2006年01月

  1. --/--/-- スポンサーサイト
  2. 2006/01/03 新しい年の自意識
  3. 2006/01/05 昨年のNo.1映画
  4. 2006/01/05 なんとなく寒空
  5. 2006/01/06 年末年始のツケ=風邪
  6. 2006/01/08 LIVE!LIVE!LIVE!
  7. 2006/01/09 お笑いブームは最高潮
  8. 2006/01/11 伸びろ伸びろ。
  9. 2006/01/11 ドラえもん⑪「テストにアンキパン」
  10. 2006/01/11 泳ぐ効果
  11. 2006/01/15 年が明けて二週間という話。
  12. 2006/01/16 駄文
  13. 2006/01/20 初疑問
  14. 2006/01/23 「酔い」にすらまかせきれないわけで。
  15. 2006/01/25 ヒゲンカイ
  16. 2006/01/26 深夜の住人
  17. 2006/01/26 恐怖社会
  18. 2006/01/28 夕方の小学生
  19. 2006/01/28 試着嫌い
  20. 2006/01/29 「落日」
  21. 2006/01/30 意味もなく不安定

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新しい年の自意識

2006年という年が始まって、はや3日。

どうもあけましておめでとうございます。

と、気後れする挨拶をしつつ、反面、自らの気を引き締めていこうと思う。

昨年は、ほんとに良いことがなさすぎて、結果的に笑ってしまうほどだった。

が、今年は正直、悪すぎて笑ってしまうなんてことは出来ないような気がする。

なにがどうなるかは分からないけど、良い事も悪い事も、様々な決断や結果が、これからの自分の人生に直結していくもののような気がするのだ。

性格上、気負うつもりは無いのだけれど、リアルに“勝負の年”という意味合いが強くなるように思う。

果たして、どういう一年になるのか。

もはや、見通しが悪いことが当たり前になってしまっているような、この先行きの靄(もや)は、晴れるのだろうか。それとも、さらに濃く広がり続けるのだろうか。

願わくば、幸運を。

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昨年のNo.1映画


正月三が日も終わり、いよいよ2006年スタートをしなければならないかな~などと思ったこの日(4日)。

見事に「スバラシネマAWARDS☆2005」のNo.1に輝いた「エターナル・サンシャイン」(去年の誕生日にDVD購入済)を観た。

やはり、この映画、モノスゴク、イイ

素晴らしすぎる。

人が人を愛するってことは、なんて滑稽で、奇妙で、残酷なのだろう。

そして、だからこそ、なんてこんなにも美しいのだろう。

こうやって文章で書くと、なんだかとても気恥ずかしいが、そういうことをダイレクトに観る者の、心と脳に感じさせる映画は、なかなか無い。


自らの、消したくない記憶の輝きを感じて、涙が溢れた。

なんとなく寒空

正月の温かさが嘘のように、昨日から一転してクソ寒い。

外に出るのも億劫だったが、2日の新年会の時に街に乗っていったまま置きっ放しだった自転車を取りに出かけた。

正月セールやなにやらで、商店街はまだまだ賑わっていた。

ヴィレッジ・ヴァンガードで、なんとなくCDを衝動買いした。

せっかくセールをやっているので、服でも買おうかと思ったが、なんとなく気分が乗らなくてやめた。
最近、ひとりだと買い物をする気も失せる。

途中病院へ寄って、なんとなく寒空の中を自転車でフラフラと帰った。

ただ、なんとなく、心寒い。

年末年始のツケ=風邪

どうやら風邪をひいたみたいだ。

昨夜の就寝時から、体がだるくて、喉がイガイガする。今日の段階では、熱はまだないのだけれど、症状は明らかに風邪。

まあある程度仕方がないのだ。
年末年始は、飲み会の連続で、体を酷使した上に、まともな体勢で寝ていない(ほとんど雑魚寝)ことがほとんどだったわけで、そりゃあ風邪もひく。今まで体調を崩さなかったことが、不思議なくらいだ。

ここにきて、急激に気温が下がっていることも影響しているのだろう。

とにかく、いろいろな意味で「始動」の時期なわけで、早く万全な態勢に戻さなければ。

週末は大人しくしていよう。

LIVE!LIVE!LIVE!

年末に大掃除をせずに年を越してしまい、正月明けにもかかわらず、MyRoomは散らかり放題、埃だらけだった。
なので、いいかげんに「大」まではいかないけど掃除をすることにした。

去年の夏に絨毯を取っ払って、フローリングオンリーにしてからというもの埃が溜まりまくる。一体どこからこの埃はやってくるのだろうと思う。

散らばった服と雑誌類を片付け、掃除機をかける。
ちなみに全然関係ないけど、うちの愛犬ピノコは掃除機が大嫌いで、かけ始めると(正確には掃除機を出した段階で)一目散にコタツの中に逃げ込む。

ザーっと部屋中を掃除機でめぐって、すっかり埃は無くなったのだが、掃除機を片付けた途端にまた埃が生まれている……。
どうなってんだ?嫌気がさす。

ほんとにフローリングは面倒くさい。寒いし……。


夕方から人力舎のお笑いLIVEを市民会館へ観に行った。

出演は→アンジャッシュ、アンタッチャブル、北陽、ドランクドラゴン、おぎやはぎ、田上よしえ、東京03、キングオブコメディ。まさに人力舎のオールスターである。
(ドランクドラゴンの塚地は2日前くらいから愛媛に来ていたらしい。で、梅津寺パークへ行ったらしい。衝撃的だったらしい。)
有名どころのネタは、年末年始散々テレビで見たものだったけど、ブラウン管越しとは違う面白さがあり、大爆笑☆

お笑いでもスポーツでも何でもだろうけど、やはり「LIVE」というものが一番そのものを最高の状態で楽しめる方法だと思う。

今年は、様々なものをLIVEで見て、感じていきたい。
(もちろん一番見たいのは、ワールドカップなのだけれど……)

お笑いブームは最高潮


昨日は、人力舎のお笑いLIVEへ行ったわけだけど、あまりに写真撮影の規制が厳しくて少々腹立たしかった┗(|||`□´|||;;)┛!!!

開場前からLIVE開始直前まで至るところで「撮影禁止」の声がひびく。
LIVE中の撮影規制はまあ当然だと思う。
ただ、LIVE終了後、会場の外で出待ちをしている人たちにまで執拗に撮影禁止を呼びかけるのはいかがなものか。

芸人たちがバスに乗り込む数分間くらい、写真くらい自由に撮らせてもいいんじゃないのか。
終いには、ただカメラを持っている者に対して、「データ消してください」とか言ってくる始末……。

そこまでする必要はないだろうと思う。「人にパフォーマンスを見せる仕事」である以上、ファンあっての芸人だろう。

別に写真なんて撮らなくても良かったのだけれど、圧力が大嫌いな僕は、そうまでされると逆に撮ってやりたくなる。

そんなこんなで撮った虻ちゃん(北陽)の写真(たぶん後ろはドランクドラゴン鈴木)。

芸人さんたち自体はわりと愛想良く手を振っていたので、本人たちの真意は分からないけど、芸人である以上、仕事でなくても人に見られることを嫌がっちゃあ駄目だと思うわけで。

伸びろ伸びろ。

パソコンのスクールは、まあ順調だ。
年明けと共に(今日から)、これまでのコースと平行して「DTP制作コース」というのも始まった。より実務的な内容なので初日から覚えることが多すぎて大変だった。
でも、そもそもこっちの学習内容の方がメインなので、気合入れてやってくしかない……!

まだまだ触りの部分を抜けておらず、初歩的な内容にヒイヒイ言っている状態だけど、やはり何かをつくり出来上がっていくのは、楽しい。

ここから先が、適性も含めて大変だろうけど、頑張りたいと思う。


で、全然カンケーないけど、正月明けから、なんとなくヒゲを伸ばしている。
だが、伸ばしているというよりは、「剃っていない」だけという感が拭えないくらい、うまく伸びない。
もともと全身的に毛が薄い体質なので(顔もウスいが……自虐)、分かってはいたのだけれど、もう少しちゃんと伸びてくれないものか……。

そんなわけで、毎日、剃ろうか剃らまいか、鏡の前で葛藤している。

ドラえもん⑪「テストにアンキパン」


コミックス2巻「テストにアンキパン」より。

「ドラえもん」初期のしずちゃんのキャラクター設定は、結構アバウト

この頃は通じて、のび太に対してかなりドライで、性格的にも“がさつ”だった。

まあ小学生の女の子というものは、大幅に精神的な成長を遂げるので、しずちゃんも歳を重ねてぐっと女の子らしくなっていったということだろう。

泳ぐ効果

ここのところ、家やスクールで、それぞれ数時間パソコンと格闘していて、腰は痛いし、なんだか心身ともにモヤモヤしてきたので、スクール終了後に泳ぎに行くことにした。

今年の初泳ぎである。

年末年始は営業していなかったので、ほぼ2週間ぶりのスイミングということもあり、疲れてないわけではないのに、体がよく動いた。

やはり、泳ぐことは気持ちがいい
水に包まれて体を動かすという行為は、不思議なくらいに邪念をよせつけない
日頃は嫌でも常に何かを考えざるを得ないけど、泳いでいる時は、完全にとは言わないが「無心」に近くなっているように思う。
他の運動ではなかなかそうはいかない。
「水中」という呼吸が制限される環境。大袈裟に言えば、ある種の生命危機的な状況が、自分の生物的な部分を集中させるのだと思う。

「泳ぐ」ということは、もちろん体力増進という要素を大いに含むが、それと同時に、精神的な充足効果が極めて高い行為だと思う。
少なくとも、僕の場合はそうだ。(全然痩せないことに対する誤魔化しではないよ……)

年が明けて二週間という話。

参った。いろいろな意味で参った。
「木更津」の岡田くん風に言うなら、正直、「めんどくせー!」って感じ。

まあ、人間なんて、元来めんどくさく出来ているわけで。
今更、たまに感じるそういう要素に対して、「めんどくさい」などと言っても仕方ないわけで。しかも何割かは自分の責任でもあるわけで。じゃあ尚更、しょうがないわけで。

だからこそ、「面白い」という意見も正しいと思う。

ただ、他人のことをどうこう言う前に、「自分はどーなんだ?」という話。
自分のことながら、そう言われると、「辛い」ってことで。

今、酔っ払っている(正確にはだいぶ醒めているのだけれども……)。

↑そういう設定であえて問おう。
1月ももう半月が過ぎた。1月が終わると、2月が始まるわけで。もう(というか“やっと”)2月なわけで。

果たして、俺に春は来るのか?

つまりは、他所様のことを、偉そうに論ずる資格は、実際無い。
そういう話。

これほどまでに、「春」を望む冬は無かったという話。

駄文

昨日はやっぱり酔っていた。
僕のことを指して、「酒が強い」なんて言う人もたまにいるけど、実際確実に「弱い」。
すぐに酔っ払うんだから、「強い」わけがないのだ。

まあいい。それなりに美味しくお酒を飲んで、酔っ払うんだから、真っ当である。

酔っ払った勢いで、少々口が過ぎることがあったかもしれない。
それらについて「反省」もしなくはないが、大方は、自分の「本音」である以上、あまり悔いても仕方が無いような気がする。

思考がまとまらなくて、駄文になるが。

思うに、何をどう考えて、どう生きたって、どう転ぶかなんてことは、ちっとも分からない。それは確か。
でも、だからと言って、考えなくていいわけではない。

人は、結局のところ、自分ひとりを幸福にする力しか持っていないし、そのことに全力を注ぐべきだ。
ただそれは、自分ひとりが「幸福」であればいいということではない。

自分の大切な人たちが「不幸」であることが、自分自身の「幸福」であるはずはなく。つまりは、自分が本当に「幸福」であろうとするのならば、必然的にまわりの大切な人たちも「幸福」だと思うわけで。

たとえそれが自己満足にすぎなくても、間違っているとは思わない。

初疑問

前述したように、年明けから意味無くヒゲを伸ばしている。

体毛が薄い体質で、なかなか伸びてこなかったのだけれど、2週間経過しやっと「あ、ヒゲ伸びてるね」というくらいにはなってきた。

自分的にも、べつに似合っているとも似合っていないとも思わない微妙な感じで。周囲の反応も良かったり、悪かったりである。

それはいいのだが、ひとつ大きな疑問がある……。


それは、家族が何も言わないということだ。

もう一目見ればヒゲが伸びている(=伸ばしている)ことは明らかなのに、母親も父親も妹も、誰も、何も(ヒゲについて)言ってこない。

どういうことだろうか???

ウチはたぶんわりとお互いの会話がある方で、毎日それぞれと確実に顔は合わせる。ちゃんと面と向かって話している。
なのに、一切追求してこない。

「ヒゲ伸ばしとん?」とも「ヒゲ伸びとるよ」とも「似合ってないよ」とも、何も。

こうなってくると、なんだかこちらから話をふるのもはばかれる。
ふーむ?

「酔い」にすらまかせきれないわけで。

えーとですねえ。本当は、“くるり”というアーティストの「SuperStar」という曲の歌詞を載せたかったところなんですが、見つけきらなかったので、省きます……。
掻い摘んで言うと、ただ、酔って自転車で帰っていた途中で聞いていたというだけなんで、実の所、歌詞に意味は無いんです……。


日曜の夜(実際は、ついさっきまでのことなんだけれども)。友人の彼氏宅での鍋パーティーに呼ばれ、はせ参じた。

本当は、そんなに酔わずに「しら~」っと帰るつもりだったんだけども、“そういう立場”でなかったので、必然的に、いつものように“しっかり”酔っ払って帰路につく羽目になった。まあ、たぶん、どっちにしても、結局は酔っ払っていたのだろうけど……。

「現時点」で酔っ払っているのだから、ここに書いていることさえ“意味”を持たないかもしれないが、あえて、言おう。

もう一度言う。あえて言おう……えー何を言うのか?

ああ、そう。

今日の飲み会では、結果的に、「寂しさ」を感じてしまった。
こんなこと言いたくもないのだけれど、否めないのだからしょうがない。

7人の飲み会で、3組がcoupleなわけで。実際“HEAVY”なわけで(BTTF風)。
そりゃあ、“必然”なわけで。
飲むしかないわけで。

えーとですね。結局何が言いたいかってーと。別に何も言いたくはないというわけで……。
ただ「酔っ払っている」って言えばそれまでなんですが、それすらも「日記」であるなら、記さなければ仕方がないわけで。

勘違いしないでほしいんだけども、「楽しかった」ことは確実なんですよ。明らかに。楽しくなければ、酔わないんだから。

ただ、酔ったついでに、言うならば。
結局、「本音」なんて、酔っ払った自分自身からでさえ引き出せないものかもしれないと思う。
こうやって、自分の「本音」綴ったつもりでいたって、実際、どこまでが本当の気持かなんてことは、正直、分かりようが無い。

言いえて妙だけれど、人間の“本音”なんてものは、一番身近な“自分以外の者”が解するものかもしれない。

なんかね、そう思う。

(ここまでの文を書くことに、小一時間かかっていることにしたって、人間なんて浅はかなものだと思う。)

ヒゲンカイ

昨日。“やっと”母親が、「ヒゲ伸びとるよ?」と言ってきた。

誰がいつ言ってくるかある意味ドキドキはしていたのだけれど、あまりに突然の発言だったので、ロクな受け答えができず、「あー、そうよ」と間の抜けた返事をしてしまった。

んで、もういい加減、自分自身がウザくなってきていたので、一応家族も気付いたところで(おかんだけなんだけども)、今朝、口ヒゲだけ剃り落とした。

いつもは、少しでも伸びたら確実に剃っていたので、初めて生じる剃毛時のバリバリという音に、少々たじろいだ。

せっかくなので、顎ヒゲはもう少し伸ばしてみようかと思う。
でも、口ヒゲを剃って思ったのは、やっぱりヒゲは剃るものだということ。

20日ぶりの爽快感を、原付で突き抜ける寒風に嫌でも感じた。

深夜の住人

もうこの数年間、慢性的ですらあるが、とても就寝時間が遅い。
最近、特にその節がある。

疲れていようが、疲れていなかろうが、午前3時を過ぎなければ“眠気”すら起こらない。眠りに就くのは、だいたい午前4時前後だ。

まるで眠気がなくても、床に就いて寝ようとすればいつかは睡眠状態になるのだろうが、それまでの時間が苦痛でならない。

下手すれば、1時間も2時間も布団の中で、ひたすらに「睡眠」を待つハメになる。

そして、その間中、様々なことが脳裏に浮かんでは、かき乱していく。

10代の頃は、その睡眠と覚醒の間の時間が好きな時もあった。
それは、自分の思考自体がまだまだ本当に未熟で、逆に様々なことを自由に考える余裕があったから。それに、なによりも、すぐに眠れた。

今は、正直そういうわけにはいかない。
もちろん、悲観的な悩みばかりで埋め尽くされているというわけではない。
でも、ひとつひとつの「考え事」は、良い意味でも悪い意味でも、リアルで重い。
一旦何かを考え始めると、それこそ益々眠れない。

まあそもそも、夜、特に深夜が好きということはある。
何をするにしても、深夜の方が集中できる性質ではある。
だから、眠たくなるまで眠らなければ、それはそれで苦痛というわけではない。

生活のサイクルを自分自身に合わせて回せるなら問題はないのだろうが、当然ながらそういうわけにもいかない。

そんなわけで、いつものように「深夜」という時間が足早に過ぎていく。

恐怖社会

行きつけのプール(中央公園・アクアパレット)の更衣室のロッカーの扉の裏に、このような注意書きがあった。

えーと、誰が?誰を?何のために?

「とじこめられます」と言い切っているということは、もしロッカーに誤って入ってしまったら、とじこめようとする人間が確実にそのあたりにうようよいるということである。
昨今の世相を見れば、もちろん何が起きるか分からないし、どういう人間がいてもおかしくはない。それを危惧した注意書きなのは分かる。

ただ、この文面から溢れる“確信性”が、なんだか可笑しい。

まあ、それだけ物騒な世の中だということだ。

夕方の小学生

夕方。ひとりで下校している小学生を見かけた。
別段変わった光景ではないのだけれど、その子はなんだか妙に無表情で、淡々と歩いている様子が少し気になった。

気になったというものの、たぶんだけど、何かがあったわけではないのだろうと思う。

ただ、べつにはしゃぐ必要もないから表情もなく無言なだけで。ただ、普通に淡々と帰宅しているだけなのだろう。

その子が実際どういう子供かは分からないけど、子供であろうと大人であろうと、疲れもするし、悩みもする。何も考えていないことだってある。

それはとても当たり前のことなんだけど、ふいに見たその小学生の「哀愁」に、ある種“人間自体の深み”みたいなものを感じてしまった。

試着嫌い

まあ当たり前なんだけど、たまには服も買いに行く。

お金がないので、実際服なんて買っている場合ではないのだけれど、自分の人生において“創造性”というテーマを掲げている以上、自分の格好にも最低限は気を配っていたいと思う。

そういうわけで、今現在は、お金が無いうえにさらに金欠な状態なんだけど、セールの時期でもあるので、新しい服を買いに出かけた。

服を買うこと自体は嫌いではない。むしろ好きな方だと思う。
ただ、
ズボンを買うのが苦手だ……。
こういう人は多いかもしれないが、基本的に洋服屋さんの店員さんとのコミュニケーションが苦手だったりする。

仕事なんだから仕方ないのだけど、声をかけてきたりすると「あー、ほっといてくれ!」と切に思う。その時点で購買意欲も減少してしまう。

だから、店員さんとのコミュニケーションが必然となる「ズボンの試着」が大嫌いなのだ。
一発で自分のサイズに合えばまだいいが、サイズが合わず、取替え&試着の繰り返しになると、自分の中ではもはや泥沼状態。
そうなってくると、小心者なので、もう「やっぱいいです(買いません)」とは言えなくなってしまう。

とはいえ、ズボンを買う以上「試着」は避けられない。
というわけで、僕の場合、「試着をする」ということはイコール「買う」ということになる。
つまり、試着はただサイズを合わせる行為に過ぎず、選び取る段階で“似合うかどうか”、“履き心地はどうか”などということを吟味しなければならない。
非常に集中力を要するのだ。

久しぶりに新しいズボンを買って、いつものように勝手に気苦労してしまったという話。

「落日」

♪一人きり置いていかれたって、さよならを言うのはおかしいさ。ちょっと太陽が去っただけだろう。僕は偶然君に出会って、ごく当たり前に愛しんで、夕日を迎えた。

東京事変の「落日」という曲デス(「修羅場」のB面いやC面<昭和風>)。

「毎日、原付に乗りながら聞いているんだけど、酔っ払った後の帰路で自転車に乗りながら聞くと、殊更に詩が胸に迫るシリーズ!!」その2。

べつに深い意味はないんだけども、なんだか、酔っ払っているだけに、いつもより余計に胸に染みた。

詩もメロディーもなかなかに切なくて、いい曲デス。
A面<昭和風>の「修羅場」もかなり好きなんだけど、最近、“東京事変”アツイデス。
元々、椎名林檎は好きデス。なんか声がいいじゃないスか。


沈まない太陽はない。そして、昇らない太陽もない。

ただ、自分の場合、まだ沈んでもいない
ってことで。

意味もなく不安定

結構、自分の素直な気持ちというものに対し、正直に生きようとし、そう生きているつもりなのだけれど、それでも時々、「これは違うんじゃないか?」と疑問にぶつかることがある。

その対象は、“行為”だったり“考え方”だったり様々なのだけれど、ふと立ち止まると、自分の言動に疑問が生まれる。そして戸惑う。

もちろん、どういう筋道を辿ったって、障害はあるし、それを乗り越えることの繰り返しだと思う。
ただ、そういうこととはまた別な部分で、自分自身に対して不安定になる。

根本としての、自分の「本心」がどれなのか分からなくなる。
何をどうしたいのかさえ分からなくなる。

たぶんいつものように、しばらくぐらぐらと悩んで、その時にたまたま大きい気持ちへと一本化されていくのだろう。

こういう時は、気持ちがとても分散的で、落ち着かない。

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