2006年07月

  1. 2006/07/02 ヘビー・デイズ
  2. 2006/07/03 ベスト4
  3. 2006/07/04 中田英寿引退
  4. 2006/07/07 「1年」なんて、驚き足りないほどに、あっという間。
  5. 2006/07/08 言葉
  6. 2006/07/08 夢の中
  7. 2006/07/09 なんて言わないよ、絶対
  8. 2006/07/10 ファイナル
  9. 2006/07/10 サッカー
  10. 2006/07/12 光陰矢のごとし
  11. 2006/07/14 暑が夏い
  12. 2006/07/14 夏海
  13. 2006/07/15 でも夏は好き
  14. 2006/07/18 海の日3連休(らしい)
  15. 2006/07/18 葛藤
  16. 2006/07/23 ハチクロ
  17. 2006/07/24 タイガー・ウッズ
  18. 2006/07/25 ウサ不晴らし
  19. 2006/07/25 マリオ
  20. 2006/07/26 夜中いやもはや明け方にコンビニへ行く
  21. 2006/07/26 夏とアレ
  22. 2006/07/27 欲求
  23. 2006/07/28 時間割(不眠日)
  24. 2006/07/30 川原で
  25. 2006/07/31 大後悔時代

ヘビー・デイズ

三度。面接は想定通りにはいかない……。

なんだか一転して、「望み薄」な感じになってしまった……。
前回の面接とは違う部長らしき男性による面接だったのだけども、とにかく言うことがキツイ。「入ってくれるな」と言わんばかりの高圧的な対応。
例によってこっちのペースは崩されっぱなし、最悪。
自分自身、いろいろと“ネック”があることは分かっちゃいたんだけど、やはり厳しい部分はあるようだ。

面接は午前中にあったんだけど、今日は一日中凹んだまま過ごしてしまった。「映画の日」だってのに観たい映画を観にもいかず…。

まあもうここで落ち込むわけにもいかない。落ち込む余裕もない。
次々と可能性があるところを、数撃つしかない。

まだまだ好転はしない雰囲気のマイライフ。ヘビーな日々は続く。

ああ、そういえば、今日から7月。夏が始まる日だってのに……。

ベスト4

ロナウジーニョのワールドカップが、終わった。

ブラジル、ベスト8敗退。舞台はワールドカップ、何がどういう結果になってもおかしくはないと言っても、ブラジルがこの位置で姿を消すとは思わなかった。普通に考えれば、多くの国にとって“ベスト8”という成績は充分に賞賛に値する結果だと思うが、ブラジルの場合はそうはいかないだろう。特に、ロナウジーニョ率いる今回の場合は。

『ヨーロッパ年間最優秀選手賞“バロンドール”をW杯開催の前年に受賞した選手を輩出した国は、そのワールドカップで優勝できない』
という的中率100%のジンクスがある。
そう2005年の受賞者は、ロナウジーニョである。ただ今回ばかりは、その絶対的なジンクスすらも効力を持たないだろうというのが、大方の予想だった。
が、結果として、やはり「バロンドールの呪い」には勝てなかった。

「ワールドカップには魔物がいる」とは度々言われることであるが、今回それを誰よりも痛感しているのは、ロナウジーニョだろう。
ああ怖い。


まあそういうわけで、ドイツワールドカップはヨーロッパ勢揃いのベスト4で最終順位を決定付けることとなった。
勢いに乗る“開催国”ドイツ。
伝統的な守備力と近年稀にみる“攻撃力”を誇るイタリア。
初優勝と監督(前回大会ブラジル代表監督)のW杯二大会連続全勝という“大快挙”を狙うポルトガル。
生ける伝説ジダンの最も幸福な“有終の美”を望むフランス。
ブラジルが去った今、本当にどこが優勝してもおかしくない。と言うか、もうどうなるかなんて“分からない”というのが素直なところだ。

さあどうなるか。いよいよ大詰めである。楽シス。

中田英寿引退

キムタクのスペシャルドラマを見ていると、“臨時ニュース”の表示が。
“こういうDVD保存しようと思って録画している番組の時に限って、臨時ニュースが入るんだよな~~”などと若干のウザさを感じたか感じなかったか、次の瞬間どうでもよくなった。

『中田英寿、現役引退表明』

驚いた。
まあね、そういう節が全く無かったわけではないし、この唐突さがまさに「中田らしい」と言えばまったくその通りなのだけれど、やはり驚いた。
彼曰く「最後のワールドカップ」が終わり、これで「日本代表は引退」というのは周知の事実ではあった。多くのスター選手たちがそうであるように、ワールドカップ後を引退の節目とするのは珍しくはない。
が、29歳。やはりまだ“早い”というのは率直な印象だ。

でもね。少し時間を置いて冷静に考えると、これは至極自然なことのようにも思う。
中田英寿を筆頭とする“黄金世代”を中軸として迎えた2006ワールドカップ。そして、「惨敗」という結果。
これは、多くのサポーターにとって、日本サッカー界にとって、そして誰よりも日本代表である“彼ら”にとって、とても大きなショックだったと思う。それは、決して誰のせいと言うわけではなく、ワールドカップという「勝負事」においてあまりに自然なことではあるのだけれど、それでもその“大きさ”は確実にあったと思う。
だからと言って、そのショックを受けて、中田英寿は引退するというわけではないだろう。
しかし、この結果で、彼は自分たちの世代の一つの区切りを見つけたのだと思う。
「限界」ではなく、つけるべき「区切り」だ。
そして、それはずうっとこの世代を率いてきた中田英寿というサッカー選手の区切りと直結するということを、誰よりも彼本人が感じ取ったのだと思う。

日本サッカーはこの十数年で、他のどの国にも勝る大躍進を遂げてきた。これは確実だ。しかし、今ワールドカップの結果で、その大躍進に一つの「滞り」が見えたことも確かだ。
日本サッカーは新たな未来に向けて、また一つの「変革」を求められている。

彼自身はそんなこと全否定するだろうが、「中田英寿引退」は、それに対する大きな“意思表示”のように思える。
そして、自らの引退をもって、それほど大きなメッセージ性を含められるのは、日本サッカー界には中田英寿をおいて他にいない。

日本が世界と勝負するチャンス、そして結果を残せるという事実を、自らのプレーによって開き掴み取った選手によって、日本はまた新たなステージへ向かう。

「1年」なんて、驚き足りないほどに、あっという間。


エー、非常に、曖昧デスガ、このブログ「ひとりごとの記憶」というやつも、“一周年”ぐらいというヤツなわけで。というわけで。

うーん。イロイロあったような、ないようなね。正直、何とも言いがたく、「微妙」という言葉を禁じえない。
でもね。実際のところ、イロイロあったわけデスヨ。何もないようで、イロイロと。人間生きていれば、生きているだけで、個人が思いもよらぬ様々なことが否応ナシにあるわけで。
そういうことを、わずかでも表現できたなら、本望だということは、大袈裟でもなんでもなく本心だと思う。

この文章(大概にして駄文)を、“わずか”であっても、読んでくれている人間がいる。と、いうことだけで、実際のところ、「価値」はある。
それは、確かなことだ。
「確かなこと」なんて、実際そうそうあることではない。それは本当に。
だからこそ。
それは、僕が“人間”として生きる上で、とても重要なことだと思う。

『寄生獣』という漫画で、寄生生物“ミギー”が言う。
「道で出あって 知り合いになった生き物が  ふと見ると死んでいた
 そんな時 なんで悲しくなるんだろう 
 そりゃ人間がそれだけヒマな動物だからさ
 だがな それこそが人間の 最大の取り柄なんだ
 心に余裕(ヒマ)がある生物 なんとすばらしい!!

詰まるところ、そんな仰々しいことではない。何の変哲もない一人の人間の営みだ。
でも、それでも、そこに「価値」が全くないなんてことは、僕自身でさえ言えない。何にどう価値があるかないかなんて、とても判断できない。
それくらい、不器用なほどに、複雑だし、だからこそ、「価値」は生まれる。


……フン。なんつってね。
ホロ酔い以上泥酔未満の状態で、そんなことを思ったりしたわけで。
「99のオールナイトニッポン」を耳端で聞きながら、有耶無耶のまま綴った文章かもしれない。
そんなことは。誰にも分からない。

「ただ。」
今日。今年初めての花火をして、その後飲んで、それが「楽しかった」
そのことを、今この時に記せたなら、それだけで、確かな価値はある。
そう。思わなくは、無い。


なんつって。“それ”すらも「意識」による戯言かもしれない。
実際。キリは無い。ほんと、それこそ永遠に。

言葉

「自由」
という言葉をつくったのは、福沢諭吉だそうで。
つまりは、明治時代以前には、「自由」という言葉自体が無かったということ。(時代劇で「自由」という言葉が出たなら、それは間違いということになる)
日本というのは、そういう国だったわけで。

英語には、「お疲れ様」を直訳する言葉が無い。
人が疲れるまで働いたことをねぎらうという風習自体が無いらしい。逆に「失礼」なことだそうだ。
同じような場合に用いる言葉としては、「Good job」が適当だそうで。

どっちが良いとか悪いとかではないと思う。
ただ、言葉は、「言語の違い」ということ以上に、その国の“しくみ”を表すものだと思う。

国と国との「対話」の難しさが、見えてくる。たぶん、理屈ではフォローしきれない隔たりがあるのだと思う。
でも、諦めてはならない。もういかなる場合でも、世界は「対話」を唯一の「手段」としなければならない。

“どこぞ”よりミサイルが飛んで来る今日この頃、尚更そう思う。

夢の中

夢を見て、泣いた。
たぶん、声が出るくらい泣いていたと思う。

悲しかった。

でも、もっと悲しいのは、時間が経つと泣いた理由を忘れてしまうことだ。夢の悲しさはそういうところにある。

今はまだその内容が薄っすらと脳裏に残るが、じきに消えてしまうだろう。
そのことが、尚更に悲しい。

悲しいことでも、嬉しいことでも、夢に「感情」がこもるほど、目覚めた時には切なさばかりが残る。

なんて言わないよ、絶対

もうね。この1、2ヶ月で一体何回目なんだ?と思うほど、度々行っている近所の焼き鳥屋でいつもの友人らと飲み、その後、少し久しぶりにカラオケに行った。俗にいう“3カラ”というやつだ。

正直、昨夜の夢のこともあり、あまり乗り気ではなかった。こういう場合、自分は「センチメンタル」に走るのは目に見えている。
たとえ、酔っていても(いや、それならば尚更に)僕という人間は、深みに入り込む。

なんとか、過剰なノリで乗り切ろうともしたが、他の二人がORANGE RANGEの「花」を歌い始めて、少々参った。
べつに、ORANGE RANGEなんて好きではない。むしろ、あからさまに“若者ノリ”な彼らには辟易しているほどだ。
でも、それでも、心情に迫る曲というものは、そういうことに関係なく存在する。

なんだかね。実際しょうがなく思う。
これで、なければ、もう、「無い」と考える。

「男」という種類は、“浮気心”と引き換えに、“未練”を抱える。
「女」という種類は、“一途”と引き換えに、終わった時の“潔さ”を持つ。
それが、バランス。
どちらが良い悪いではなく、それが人間の生物としての「摂理」なのだろう。

そして今日も。
「もう恋なんてしない」という歌を唄う。

我ながら。笑ってしまう。本当に。
そんなこと考えず、素直にワールドカップの3位決定戦を見るべきだ。
そんなだから、ドイツの2得点を見逃す……。

ファイナル

ドイツワールドカップもついにファイナルを迎える。

「伝説」ジネディーヌ・ジダンが、その肩書にふさわし過ぎる「結末」を成し遂げるのか?
結局今大会ナンバー1の総合力をもって「最強」のサッカーを見せつけてきたイタリアが、その“偉業”を退けるのか?

個人的には、もうここまでくれば、あまりに出来すぎた“伝説”を見てみたいという思いが強くなってきた。イタリアは好きだがね。
おそらく多くのサッカーファンの思いは、似たようなものだろう。

もうとにかく、1時間半後のキック・オフを待つしかない。

サッカー

欧州最優秀選手賞、FIFA最優秀選手賞(3回)、98ワールドカップ優勝、2002チャンピオンズリーグ優勝……誰も疑う余地がなく紛れもない「世界最高サッカー選手」の現役引退試合が、“ワールドカップのファイナル”であるということ、もうそれだけで確固たる「伝説」である。
そして、先制点となるPKを決め、ハイレベルのせめぎ合いを経て延長戦、PK戦目前……もはやチームが勝とうが負けようが、このワールドカップは「彼」のものになることはほぼ間違いなかった。

しかし、「サッカー」という現実は、如何なる時も“予定調和”を許さなかった。
延長戦後半5分。このタイミングで、「ジネディーヌ・ジダン」が暴力行為による“一発退場”となるなど誰が予想しただろう。

サッカーは何が起こるか分からない。
そのことを“ファンタジー”という要素で圧倒的に見せつけてきた選手によって、また別の要素において見せつけられるとは。それこそまさに「何が起こるか分からない」ということ。

もちろんそれは大いなる「失望」ではあったけど、これがサッカーである以上、それすらも仕方がない。


そして「イタリア優勝」。この結果自体は、全日程通してハイレベルなサッカーが繰り広げられてきた今大会に至極ふさわしいものだと思う。
そう言えるほど、今回のイタリアには隙の無い「強さ」があった。伝統的で圧倒的、そして絶対的な「守備力」。更に今回のイタリアにはそれに劣らない魅力的な「攻撃力」が備わっていた。総合的に見て最も完成されたチームであったと思う。
この「偉業」を胸に、国内リーグの「大問題」を乗り越えてほしいものだ。


まあとにかく、長かったドイツワールドカップは終わった。
強豪国勢が順当に勝ち抜き、レベル通りの質の高いサッカーを展開し、それぞれの試合にドラマをもたらした近年稀に見るとても素晴らしいワールドカップだった。
開催国のドイツが下馬評を蹴散らして3位という好成績を残したことも、盛り上がりに拍車をかけたと思う。
我らが日本代表の奮闘が、もう相当前のことのように感じてしまうのは寂しい限りだが、それも世界サッカーの頂が、ある意味「幸福」なほどに高いということの現われだろう。

希望、切望、願望、失望……あらゆる「望」を凌駕してサッカーは続く。

光陰矢のごとし

とあるフリーソフトウェアで知ったことなんだけど。

2006年7月12日、今日という日は、僕の「生誕9000日目」らしい☆
うーん、なんとなくスゴイ。と、思う。

ただそれと同時に、何と言うか「儚さ」みたいなものも感じる。

これまでの自分の人生を振り返ってみる。物心ついた幼少時代から現在に至るまで、すべてを思い返すことなど到底不可能で、それこそ“無限”のような時間を経てきたように思う。
でも実際は「9000日」という無限でもなんでもなく、ある種容易に数えられる日数であり時間なのだ。
まあ当たり前のことだけれど、結局はそんなものと言うか、別に悲観的なわけではなくて、「あっけなさ」を感じる。

そしてそれは、これから先も同じことなわけで。いや、子供時代と違い、時間に対する意識を理性的に捉えられる分、もっと時の経過があっさりと感じられるようになるだろう。
これは、どんなに有意義な生き方をしようがしまいが同じことだ。子供の中の時間と、大人のそれは、全く別物なのだ。

ほんとうに、大人になるなんてつまらないものだ。

でも、だからこそ、大人はもっと生きるということを楽しむために努力しなければならない。子供の時間は放っておいても「無限」だが、大人の時間には「限界」がある。何もしなければ、何もしないまま終わるだけだ。

殊更に、夏の月日は矢のごとし。

暑が夏い

ふぅ~~(。´-д-)。o○いよいよ暑い!
夏はもうすでに「本番」である。

解放的な雰囲気の中、あちらこちらからハッピーな話題も聞こえる。

が、反面、自身の状況は相も変わらず芳しくない。
「気楽」なことが「気重」である。

窓外に照りつける日差しは眩しいのに、なかなか光明はささない。

飲みの誘いを振り切って、就職活動用の作品づくり(ホームページ)に励む日々。

クーラーの効いた部屋に居すぎてノドが痛い。

「SHIRAISHI BAKE OFFICIAL SITE」リニューアル→http://www15.ocn.ne.jp/~tkbake/index.html
一応就活用なんで、“クオリティ”増だけど“笑い”減。

夏海


というわけで。例によって海へ→
暑い!夏い!もう余裕で泳げるコレは。

でもね。やっぱ夏は良い。独特の光と空気で景色が違って見える。
やっつけで撮った写真にも自然と雰囲気が生まれる。

「暑い、暑い」と言いながら、一人波打ち際で写真を撮り続ける。
「被写体が欲しい」なんて思わないよ。

とは言ってもやっぱり「暑い!」ので、アクパレに泳ぎに行くと……「大会準備のため使用不可∑( ̄皿 ̄;;」

「暑い、暑い」と言いながら、そのまま家に帰った。



「SHIRAISHI BAKE OFFICIAL SITE」リニューアル→http://www15.ocn.ne.jp/~tkbake/index.html
一応就活用なんで、“クオリティ”増だけど“笑い”減。

でも夏は好き

すっかり猛暑気味。
連日エアコンの効いた部屋に居続けているせいか、少々カラダの調子がおかしい。
“風邪”とまではいかないが、鼻がグシュグシュし、ノドがイガイガし、上半身の節々が痛い。(つーかこれはカゼか…?)

でも部屋を出ると瞬間暑いので、家に居るときはエアコンをつけずにはいられない。

まあもはやそういうのも、夏の風物詩だと思う。

海の日3連休(らしい)

15~17日。海の日3連休。

初日(15日)。
某九州地方で働く友人が帰ってきたので会う。
特にすることもないので、海へクルマを走らせる。
ビーチサイドにクルマを停め、「現役漫画家№1は誰か?」という話題で延々喋り続ける。
そして、毎度おなじみメンツで土曜夜市で混み合う街へ飲みに出かける。
某(安価)居酒屋で飲み始めて→出店が引き始めた商店街をフラフラ出歩いて→疲れたので軽い飲み屋に入って→カラオケ行って“夏くくり”で熱唱して→また最初の居酒屋に出戻って……帰路につくころには夜が明けていた。
僕は最後の最後まで相当酔っ払っていた(らしい)。


二日目(16日)。
昼過ぎには起きるつもりが、目が覚めるともうPM4時近くで、驚く。
「とりあえず」ということで、昨夜のメンツ-1で近くの海までクルマを走らせる。
なんとなく急に思いつき、「海でBBQをしよう!」ということになった。
が、それからセッティングして海まで出かけていくのはイロイロと大変なので、結局ウチの庭でやることに。
そうと決まればウチの家は“BBQフリーク”なので準備はすぐに整う。
父親に「ちょっと庭でBBQしたいけん炭だけ出しといて~」と告げて買出しに出かけると、戻ってきた時には、テーブル&イスセット・七輪(火起こし済み)・照明etc…すべて用意されていた。実は予想はしていた(謝謝)。
蒸し暑くて、かなりまったりムードではあったけど、ソツなくガーデンBBQを楽しめた☆
「二日酔いが…」と言いながら、やっぱり酔っ払う。





三日目(17日)。
雨が降ったり降らなかったりでムシムシした天気の中、坊ちゃんスタジアム(通称:ボチャスタ)へ高校野球を見に行く。母校応援というわけで。
ゲーム前の公式練習の様子でなんとなく予想はたったけど、母校圧勝の5回コールド勝ち!
試合中は雨も降らず願ったり叶ったり☆
「やっぱ海の日なので」ってことで、昨日も行った海へクルマを走らせ、ただ通り過ぎて帰った。



今回のキーワードは、「ムーヴメント」。

葛藤

実は。

「自分は特別だ」と思うことができれば、楽に生きられる。

ただ。

「自分は特別じゃない」と思っても、楽に生きられる。

でも。

その「楽」と「楽」は全く同じのようで、全然違うと思う。

どっちが良いかは分からない。

けど、その見極めは、大切だと思う。

ハチクロ

周知の通り漫画が好きである。
何もかもというわけにはいかないが、あらかたの漫画はソツなく読んでいると思う。
したがって少女漫画というものも積極的に読む。妹がいて、母親も漫画好きなので、少女漫画を読むことも買うことも少しも抵抗はない。
まあ、あまりに色恋に突き進む話はさすがに読んでいられないケド、良い漫画はスゴク良い。

最近のハマリどころと言えばやはり「ハチミツとクローバー」。そう“ハチクロ”。
登場キャラクターの全員がそれぞれに片想いという設定も弱いが、加えて美大における「創造」に対する葛藤を抱える様が、殊更にせつなさとして胸に迫る。
先日最新刊が出て、一人飲食店(某マ○ク)で遅い昼食をとりながら読んでいたら、涙が溢れてきてマイッてしまった。

「自分は何のために生きていくのか」

実のところもうそんなの、幼稚で甘酸っぱいだけの感情なのかもしれない。

何にもならないかもしれないし、それが足枷になるだけかもしれない。
でも、僕はそういうものをいつまでも抱えて生きていきたい。
ハチミツとクローバー (10) (クイーンズコミックス―コーラス)ハチミツとクローバー (10) (クイーンズコミックス―コーラス)
(2006/09/08)
羽海野 チカ

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タイガー・ウッズ

数年前までとんと興味もなかったのだが。
「ゴルフ」というスポーツは観ていてとても面白い。

特にメジャートーナメントと言われる世界のトップ・オブ・トップでのこのスポーツの繊細さとシビアさには、他のスポーツには無い静的で圧倒的な迫力がある。

昨日まで開催されていた全英オープンは、王者タイガー・ウッズが世界№1プレイヤーらしいプレーで他を圧倒して優勝した。
タイガー・ウッズといえば、先月の全米オープンでは実父を亡くした精神的ショックから、メジャー初の予選落ちを喫したばかりである。それからわずか一ヶ月余り、その精神的ダメージを払拭し、見事亡き父に捧げる優勝を飾ったのである。
これは、こうやって容易に言葉にできるほど簡単なことではない。
全英オープンが開催されるコース(毎年開催コースは変わるが)は、例に漏れず、強い海風、深堀のバンカー、粗く高く茂るラフとブッシュに悩ませられる超難コース揃いである。
そこで「勝利」するには、高い技術力以上に、絶対的な精神力の強さが不可欠であり、一寸の迷いも許されない。
「父親を亡くした」という精神状況の中で打ち勝つには、あまりに障壁の高い場所なのだ。
そういう場で、ほぼ独走状態で世界のトップに立つということは、本当に凄くて、素晴らしいことだと思う。

今年の全英オープンは、タイガー・ウッズという30歳のゴルファーが、これからも長きに渡って世界のトップ・オブ・トップに君臨し続けるということを、強く明確に示した大会だったと思う。

ウサ不晴らし

全国的に悲壮感が漂うほどに分かりきったことであるが、

「梅雨が長い」

気がつくと、7月はもう終わろうとしている。
何ということだ。夏はもう半分が終わりかけているということ。
梅雨がどんなに長引いても、9月は夏ではないわけで。
必然的に「夏」は短くなる。ただでさえ短いのに。

先週の週末はウサ晴らしも兼ねて、また原付で広島まで行ってやろうかと画策していたのに、連日の雨模様で断念するシマツ。

梅雨の長引きと共に、どうにもやりきれない日々。

マリオ

昨夜は、ぐだぐだとパソコン作業をやっていて結局徹夜になってしまった。
んで結局、薄ぼんやりと(いやほとんど寝ていたかも)日中を過ごしてしまった。

ふと見やると、久しぶりの青空。じっとりと暑くなってきた。
やっとこさ梅雨も明けるようだ。

全然カンケーないが、「ニンテンドーDS」が欲しい。
と言っても、お金もそんなものをやる暇も身分でもナイので買いはしないが……。
マリオがやりたい。と、思う今日この頃。

夜中いやもはや明け方にコンビニへ行く

ああ眠れない。
もう完全な夜型。これはもうどうにもならないかもしれない。

眠れず、小腹も空いてきたので、散歩がてら(といっても自転車)近所のコンビニに行くことにした。

コンビニは、今年できたばかりのファミリーマート。
無印良品の「バナナバーム」と「ミニラーメン」を買って、バナナバームを食べながら帰った。

実はこの2つは少し思い出深い商品だったりする。

東京で暮らし始めた頃、近所にあったコンビニがファミリーマートで、当時ファミマは愛媛には無かったので、物珍しげによく利用していた。
その時に“おやつ”として買うものの定番がこの二品と\105のティラミスだった。

初めての一人暮らし。「倹約」の仕方もままならず闇雲に生活する中で、この100円そこそこのおやつが小さな楽しみだったような気がする。
あの頃のもの寂しい感じや、新しい環境に対する不慣れな感じが思い出されてきて、なんだか懐かしい。

コンビニエンスストアなんて、現代の消費社会の象徴のような存在だけれど、それでも、そういうものにだって思い出やそれによる感情は生まれるものだ。

当時は、苦しくて寂しくて、「なんとか抜け出したい」と思うばかりだったけど、最近特にあの頃の暮らしが感慨深い。

いつもいつも思うが、人生はそういうことの繰り返しだ。

この眠れない日々も、いずれそういう感情と共に思い返されるのだろう。

夏とアレ

目を覚ますと……、
夏になっていた。
ようやくの梅雨明け。一転して暑い熱いアツイ。

ところで。
夏の唯一にして最悪に嫌なコト。それは、虫が出るコト。これに尽きる。
昨夜も急に背中に痛みを覚え、見てみると何やら虫に刺された痕が……。どうやらダニか小さなクモによるものっぽい。

が、それくらいのものは実際どうでもいい。
最大最悪の害敵はやはり……ゴ○▲×である。もはや口に出すのもおぞましい。
先日も妹の部屋にアレが出て、大騒ぎだったようだ。
幸い自分の部屋には今のところ出てなくて、今年は実際に見てもいないが、アレに対する危惧は最高潮である。

そもそも夏はアレが出やすい季節であることに加えて、我が家は居間にクーラーがないので、昼食等の軽食は必然的に各部屋で食べることが多くなる。その際の食べこぼしや臭い等が尚更にアレを呼び込む原因となるのだ。
部屋に食べ物を持ち込まなければ一番良いのだろうが、茹だるような夏の暑さなかなかそうもいかない。

いよいよ夏本番。奴らの気配に対する感覚も殊更に鋭敏になる。

欲求

日々眠れない夜を過ごし、「欲求」について思う。

眠たいときに眠るということは、欲求が満たされ幸福なことだ。
が、眠たくない時に眠ろうとすることは、とても辛くてしんどい。
同じように、満腹な時に食べるということは辛いし、性欲がナイ時にそれを掻き立てようとすることはとても虚しい。
欲している時には、何を置いてもその欲望を果たしたいと思うのに、そうでない時は、それぞれ欲望を満たす行為に対して嫌悪感すら生まれる。

つまり欲求とはそういうものなわけで。当たり前だが、「欲し求めようとする」時にしかそれは存在しない。
それはものすごく、紙一重で脆い。
そして、そういうもので、人間という生物は形作られている。
同様に、紙一重で脆い。

できることなら、「欲求」は「欲求」のままに消化したい。
ただ、なかなかそういうわけにもいかない。

時間割(不眠日)

昨夜(から今朝)は、今週2度目の徹夜だった。
こうやって「夜通し起きている」ということを幾日か経てくると、「眠たくなる時間」と「意識が冴えてくる時間」が分かってくる。
簡単に整理するとこういう感じ↓

00:00~03:00……眠れるハズもない。むしろどんどん覚醒していく(☆Д☆)一日を通してこの時間が一番絶好調かもしれない。
03:00~05:00……一応寝ようとする。4時前後に眠くなる場合が多い。が、その時間を過ぎるとほぼアウト。
05:00~07:00……夜明けと共に意識が冴えてくる。いわゆるナチュラル・ハイ状態(≧∀≦*)☆彡一旦「寝る」ということを諦める。
07:00~09:00……ほとんど「普通に寝て気持ち良く起きた」という錯覚状態になる。わりと気分よく朝食を食べたり、ニュースを見たりする。
09:00~11:00……だんだんと体がダルくなってくる。ここで動き出せるかどうかが一日を左右する。
11:00~13:00……いよいよ眠気が襲い始める。体も頭も働かなくなる。食欲も麻痺。
13:00~16:00……明確にやるべきことがあればそれをすることによって紛れるが、多くの場合ぐだぐだと強力な睡魔と格闘し続ける。
16:00~18:00……突如として眠気が覚めてくる。体のダルさも取れてきて動きやすくなり、夕飯の時間にはすっかり目が覚める。
18:00~20:00……通常の日と変わらない状態。疲れとダルさが体の奥の方で落ち着いた感じ。
20:00~22:00……予定通りなら、この時間帯に一気に眠くなり就寝となり得る。が、なんだかんだで乗り切ってしまうと……。
22:00~25:00……もう眠いのか眠くないのか分からなくなってくる。いつものように時間が過ぎていく。
25:00~ ……さすがに大体の確率で眠りに就く。とはいってもすんなりと眠れるわけではなく、“しかたなく”眠れるという感じ。まあコレで眠れなければいよいよビョーキだ。

というわけで、今日は少々ヤバい状況だ。
眠れるような気もするし、ドツボにはまるような気もする。
……ウダウダ言う前に、さっさと寝よう。

川原で


晴れーの

韓国映画の少々チープなオープニングを横目で見て、ぶっかけカレーうどんを食べながら……。


近所に住むメンバーで、BBQをした、重信川上流の川原で(倒置法)。

実のところ。
余裕もお金も無いのだけれど、「バーベキューをする」と言われると動かずにはいられない。どうやらこれは血脈か(パン屋の)。フッ。

近年専ら(←“もっぱら”)海でBBQをすることはあっても、川でそれをすることは全くなく、むしろ“拒否感”すら生じていた。

が、しかし。

川原でのBBQも、それはそれですこぶる良い(☆Д☆)

爽やかな山風、清らな清流、酷暑の中清涼を求めるなら、やはり“山”かもしれない。ま、「暑い」ことは変わりなく、ひたすらに暑いのだけれど。

清涼な清流行きーの

清流の清涼に安らぎなら、肉を焼き、鳥を焼き、貝を焼き、魚を焼き……ひとり帰路の運転の心配もなく酒量はすすむ……。

飲み食い始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか。「酔い」はピークに達した。
自覚無くほろ酔い(いや“泥酔”)状態の中、清流で戯れる次の瞬間…………、
“スッ転げていた”
ただそれだけなら笑い話で済む、が、ポケットには「使用頻度“高”」のデジカメがあった……。

あっけなく(いや当然)デジカメは故障。
かろうじてその日撮ったSDメモリのデータは無事(発明者にはもっと報酬を与えるべき!)……。
「保証で何とかなる」と言い聞かせ、カラ元気を振舞うが、実際気が気でない……。その結果、悪酔い(スマソ)。

あーあ。カップル3組の中(内二組近日結婚予定)でひとりフリー(スーパー)な僕が、ソコにいたイミって何だったんだろう………………な、なんてヒクツなことは決して思わないケド、相当に凹むことこの上ナシ。

帰って、保証書を確かめると→「次の場合は保証の対象となりません。:不適切な使用(落下、衝撃、冠水、電池漏液等)によって生じた故障~」
……チーン。
まあ“ゴリ”を押すしかないのだけれども……。

アッハッハーだ。だからこそ、「笑い話」か……。

あー笑えない説。


スイカ割りなんてしーの……
あ、aちゃんゴメンね。写真使って。まあ一応目伏せしとるし……(必然)


あーでもね。
何よりも、ショックなのは……今年初めて、いやほとんど一年ぶりくらいにコンタクトレンズ&サングラスで馳せ参じたのに、誰一人としてそれに触れなかった説……。

大後悔時代

昨夜は酔っていたので感情がマヒしていたが、一夜明けるとデジカメを水没させてしまったことの「後悔」が益々募ってきた……。

某量販店の保証で何とかなるんじゃないかなんて思っていたケド、甘い…。「水没」や「落下」による故障は、明らかに「不適切な使用」とみなされ、絶対に保証の対象にはならないらしい。しかも「水没」は絶対に“証拠”が残っているので、“ゴリ”を押す隙すらないようだ。というか、液晶の中にハッキリと水アトが残っているんだから、そんなの誰がどう見ても「水没」したのは明らかなわけで。
でもって、有償修理の場合、購入金額以上の修理費を請求されることもほとんど間違いないらしい…。
デジカメの故障に関する“口コミ掲示板”から得た9割方を占める答えは……「買い替え」であった。ゴーン。

まったくもって「あーあ」である。
またもや「酔い」によることが尚更にイタイ。マジで。

ま、しかしね。
上記の掲示板を見ても分かるが、モノを落としただとか、壊したなどという失敗談は山のようにあるわけで。何かを自分が保持している以上は、絶対に「有り得るコト」なのだ。
ほとんど「逃避」に近いかもしれないが、そうなってしまったことは仕方がないわけで。「モノはいつか壊れる」という使い古された言い回しを、自分自身に言い聞かせるしかない。

壊れたデジカメは、新たに買い換えればそれで済む。が、昨日得た思い出は、壊れないし無くならない。
そういうことの方がよっぽど大切であることは明確。デジカメと一緒にSDカードのメモリまで壊れていなくて本当に良かった。

これから夏本番だけど、デジカメなんてなくてへっちゃらさ……。

なんちゃって。そんなわけない。

一昨年のクリスマス・イヴに自らのプレゼントとして購入してから一年半。
海へ行き、山へ行き、飲み会へ行き、あー愛知万博へ行き、大阪へ行き、京都へ行き、広島へも行きましたよ。
何処へ行くにも持ち歩いたものですよ。行く先々で写真を撮ることがもはや一番の趣味でもあったのですよ。
ダークブルーのデザインが好きでした。電池切れの心配が全くないタフな充電地性能が魅力的でした。
同シリーズの後継機は続々と発売されているので機能的にはそれらを買えば問題ないのでしょうが、同じデザイン(特にこのカラータイプ)はもう無いのです。
そもそも買うお金も無いのです。

はぁ…。さよなら、さよなら、さようならの大後悔時代(涙)。


ご臨終…


最期の写真(山のバス停のクモの巣)

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