/20 夏終
  18. 2006/08/21 熱闘
  19. 2006/08/21 続・熱闘
  20. 2006/08/22 飛行場
  21. 2006/08/23 旋律
  22. 2006/08/24 プルート
  23. 2006/08/25 カレー
  24. 2006/08/25 続・プルート
  25. 2006/08/27 逃した本題は…
  26. 2006/08/27 名前
  27. 2006/08/29 無意味
  28. 2006/08/30 あめんせつ
  29. 2006/08/30 願望の候補地
  30. 2006/08/31 メール

空白の7月

8月になってしまった。
月日の経過の早さは留まることを知らず、もはや笑うっきゃない。

んで。ちょっと気づいて愕然としたことがある。
なんと。6月27日に観た「DEATH NOTE」以来一ヶ月余り、新しい映画をまったく観ていなかったーーー。
7月は丸々映画を観ていないわけで。こんなことは、この5、6年まったく無かったことだ。

まあ「最近観てないな」という自覚は当然あった。観たい映画が無かったわけではない。新旧問わず観たい映画というものは常にある。
が、なんとなく「映画を観よう」という気分になれない日々が続いたのは確かだ。

「映画を観る」という行為には、ある程度の集中力が要る。
僕の場合、鑑賞の途中で止めて後で観る~とか、途中で寝てしまう~なんてことは極力(というか絶対)避けたいので、確実にその映画を観るための集中力と時間を確保しなければならない。
さらに、その映画に対する「期待」が自分の中で高まるほど、精神的にも体調的にも“万全”の状態で観たくなるので、気分が乗らなければ必然的に先延ばしになってしまう。そして「観たい!」というピークが過ぎると、更に先延ばしになるのだ。

というわけで、今日は「映画の日」。ほぼ一ヶ月ぶりに映画を観に行くことにした。
当然ながら観たい映画が溜まっているので、ひさしぶりに「3本立て」に臨んだ。
選んだのは日本映画だらけのこの3本↓↓↓

「日本沈没」
「ゲド戦記」
「ハチミツとクローバー」

大パニック&二世アニメ&青春ロマンス、バラエティーに富んだこれらの映画レビューは、こちらも一ヶ月ぶりの「スバラシネマ」→http://yaplog.jp/awoi-sekai/で!!

追伸:今回から「スバラシネマ」は評価点に関わらず全ての鑑賞作についてレビューしていくことにしたらしい。たぶん。

ボクシングが茶番と化した日

その強烈なキャラクター性で、ボクシング界のみならず様々な方面へ影響をみせるボクサー亀田興毅。
その存在はもはや“一大ムーヴメント”と化し、今夜の世界戦でひとつのピークを迎える…………ハズだった。

が、どうやら“ムーヴメント”は今夜を境に一気に急降下していくこととなりそうだ。

端的に言えば、今夜の試合は「八百長試合」であった。

1R序盤、ダウンを喫したのは亀田だった。相手は何と言ってもチャンピオンである。当然強い。
その後も、老獪で巧みなチャンピオンペースでラウンドは重ねられていった。
亀田もなんとか反撃を試みるべく奮闘していたが、チャンピオンの巧い“かわし”の前に決定打を放つことができない。
1RからファイナルRまで、ほぼチャンピオンが用意したゲームプランで終始したと言っていい。
試合終了のゴングが鳴り、“一応の”判定に入る。

そして、勝利者コール……。珍しく12R丸ごとをテレビ観戦していた僕と両親の3人は、呆気にとられた。
書いてそのままに、「ハッ…?」という感じだった。
「新チャンピオン、浪速の闘拳・亀田興毅!!!」というアナウンスには、もはや失笑してしまった。
茶番劇そのままに、号泣にむせぶ亀田ファミリー。
「あーあ、やってしまったね……」と、思った。もうそれは、亀田とその家族に対してなどにではなく、ボクシング協会とボクシングそのものに対してそう思った。

少し話を戻すと……。
亀田興毅というボクサーに対しては、その圧倒的な人気と共に“批判”も激しい。その理由は容易に理解できるところではある。
が、僕は、それほど批判しよういう気にはなれなかった。なんだかんだ言っても、結果を残す「強さ」を保つ彼のスタイルは、ボクサーとしてむしろ好感が持てた。(まあ彼の父親の言動に関しては、辟易する部分はあるが…)

今夜の試合にしても、いつものような“強さ”を見ることは最後までなかったが、なんとか勝とうとする彼の姿に対しては素直に応援したくなった。そして終了のゴングが鳴った後も、「“じきに”たどり着くであろう王座に向けて頑張れ」と心から思った。
たぶん、試合を見ていた多くの人が、そう思ったハズである。

しかし、それらはあっけなく消し去られた。
「怒り」すらもあっという間に通り過ぎ、残ったものは、稀に見るほどの“虚しさ”“愚かしさ”だった。

どこからどう見ても、チャンピオンの防衛ゲームである。解説の元世界王者も言っていたのだが、「亀田はよく12RまでKOされずに堪えた」という試合である。
たとえ互角の戦いで判定に入ったとしても「チャンピオンの防衛勝ち」となる、それがボクシングの世界戦である。

本当にとんでもないことをしてしまったものだ。
こうなると、この試合に絶対的な「圧力」と「策略」があったことは明らかであり、それは一個人がどうこうできるレベルではない。つまりはボクシング協会自体の“思惑”があったとしか思えない。

リング場では、いつもの高圧的な態度とは一転して、亀田興毅とその家族が号泣していた。「どんじゃもんじゃーい!」といういつものフレーズが響く。
が、そこには、なんだか人間としての弱々しさみたいなものが溢れているように見えた。
この試合に彼らの「意思」が及んでいるのかいないのかは分からないが、もはや彼らも、これから醜いレールの上を虚栄と共に走らされる「被害者」にすぎないかもしれない。
どちらにしても、この「勝利」の上で無様に虚栄と浅はかな親子愛を続けることしか出来なかった亀田興毅というボクサーには、もう放ち続けるための魅力はないと思う。

とにかく呆れ果てる
最悪のシナリオを最悪の形で繰り広げた罪は相当に重い。
ボクシング界は自らの手で、ボクシングというもののスポーツとしての価値を、見事に握りつぶし、その存在自体を茶番へとおとしめた。

とどのつまり、非常に不愉快なものを見たという話。

侵食

引き続き、昨夜の「茶番劇」について。

認識不足だったが、昨夜の亀田対戦相手は正確にはライトフライ級のチャンピオンではなかったらしい。この階級はチャンピオン不在で、亀田の世界戦のために急遽ランキング1位に位置付けられた引退間際のボクサーだということ(もちろん実績と実力は確かだが)。
つまりは、そのプロセスすべてが「計画」のもとにあったということだ。

加えて、これまで亀田の試合を主だって放映し続けてきた某キー局は、昨日の世界戦の前から今年の大晦日に「ライトフライ級王者亀田興毅“防衛戦”」の中継を決定していたらしい。

とことん笑わせてくれるものだ。
そういえば「ガチ○コ」なんて番組もあったね……。

昨夜の試合についての抗議と批判が日本列島を渦巻く中、ちらほらと「ボクシングというものはああいうものだ」という声も聞こえてくる。
大金が動く「興行」なのだから、ある程度の「操作」は仕方がないと。

なるほどね。それならそれでいいだろう。
昨夜の試合に関わらず、端からボクシングなんて、「終わっている」というただそれだけのことだ。
もちろん、そういう意識でボクシングをやっているのはほんの一部分の人間たちだけなのかもしれない。ただ、それが“トップ”である以上、ボクシングがそういうものだという認識は揺るがない。
チープな虚栄の上で、チープなチャンピオンが“勝ち続ける”。ただそれだけのスポーツ、いや“ショー”だということだ。


それにしても、最近、スポーツに対するメディアのもはや「暴挙的」とも言える介入が目に余る。
先のワールドカップでも、日本の広告代理店が、日本戦の深夜放送を回避するために、試合開始時間を早めにするように操作したという事実があったらしい。

こういうことに対する「怒り」は、どこにぶつければいいのだろう。

スポーツが盛り上がることは素晴らしいことだ。イベントとしての規模が大きくなるほどに、大金が動くということも仕方がないと思う。
ただそれを、スポーツの本質自体にぶつけていいわけがない。
オリンピックでもワールドカップでも某国のサッカーリーグでも、そういう話が絶えない。

この愚かな侵食がこのまま進んだとしたら、スポーツそのものが「茶番」となってしまう。
そういう危惧を覚える。

new wave

注!まるで“アニメオタク”のような話をします。

もうさすがに大人なので、テレビ放映のアニメなんてほとんど見ないのだが(映画は観るけど)。

日曜日の国民的定番、「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」は、週のリズムとしてなんとなく見ている。どちらも大人になった今の方が“笑える”ような気がする。

そして、最近時間が合えば再び見るようになったのが……
「ドラえもん」である。

僕は生まれながらの“ドラえもんファン”なので、昨年声優が変わった時にはさすがに「もう見ないな~」と思ったりもした。まあそれ以前からアニメの方は見ていなかったんだけども。
声優交代に反対だったわけではなくて。これからは「新しい世代」のための「ドラえもん」が始まるんだな~などと勝手に感じ入ったりしたりして。

が……、新しく生まれ変わったアニメ「ドラえもん」。これはアニメとしてとてもクオリティが高い。
そして、何よりも素晴らしいのは、アニメ全体のノリが藤子・F・不二雄の原作のノリに実に忠実だということ。
キャラクターの言動、表情がとても“漫画っぽい”。
これは、“ドラえもんファン”と言っても絶対的な「漫画派」である僕にとってとても嬉しい趣向である。
賛否両論の新声優陣も聞きなれればこれはこれでなかなか良い。と、思うのだ。

まあ毎週なんて観ないけど、“新しい世代”のために良い「ドラえもん」が出来たな~などと感じ入ったりするわけ。



話は変わるが。
さっきこのブログの今日のアクセス数を見て少々驚いた。
閲覧数「453」
普段は2ケタ代でくすぶっていて、とってもローカル感満載なのに、一気に3ケタ400越え。gooブログ(606805ブログ中)867位!ちなみにいまだかつてランキングすら表示されていなかった。

ま、要因は明らか。おそらくは「亀田効果」である。
あの「茶番劇」に対する世論が巨大に渦巻き、こんなローカルなところまで波及したということだろう。

それはそれでスゴイな。と、思うのですが…。

孝行

タイガー・ウッズが制した全英オープンに引き続き、今週は女子の全英オープンが始まっている。
宮里藍&横峯さくらの日本女子ゴルフ界を代表するスターの二人の揃い踏みが話題になっている(国内5年連続賞金女王の不動も出てるのだが…)。僕はどちらかというと“さくらちゃん派”であるというのは余談として(ゴルファーとしてスゴイのは断然宮里藍だが)。

横峯さくらといえば、父親の良郎氏がキャディーに付いたり付かなかったりというのが一つの話題性である。横峯にとって初のメジャー大会となる今回は、良郎氏がキャディーについている。
横峯にとってももちろんそうだが、父・良郎氏にとってもこの全英オープンは昔からの「あこがれの舞台」だったそう。

で、思った。
父親にとってこれほどの孝行娘はいないだろう。
自分が教えてきたゴルフで娘が日本を代表するようなプロ選手になって、世界の大舞台である大会へ出場する。しかもその娘の最大の補佐役であるキャディーを自分が務められるという。
父親にとって、こんなに嬉しい事はないと思う。
たとえ、試合に惨敗して、親子喧嘩になろうとも、父親の幸福が揺るぐことはないだろう。

先日の「亀田親子」にしても、そういう部分での感情は同じだと思う。
どんなプロセスを踏もうとも、自分が父親としての信念のもとあらゆるものを犠牲にして育ててきた息子が、世界チャンピオンになる。
たとえまわりから何と言われようとも、父親にとっては絶対的に「誇れる息子」だろう。

もちろん、一般人には分からない問題も山積していると思う。(特に亀田親子はこれからが大変)
「親がしゃしゃり出てくるな」などという声もしばしば聞こえる。
が、親である以上それだけで“しゃしゃり出てくる”資格はあるのだと思う。

横峯さくらのキャディーという誇り。亀田興毅のトレーナーという誇り。そして父親であるという誇り。
実情がどうであれ、自分の親にそういうとてつもなく大きい「誇り」を与えられることは、なんだかとても羨ましい

くるーり

土曜日。
就職希望先に履歴書を送るために街の郵便局へ。
Benly移動、夏が暑い。

ついでに手軽に履ける靴が欲しくて街の靴屋を物色する。
一通り見た後CDショップへ行くと、「くるり」のベストアルバムが出ていて、よせばいいのに迷ったうえで“衝動買い”。
結果、靴は買えなくなった。

こういう風にお金の用途に迷った時、多くの場合、僕は服や靴よりもCDや本や映画代を優先する傾向がある。
最終的に「それを買わずして何が“俺”だ」という考えに至る。
そうやって予定外の細かい出費は重なり、先立つものはとっくに先立たなくなる。


pm6:00くらいから猛烈に眠くなって、起きるともうpm9:00を回っていた。

今日は家族の人はみんな出かけていたので、ひとり遅い夕飯を食べる。

pm11:00を回った頃、Sからのメールに気付いた。
「カラオケに来ないか?」という誘いのメール。
昼間出費もあり、もう絶対的な金欠状態なので迷ったが、その前の「飲み」の誘いは断った負い目もあったので、行くことにした。

Benlyを駆って街まで→

酒も飲まずに(ウーロンハイを1杯だけ飲んだが)、熱の唱。
Sの批判を無視して、物憂げな歌を熱の唱。
最近、カラオケにはよく行っている気がする。で、一人世界にハイって熱唱している。
なんだかそういう気分になる場合が多い。
夏だからか?

帰路、なんかすでに夜の空気が冷たかった。

そういえば、今夏はまだ海へ(泳ぎに)行っていない。

ジサクジエン

風のうわさによると……

世界初会員制パン屋「shiraishi bake」のホームページがまたまたリニューアルされたらしい。
未確認の情報によると、どうやら5年ぶりに新規会員登録を受け付けるらしい。
サイト内の“隠しリンク”から「会員認証テスト」のページへ行けるという噂も確認。

どれも噂の範疇を越えず疑わしい限りだが……。

「SHIRAISHI BAKE OFFICIAL SITE "shiraishi bake@"」http://www15.ocn.ne.jp/~tkbake/index.html

豪速球の代償

日曜日。蒸し暑い夏の夜。
地元球場“坊ちゃんスタジアム”へプロ野球観戦(阪神×広島)へ行ってきたりして。
ここのところ毎年阪神戦を観ている気がする。
阪神ファンではないが、阪神戦の盛り上がりというものはやはり凄まじく、「野球」自体が面白くなる。

今の阪神戦といえば、一番の「目玉」はやはり「藤川球児」だと思う。
いまや“豪速球”という「球種」を扱う投手として、球界№1の座を不動のものとした感もある藤川球児。その「ストレート」はもはや、日本スポーツ界きっての“見もの”だろう。
それを、スポーツフリークとしてはこの目で見たかった。

試合展開は、序盤広島に2点先制されるも、すぐに阪神が4点取り返すという乱打戦。中盤にも両チームが点を取り合って、5-4、阪神1点リードのまま8回裏に入った。

このままいけば最終回抑えの藤川が登板するのは間違いなかった。
藤川の登板を僕と同じく楽しみにしていた父親も、それを確信していた。
そんな父親に対して冗談交じりでこう言った。
「まあこの回(8回裏)で、阪神が4点も5点も取らなければね(笑)」

するとあれよあれよと言う間に、一死満塁、そして迎えるバッターは4番“アニキ”金本!
さらに僕は冗談交じりでこう言った。
「まあ金本が満塁ホームランを見せてくれるんなら、藤川を見れなくても仕方ないな~」

!!!!!!!!!
アニキ特有の弾丸ライナーが、松山の夜空を切り裂いた。
4番金本満塁ホームランΣ(゚□゚(゚□゚*)--!!

さすがだよ、阪神。「冗談」を冗談で終わらせないチーム。
いまやプロ野球界“ダントツ”№1の人気チームであることも、改めて理解できる。
と、9割方“狂喜乱舞”に沸くスタンドを見回してそう思った。

プロ野球史上屈指とも言われる「豪速球」は見れなくて残念だったが、充分に“良いモノ”を見せて貰った。満足デス。

海原

午後。気がつくと、双海の海に浮いていた。

暑さのままにBenlyを駆ること数十分。
月曜なのに海水浴客に沸く双海に着いた。
そしてなんとなく海にプカリと浮いてみた。
夏は真っ盛りだった。

ひと泳ぎした後、テトラポットの先に歩いていって、海のうねりを見る。
その曲線の微妙なライン、
その色合いの奥深さ、
その動きの絶妙な滑らかさ、
どれをどう真似ても、結局人間などには再現できない。と、思った。

そういう自然の凄まじさの前に、呆然となる。

初陣

オシムJAPANその初陣は、2-0で「勝利」した。

うん、素直に「良かった」と言っていいと思う。
遠征中のクラブや海外チームに在籍する選手らの選出はなかったし、そもそもオシム監督就任から数週間の“代表チーム”であるわけだから、どういう結果だからどうだということは何も言えない。
しかし、それでもW杯の「敗戦」から立ち上がるための「初戦」での「勝利」は、素直に嬉しい。

個人的には、前代表チームにおいてあらゆる面で「不遇」を強いられてきた三都主アレサンドロ(アレックス)が、本来彼が絶対的に得意とする攻撃的ポジションに配置され、そして活躍(2得点)したことが嬉しい。
何故だかサポーターからの批判も多いアレックスだが、彼がプロサッカー選手という立場において「日本代表」で在り続けている以上、その在り方は圧倒的に正しい。
これからも(4年先まで)、日本の左サイドを走り続けてほしいものだ。

まあとにもかくにも、オシムJAPANは始まったばかりなわけで。
今日のメンバーで(監督も含めて)4年間やっていくわけでも当然ない。半分残るか残らないかというところだと思う(いやもっとか?)。
一戦、一戦を積み重ねていくしかない。
結果、必ずしも「幸福」な結末が用意されているわけではないが、「変貌」すべきその一戦、一戦を見ていけること、それは「幸福」だと思う。

盛夏

台風一過、暑い。
「台風一過」と言ったって例によってココはほとんど影響もなく、ただ、暑い日が続く。

暑くて暑くて、部屋にいる時も、車に乗る時も、当然ながらクーラーをつけずにはいられない。
が、実はクーラーの“冷やし”に弱かったりする。
クーラーが効いてきてしばらくは快適だが、自分の体にそれまでの“熱”がなくなると、急激に「寒くなる」。
仕方なく、クーラーの温度を上げたり、切ったりするが、するとまたすぐに「暑くなる」。その繰り返し。
必然的に体の調子もおかしくなる。

寝る時も、そうやって温度を上げたり下げたり、切ったり点けたりしているうちに、眠ってしまい、「寒さ」の中で目覚めるハメになる…。電気代ももったいない…。

あー暑い。あー寒い。

髪を切る今日も変わらず盛る夏。

需要

「暑い!」
とか言っているうちに、夏はどんどん過ぎてゆく~。

当然ながらお金が無くて、いやほんと無くて、なんとかして“錬金”しようと画策する日々。
買わなくなった漫画をチョイスして売りに行くと、飲み代一回分くらいにはなった。

先日の「最愛のデジカメ水死事故」からこっち益々ローテンションなのだが、いろいろ情報を紐解いていくと、どうも「水没デジカメ」にも“需要”があるらしい。

水没したデジカメは、もう小売店やメーカーに修理に出しても、どうしようもないか購入価格以上の修理代を取られることは確実らしく、諦めていたのだけれども。

ネットオークション等で「水没品」として出品すれば、幾らかではあるが“値”がつく可能性があるらしい。
さっそく某ネットオークション“ヤ○オク”を覗いてみると……ある、ある。
けっこうな数で「水没品」が並んでいた。入札価格はピン・キリだが、状態が良くて(水没品として)新しい品には、1万円に近い値もついている。

一抹の希望……。

というわけで、只今「How to ヤフオク」勉強中~。

S・キング

引き続き夏真っ盛り。
というかもう「お盆」なわけで。もはや「晩夏」にさしかかる。
「初夏」の解放的な雰囲気も好きだが、「晩夏」のなにがなんだか“憂う”感じもかなり好きだったりする。

んで。話はまったく変わるが。
つ、ついに、「痩せてきた」ような気がする。というか痩せた(断言)。

先日、いつもはプールなのだが、夏休みもピークというわけで行きつけのプール(アクパレ)にも子供ドモが毎日群がっているので、若干煩わしくなってきて、数ヶ月ぶりにトレーニングルームに行くことにした。
2時間ほど筋トレした後、こちらも久しぶりに体重&体脂肪率を計ってみることにした。

恐る恐る体脂肪率計に乗ってみると……、
体重は60㎏半ばでほぼベスト体重、体脂肪率はだいたい3%ダウンで以前の「肥満領域」から脱却していた。

まあ夏だしね。これでさらに太ってたらどうなの?ということなのだが、正直嬉しい。
まだまだ体のあちこちに「脂肪」っぽいものは残っているので、全然“スリム”ってことではないのだけれど。
そもそも、全体的に皮膚が柔らかいというか、筋肉がつきにくい脂肪体質なので、ついた脂肪を減らすのは大変なのだ。

そういえば、最近チラホラと「太った」ではなく「痩せた?」と言われているような気もしないではないこともないような気がする。

とにかく、良かった良かった。

が、これからお盆を通して、夏を彩る“飲み”&“BBQ”が続々控える。
「元の木阿弥」にならなければいいが……(恐々)。

カンジ

「お盆」というものが始まったようで。早速ウチも墓参りに行って来た。
暑かった、今日も。そして、眠い。

ここのところ「金欠」であまり飲んでいなかったのだが、久しぶりにチラっと飲んだ。

じつは……友人の結婚式の幹事的なものをやることになったりして。あー大変だ。
メインの統括は某友人Sに任せて、自分は“その他の雑用”をやる係に流れたはいいものの、当日までにやらなければならないことが「山積み」になってしまった。
チラッとかじったPCデザイン技術をいいことに、案内地図・夫婦カレンダー(景品)・お食事券(景品)……その他モロモロを一手に引き受けるハメに…。
イヤイヤ安請け合いする己が悪いんデス。
プロ志望デス。これも勉強デスノート(リューク)。

とにもかくにも、あと半月余りの間にすべて仕上げなければならない。
その間に、リアルな求職活動も控えているし、身銭もなんとか稼がなければならない。
実際は余裕なんてナイ。

でもね。実のところ。
「焦り」はほとんどなくて、ものすごく気分は充実している。

「表現の場」を求め続ける者にとって、誰かに必要にされるということほど幸福なことはない。
もちろん、そんな大袈裟なことではないのだけれど。
それでも、誰かの「大切な一日」の一端に関われるということは、非常に有意義だ。

「自分がやるべきこと」を見出せるということ。
今、この“自分”が本当に欲するのは、そういうことだと思う。

旅路

「行動力」というものは、時に無理を通すわけで。

昨夜の酒がいささか残るお盆初日の午後。
友人Tから「旅の誘い」を受けた。

「これから“高知”に行こう」という。

高校からの友人で高知出身のK察官Oが、先月めでたく入籍したので、お祝いも兼ねて会いに行こうということだった。

そういうわけで、昼の2時から「“下道”オンリー男3人高知への旅」が始まった。
夏の勢いに乗せられるままに……。

調子に乗って出発したはいいものの、何の計画性もないものだから、どの道をどう行くかも定まらない。
とりあえず単純に「高知に行くのなら」という理由で、国道33号線をひたすらに南下していくことにした。(それがマズカッタ)

天気は晴れたり曇ったりと曖昧な感じだったが、山間の渓流に“涼”を、車を吹き抜ける風に“爽”を感じながら、ドライビングは順調に進んだ。
……が、出発から3時間ほど経ち、ようやく高知市にさしかかろうかという頃、ようやくひとつの「問題」に気づいた。

目的地である友人Oの実家「十和村」の所在地を、誰も把握していなかった。

その時点で出発して初めてOに連絡をとると、「十和村」は高知市からさらに3時間要するという…。しかも、その場所はもっと“愛媛より”で、別のルートから行けばすでに到着している頃合らしい……。
つまりは、ものすごくぐるりと遠回りしてしまったのだ。

「まあ、これが旅だよ」とお互いが自分に言い聞かせた。

そうしてさらに高知県の山間部へ突き進むこと3時間。
辺りはすっかり真っ暗で、そのあまりの“闇加減”と疲労感から、「こんなところに村があるのか」と思ったか思わなかったかそんな頃、ようやく今日の目的地・高知県四万十町(旧・十和村)へ到着。
なんとか友人Oの生家へ辿りつく事ができた。出発からゆうに6時間が経っていた。

数年ぶりに会うOに結婚祝いをするだけの予定だったのだけれど、タイミングよくお盆の宴をしていたらしい彼の実家で、夕飯とビールをご馳走になる。非常にアリガタス。
しかも、高知らしく“鰹のたたき”を始めとする大量のご馳走が目の前に並び、有難いことこの上なし☆
Oの嫁さんも交えて小一時間歓談した後、帰路へつくことに。もっと話に華を咲かせたいところだったが、何と言ってもまた長い道のりを経て帰らなければならない。

帰路はさすがに最短のルートを辿ったが、それでもたっぷり3時間はかかった。
疲れと、ひたすらに広がる山道の闇に、時間と距離は益々増大する。
僕ともう一人の同乗者Sはまだいいが、一日中(ほぼ12時間丸々)延々と愛車のランドクルーザーを運転し続けたTの疲労は、いよいよピークを超えていただろう。
ほんとお疲れサンでした。

いやあほんとに疲れたが、何年かぶりにOには会えたし、鰹のたたきは食べられたし、南国高知の興味深い雰囲気は垣間見れたし、で実に有意義な“旅”だったと思う。

ただ唯一にして最大の心残りは、「デジカメ水没」によりこのインテレスティングな一日を、何も「記録」できなかったコト……。
モノより思い出?そんなこと知ってらー(未練)。

ああ眠い。明日は北条BBQ。


夏会~行ってくれ、僕らの為に行ってくれ~

暑い暑いお盆中日。
お馴染みの野郎グループで、恒例の「夏会」を開いた。

なんのことはなく、北条の浜辺でBBQ飲みをやったということなんだけど。

一昨日の「旅路」の疲れが若干残ってはいたが、夏らしく晴れ渡った青空に気分は上々、食料&ビール(大量)を買い込んで海に着いた頃には、テンションは益々上がっていた。

火をおこし、肉を焼き、ビール(第3)を飲み始めれば、もう後はエンドレス。
真夏の太陽が照りつける中、飲み続け、笑い続けて、やっぱり誰よりも酔って大はしゃぎして、日がとっぷり暮れてもそのテンションが下がることなく、ようやくヘトヘトになってきた時には、もう日付が変わっていた。

他のメンバーが、いつものように北条在住の農家Nの倉庫(通称:アジト)に向かう中、僕とSは、浜辺に勢いで張ったテントで酔っ払いの勢いのままに眠ることに。というか、移動したり片付けたりするのがたまらなく面倒なほどにもう疲れて眠かった。
Sは、夜中になっても何かと騒々しい浜辺でなかなかよく眠れなかったらしいが、僕は、そんなこと何も気づかないほどに爆睡だったようだ。

心地よく吹き抜ける朝の海風の中で目覚めた。その海風は、テントの中で感じた以上に「強風」だったらしく、外にさしたままだったパラソルが見事に折れ曲がっていた……。

昨晩の深酒がたたって、今日は一日中見事に「二日酔い」。昨日のテンションが嘘のようにぐったりと死んでいた。
まあそれも含めて「いつものこと」だ。

いつものように、楽しい酒が飲めたという“ハッピー”を胸に刻もう。

今日も昨日と同じように暑かったが、風が強い薄曇の海からは、「夏の終わり」を感じた。
季節は変わり、時間は確実に過ぎ去っていく。
そうしてまた新しい時間に、新たなハッピーを刻もう。

夏終

お盆が終わり、“暑い季節”も終わる。
まだまだ暑いのだが、それでも、少々無理やりな潔さも含めて、「夏」は終わりだと言いたい。
“短さ”それこそが、この季節の価値だからだ。

それにしても、今年のお盆もなんだかんだ言って、よく遊んだと思う。
まあ「お盆=遊ぶ」なんて言ったらバチが当たりそうだが。自分の実家も、先祖の実家もココだし、墓参りにもちゃんと行ったので、許して頂こう。
初日の「高知行き」を皮切りに、酷暑の中での「夏会」、その後連日の飲み(×2)、そして昨日は夕刻から深夜まで麻雀(サンマ)。

普段それほどは遊びまわらない僕だが、さすがにこの時期は“遊び疲れる”。
疲れるまで遊ぶことができるということ、それはそれで良いのだろう。

何にしても、本来あるはずの無いバケーションは終わりだ。
らしくはないが、実は引き締めていきたい。と、思ったりする。

熱闘

今年の甲子園(高校野球選手権)を象徴する言葉といえば、「乱打」だと思う。
それくらいどの試合も、「打ち合い」の攻防が大きな割合を占めていた。

だから、どんなに好投手同士の“決勝戦”であっても、やはり「乱打戦」になるんではないかと踏んでいた。
しかし、ふたを開けてみれば、そこには高校野球史上に残る見事すぎる「投手戦」が展開された。

大会前から一心の注目を受け続けた駒大苫小牧のエース・田中が「世代最強投手」であれば、今大会中めきめきとその実力を見せつけてきた早稲田実業のエース・斉藤は「世代最高投手」だろう。
二人のエースの実力とプライドは極限まで肉薄しせめぎ合った。

そうして試合は、決勝戦としては37年ぶりの延長再試合へ。
1969年の松山商(愛媛)×三沢(青森)以来の夏のドラマ(松商出身の母親がコトあるごとに語りだす)である。

駒大苫小牧が73年ぶりの3連覇という大偉業を果たすのか、早稲田実業が偉大な大先輩・王貞治に捧げる悲願の初優勝を果たすのか。
昨日の大熱闘を見ていると、もう「どちらにも勝たせたい」というのが正直なところであるが、日本の夏を彩る「勝負事」である、素晴らしい「決着」を見せてほしいものだ。


それにしても。高校生はなんであんなに「元気」なんだろう。
夏の日差し以上に、眩しすぎる。と、思ったり。

続・熱闘

37年ぶりの延長再試合を経てその頂点に立ったのは、早稲田実業だった。
88回を数える甲子園(全国高校野球選手権)において、その第一回大会に出場している早稲田実業にとって、「88年待った初優勝」(監督談)である。

昨日の試合も含めて、決勝戦を制した早実の最大の勝因は、何と言っても「エース」だと思う。
そう断言できるほど、早実のエース・斎藤佑樹は“圧倒的”に素晴らしい投手だった。
明らかな「打高投低」、乱打戦の連続だった今大会において、斉藤投手の投球は「素晴らしい」の一言に尽きる。
高校野球においても、複数投手による「継投」が主流である今日にあって、斉藤は、7試合すべてをほぼ完投(マウンドを降りたのは、初戦の一イニングのみ)、延べ69イニングを10失点、そして最後は圧巻の4連投である。
試合終盤になるほどに、のびてくるそのストレートには感動すら覚えた。
野球好きとして、スポーツ好きとして、「斉藤佑樹」という名前は、覚えておくべきだと強く感じた。

一方の駒大苫小牧。このチームもやはり素晴らしく強いチームだと思う。
当人たちには直接的に関係のない諸々の問題によって春のセンバツは出場辞退。
高校球児にとっては、とてつもなく大きな障壁を乗り越えた上で、3連覇という偉業を目指し、それに肉薄したことは間違いなく物凄いことだ。
今日の試合の最終回、「まさか」と思わせる驚異的な底力も見事という言葉に尽きる。

とにもかくにも。
灼熱の太陽の下、「エライもの」を見せつけてくれた球児たちに感謝したい。

飛行場

飛行場の脇を走って、久しぶりに飛行機を少し近くで見た。

飛行機なんてもうしばらく乗ってないなーと思うと、なんだか無性に乗りたくなってきた。
「飛行機大好き!」ってわけではないが、飛行機でどこかへ行くということ、すなわち「旅行」は大好きなわけで。
「現実逃避か?」とも一瞬思いつつ、通り過ぎた。

というわけで、今週会社説明会に行く会社が飛行場の近くなのだ。
「会社説明会」なんてほとんど経験ないので、なんだか“敷居の高さ”を感じてしまう……。
そうやってどうも凝り固まってしまって、“ありきたりな”感じで時間が過ぎて良い結果が得られていないような気もする。
イロイロなことを考えると、僕の場合、「普通」にしていては駄目なんじゃないかと思ったり。
「普通」が通せるんなら、こういう生き方はしていないんじゃないかと思ったり。

ならばどうするのか?ならばどうできるのか?
結局のところ、そういうことについての「自問自答」が続く。

旋律

“弦楽器”の旋律に弱い。

特に弦を弓でこする楽器、バイオリンやヴィオラやチェロやコントラバスなどの低音と高音の交わりに参る。
胸が締めつけられて涙が出る。ひどく感傷的になる。

何もかもが嫌になるようにも思うし、何もかもがどうでもいいようにも思うし、何もかもが希望に溢れているようにも思う。
すなわち、様々な感情が混沌として、何がなんだか分からなくなる。

そういう状態が、嫌いではない。
ある意味で精神がリフレッシュされているようにも思う。
が、それとまったく逆のこととも紙一重で、深く深く沈みこんでしまうような気もする。
すべて含めて、嫌いではない。

高校2年の寒い季節の部活終わりの下校時、日没と闇夜の間の西の空を見た時、初めてそういう感情を覚えた。
耳に流れていたのは、「うたかた。」という曲だった。

果たして、あれから何が変わったというのか。

プルート

先日の甲子園の熱闘から生まれた“ハンカチ王子”こと斉藤投手のこともそうだけれど。

今日は、「冥王星が惑星ではなくなるかもしれない」という話題で世間がにぎわっている。

まあ「話題」とは端からそういうものかもしれないが、少々“違和感”も覚える。

にわかに出た“話題性”に対して、世間はいちいち騒ぎすぎじゃないのか?
過剰なまでの反応ぶりに、いささか嫌悪感すら生まれる。

それまで知ろうともしらなかったことに対して、どうしてそこまで過敏に反応できるのだろう。あまりに節操というものがないのではないか。

ハンカチ王子と同じハンカチに対し高額でもってオークションで競り合ったり。
今まで気にもしていなかった冥王星の曖昧な存在位置に対し、「はっきりしてほしい」と憤りをみせたり。

もっと自分のスタイルに一貫性を持てよと思う。

あ、今しがた冥王星は惑星ではなくなったそうだ……。

カレー

暑い暑い晩夏の昼前。大盛りのカレーを食べた。

午前中は、某Webサイト制作会社の会社説明会に行ってきた。
例によって遅寝と緊張が重なってあまり眠れないかと思ったが、振り返ると2時から8時まで6時間寝ていた。まあ充分だろう。

早々に家を出て、その会社の敷地外の駐車場へたどり着くが、「果たしてここに停めていいものか?」などと思案するうちに刻々と時間は迫り、結局隣接する有料パーキングへ停めた。つくづく小心者である。

会社説明会自体は終始問題なくこなせれたと思う。参加者7人という小規模なものだし、そもそも「説明会」なんだから緊張する必要さえないのだが。
他の参加者の「たいしたことなさそう感」(失礼)も手伝って、ほとんど緊張せずに済んだ。

小一時間ほどで終わって、社屋を出ると、他の参加者たちは悠々と敷地内の駐車場に車を停めていた。
つくづくつくづく自分の「小物」っぷりを感じつつ、パーキング代300円を払った。

300円の見返りはあるだろうか?
と、カレーを食べながら思ったり思わなかったり。

続・プルート

改めて「冥王星」について。

そもそも「惑星」という定義付け自体、地球という小さな星に巣食うちっぽけな生物が、勝手に定めたものにすぎない。
惑星から除外されようがされまいが、そもそも冥王星を惑星という範疇に含めようが含めまいが、当の冥王星にとっては当たり前だが至極どうでもいいことだ。

一生物の認識に関わりなく、冥王星という星はあるべきところにあって、無くなるわけでもなんでもない。

ただ、天文学を専門とする学者たちが、その定義付けについてワールドワイドに湧き上がることは正しい。それは当然のことだ。
かつては「こうだ」と定められていたものを、科学の進歩に伴い「訂正」するという一連の流れは、実に自然だし建設的なことだと思う。

しかし、これまで「冥王星」に対して知識も興味もほとんど無かった者たちが、仰々しく騒ぎ立てるのは如何なものか。
それを指して、「(冥王星が惑星でなくなって)さみしい」だとか「憤りを感じる」だとか、ついには「さよなら冥王星」などという見出しも目につく始末。
甚だ“手前勝手”なものだと思う。

まあ著しく“一時的”なことであっても、これまで関心が無かった物事に対して、「興味を持つ」ということ自体が良いことなのかもしれないが。
ミッキーマウスの愛犬プルートが、冥王星(プルート)の発見を記念して命名されたことも知ることができたし(なんで天文学会の壇上にプルートのぬいぐるみがあるのか気になっていた)。

余談だが。最も影響を受けるであろうと思われていた占星術界的には、「そもそも天文学と占星術とでは“惑星”の捉え方自体が違うので問題ない」という見解で一致しているようだ……。
ふーん。なんだかねえ…。じゃあ占星術的には「惑星」をどう見出し定義付けたというのか……まあそう言うしか仕方がないのだろうが。

ちなみに僕は「蠍座」。守護星は惑星から矮惑星(わいわくせい)に格下げとなった「冥王星」。
と、いうことを今朝知った。

逃した本題は…

薄っすらと蒸し暑い土曜日の午後。

豪雨と雷鳴が響く中、溜まりに溜まった「純情きらり」3週間分をぶっ通しで観てしまった。

ゆうに4時間半。こういうものはタイミングを逃すとどんどん先延ばしになってしまうが、見始めると止まらないモノ。
ついに来月で終わるらしいので、いよいよ佳境という感じ。
途中で観るのを止めるかとも思ったが、なんとか最後まで観れそうだ。どんどん録り溜めておけるHDDレコーダーの存在が大きい。
NHKの朝ドラらしくまさに“ストレート”なストーリー展開だが、何気に脚本が巧く、観る者を引き込む術を心得ている。出演者も揃って芝居が巧い。宮崎あおいはかわいい。


…………う~ん。ジツは何かどうしても記したいことがあって、今日のこのブログを書き始めたのだが、「純情きらり」のことを書いているうちに「本題」を忘れてしまった……。
「純きら」のくだりはあくまで“前フリ”的なもののつもりだったのに…。
あー悔しい…思い出せない……。
あー何だっただろう?ものすごくモヤモヤする…。

そういえば、さっき部屋にヤモリが出た。
ゴキブリみたいに絶対的な畏怖感はないのでパニックになることはないが、やはり虫や小生物はあまり得意ではない。親と二人がかりで何とか部屋の外へ追い出した。
実はヤモリはとてもカワイイ表情をしている。
SF映画に出てくるCGで作られた恐竜の子供のような風貌で、よく見るととても愛らしくも思える。
だから乱暴に追いやって死んでしまうと可哀そうなので、“追い出す”にしても扱いが非常にデリケートになる。虫も食べてくれるらしいし。

まあ限りなく余談である。
結局「本題」は思い出せない。
あーほんと何だったか…。こういうのは本当にヘコむ。

名前

子供的な意味合いでの“夏休み最後の日曜日”。
個人的には、もう夏は過ぎ去ったもののつもりだが、どうやらまだまだ暑い。
午前、北条の友人のところへビデオカメラを借りに行ったのだが、ビーチはまだ海水浴客でにぎわっていた。


そういえば、昨日の「本題」を思い出した。
まあ数分の間に忘れてしまうような事柄なので、大したことではないと思ってはいたが、やはり決して大したことではなかった。

最近、テレビを横耳で聞き流しながらPCに向かっていると……
突然、名前を呼ばれる。
そう某カップ麺のCMである。大友克洋が監督しているアレである。
CMのストーリー性上、少々緊迫感を伴って「○ケル!」と突然呼びかけられるので、毎回ビクッとしてしまう。

昔から自分の名前はわりと珍しい方だと思っていて、根拠の無い「優越感」を勝手に持っていたりしたのだけれど。
最近は、いろいろな場面でしばしば同名の人物やキャラクターの存在を知る機会が増えた気がする。
その人が自分より年上だったりすると、少し残念に感じるような微妙な感情を覚える。
まあ甚だ自分勝手な話だが。

それにしても、CMの彼は、一体どういう環境に生きているんだろう?
まあ別段どうでもいいことだが。


詰まるところ、“逃した本題”はべつに大きくもなんともなかったわけで。

無意味

3人の子供を死に追いやった福岡県の飲酒運転追突事故は、本当にやりきれない思いになる。

事故現場となった福岡市の「海の中道大橋」は僕も通ったことがある。
夏の天気の良い日に通ると、両端を海に囲まれた真っ直ぐな道がとても爽快で解放的なとても良いところである。
事故が起きた時間は夜半なので、その時は視界的な爽快感はなかっただろうが、「カブトムシを捕りにいった」という往路では、とても大きな夏の幸福感を家族全員で感じていたに違いない。
その帰路に起こった無残すぎる出来事。

生き残った両親の立場を想像するだけで、押し潰されそうになる。
ただそれは想像に過ぎず、現実の当人たちの思いは、他人の想像すら許さないだろう。

なぜこういうことが起こるのか。あまりに理不尽過ぎるのではないか。
運命?因果応報?どんな言葉をもってしても、納得がいかない。

最大の怒りは、飲酒運転により事故を起こした男に向けられるべきだろう。
が、しかし、擁護するつもりは毛頭無いが、その男だって「殺人に限りなく近い事故」を根本的な部分で起こしたかったわけでは当然ないだろう。

何が言いたいかというと、そんなたった一人の男のたった一つ「愚行」によって、ほんの数分前まで絶対的な幸福感に包まれていた子供たちが、あっけなく生命を無くしてしまったという“現実”の理不尽さと、それに伴って生まれる行き場の無い大きすぎる怒りと悲しみの“存在理由”について、「理解」することが出来ないのだ。


「人が死ぬ」ということに対して、「理由」やそれによる「納得」を求めること自体、本当は無意味なのかもしれない。
そんなこと考えるほどにキリが無く、ただただ真っ暗な深淵の中へ放り込まれるだけだ。
でも、生きている以上、ふいの出来事に対して、止め処なく考えてしまうこと。それこそ人間の性だろう。
“考えてもしかたがないこと”を、ひたすらに考えられるように人間は作られている。
そうならば、「無意味」と分かっていても、行き場のない「思案」を試みてみることも、それはそれで必要なのだろう。

結果、何かを見つける必要はない。そんな“何か”なんてものは無い。
そもそも「無意味」なことだからだ。
でも、その「無意味」が、人間の特性であるなら、僕は「無意味」なことを「無意味」なままに追い求めてみるのもいいと思う。

他の生物から見れば、いよいよ「ヒマなこと」だろう。
ただ、その「ヒマ」がなければ、この理不尽な世界で僕は人間として生きられない。

あめんせつ

まったく自分が“雨男”だというのは、鬱陶しい。

今にも降りだしそうな中、先週説明会へ赴いた会社の面接へ出かける。
ほどよい緊張感の中でまあ無難にこなせたように思う。
まあ面接が始まって気づいたのだが、どうやら“二次面接”であることは明らかだったので、その時点でだいぶ緊張はほぐれた。
案の定、後日社長による最終面接となった。まあ“あれば”の話だが。

あー眠い。

願望の候補地

僕の人生における“願望”の一つとして、
『オリンピックを観に行きたい』ということがある。

そんなわけで、連日舌戦を繰り広げてきた東京と福岡による“2016年夏季オリンピック国内招致候補争い”を非常に興味深く見てきた。
国際的知名度と様々な利便性に優れる東京か、地方中核都市での開催の意義を謳う福岡か。
個人的な希望としては、やはり単純により“近い”福岡開催が実現すれば凄いとは思っていた。が、福岡では他国の候補地争いに勝てる可能性が物凄く低くなることは事実。より日本開催を願うなら、可能性が高くなるのは圧倒的に東京だろう。

んで。今日たった今、国内候補地が決まった。
「東京」である。

うん、やはりそれがベストだと思う。
オリンピックという世界最大とも言える巨大なイベントを地方都市で開催するには、まだまだあらゆる障壁が多すぎる。海を挟んでほとんど“隣県”での五輪開催の夢が潰えたことは残念だが、仕方ないだろう。

ただ、当然のことだが、これで2016年オリンピックの東京開催が決定したわけではない。今後3年間に渡り、世界各国の有力候補地との招致争いに勝たなければならない。
はっきり言って、望みは非常に薄いと言える。
次回大会2008年が北京であるため、その次々開催とはいえ同じ東アジア圏からは選ばれにくいような気がする。

加えて大国アメリカ(候補地はおそらくロサンゼルス)の招致活動は、相変わらず精力的である。資金源の潤い、集客率の高さなど様々な要素において“計算できる”アメリカは圧倒的に有力である。
大国開催によってオリンピックの性質自体が“巨大化”していくことは、それはそれで問題なのだが。


まあどこで開催されようが、「自分が行ける」ということが最も重要な“課題”なわけで。
2年後の北京五輪は無理だとしても、6年後のロンドン五輪の時には、自分自身に“願望の場所”へ行ける可能性を持ちたいものだ。

メール

これまでPCの方のメールなんて各種ネットサーピスからのお知らせメールが入るくらいで、無頓着なものだったのだけれど。
ここのところの就職活動ですっかり“重要な”メールを送受信する機会が多くなり、メールソフトを開くのもいちいち神経過敏になっている。

今日も起きてメールを開くと、早くも昨日一次面接に行った会社から次回“役員面接”の通知がきていた。昨日の面接から24時間も経っていない、はえーよ。
これまで何通かやりとりをしてきているので、だいぶ慣れてはきたが、そういうかしこまったメールの返信をするのはとても疲れる。
「承知した」という意味合いの短いメールを作成するのに、必要以上に時間がかかってしまう。

んなわけで。週明け月曜日の午前9時から“役員面接”になってしまった。時間はえーよ。
“役員面接”という響きにまたもや敷居の高さを感じてしまい萎縮してしまう。

果たしてどうなるのでしょうか。

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