2000年03月

  1. 2000/03/01 卒業式
  2. 2000/03/02 卒業式、翌日
  3. 2000/03/03 RED DOOR
  4. 2000/03/04 不安の膜
  5. 2000/03/05 写真
  6. 2000/03/06 夢見
  7. 2000/03/08 しあわせな別れ
  8. 2000/03/09 手紙
  9. 2000/03/10 ぬぐえない
  10. 2000/03/11 別れ
  11. 2000/03/12 金欠
  12. 2000/03/13 ささくれ
  13. 2000/03/14 願望
  14. 2000/03/16 孤独
  15. 2000/03/17 眠りの浅い夢
  16. 2000/03/18 明日は雨
  17. 2000/03/19 学問のススメ
  18. 2000/03/20 無情
  19. 2000/03/21 卒検
  20. 2000/03/22 表現
  21. 2000/03/23 自己の満足
  22. 2000/03/24 さみしい
  23. 2000/03/25 偉い職業
  24. 2000/03/26 自信という
  25. 2000/03/28 nothing
  26. 2000/03/29 フアンテイ
  27. 2000/03/30 変わることに対する感情
  28. 2000/03/31 24時間の繋がり

卒業式

よかった。よく晴れてる。

たしか、去年の卒業式の日。とてもよく晴れていて、青空の下の卒業生に感動して「来年のこの日も晴れると良い」と強く願った。

願いは叶った。

その清々しさ、爽やかさの中で、寂しさや悲しみはなりを潜めていたようにも思われた。
でも、きっとみんなその笑顔の裏にどうしようもない寂しさが存在していたことは、間違いない。

それを笑顔、笑顔、エガオで覆い隠してしまうのが、みんなの最高にイイトコロだと思う。

きっと、いや絶対にまた会える。そう思う。

卒業式、翌日

卒業式の次の日、Fちゃんは韓国に行ってしまった。
ほんとに、分かっちゃいたけど、彼女は強いと思った。
スゴイと思った。心から尊敬できると思った。

終始笑顔でFちゃんは旅立った。その姿に自分自身、ものすごく励まされた。
そして、ものすごくさみしくなった。飛行機が飛び立って、ものすごくさみしくなった。
いろんなことにさみしくなった。
涙が出そうになった。

でもこんなことで泣いてしまえば、彼女に笑われると思う。
彼女は、自分の夢を強く信じて「世界」へ行くのだ。
そういう友達を持つことができたことをうれしく思う。
だからこそ、俺も負けない。
尊敬すべき人の友達である以上、彼女に恥じない生き方をしたい。

そして、お互い夢を生きていく中で再会したいと思う。

とても、さみしかったけど、今日はとてもいい日だったと思う。

RED DOOR

18:00になって、RED DOORに行く。

いつも通り。いやいつも以上に。

不安の膜

風邪をひいた。たぶん寝冷えをしたのだろう。
一日中、鼻水が止まらなくて苦労した。

やりたいことを何も出来ぬまま、時間がきてしまいそうだ。
特に大きく気持ちの中にはあらわれないけど、薄暗い広い不安の膜が全体を静かに覆っているような気がしてならない。

たくさんのことをやり残すのはまあいい。でも、何かしたい。
自分の気持ちの中で次への起爆剤となるような、何かをしたい。

何かを得たい。

それが、分からない。

写真

卒業式が終わってここ数日、高校三年間の写真を度々見たくなる。
遅いのか、早すぎるのか、その寂しさの想いから抜けることが出来ないようだ。
先は物凄く困難なのに、考えるのは今までのことばかりである。
そんな現状の自分が、とても不安でしかたない。

何とかしたいと思うけれど、この不安自体が先行して何も出来ない。させてくれない。
しかし、そろそろそれらすべての自分自身に対する言い訳じみた想いに打ち勝たなければならない。


※     ※     ※



やっとこそ「ムトゥ 踊るマハラジャ」を観た。

時間が結構長くて、ストーリー自体は大したものでもないので、時々飽きがきそうになるんだけど、ギリギリのところで、その不思議なリズムとテンションで引っ張られる。

ヒロインが美しい。空が美しい。

ムトゥ 踊るマハラジャムトゥ 踊るマハラジャ
(2003/06/18)
“スーパースター”ラジニカーント、ミーナ 他

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夢見

薄着での平気さに春の訪れをほんの少し感じる今日この頃。
はっきりとは覚えていないのだけれど……。

ここのところ、アニメ的な夢をよく見る。
自分が超人的な力を持っていて、ビルとビルの谷間をドラゴンボールのように飛び跳ねたり、ターミネーターのノリで、銃片手に逃げ回ったり、そういう夢である。

何にしても、夢の中で自分は、もしくは自分の意識が移っているキャラクターは、超不自然的なアクションを繰り返すのである。

覚めると、途端におぼろげてくるのだが、見ている最中の夢の映像はとても鮮明で、とても動的な気がする。

人は、夢の中でストレスを発散することができるらしい。
あんまり感じないけど、ストレスがたまっているのかもしれない。

しあわせな別れ

いろいろな意味で、必然的に「彼ら」は、俺の親友だと思う。
友達自体がなかなか出来にくいと言われているこの寂しい社会の中で、彼らに出会えたことは、非常にハッピーである。と思う。

離ればなれになるのは、とても寂しい。
それまでの時間がハッピーなほど別れは辛く厳しい。
でも、それと同時に、再会する喜びは、とてもとても大きいと思う。
つまり、それは「しあわせな別れ」なんだと分かった。

手紙

恥ずかしい話。手紙というものを一切書いたことがない。
書こうと思えば、簡単に書けると思っていたが、そうはいかないようである。
当然伝えたいことがあり、頭の中ではそれが文章になっているのに、それをそのまま書き出すことができない。
その原因は、文章表現力の不足と文章にすることで生まれる自分の素直な気持ちに対する恥ずかしさが密接にからまったものであると思う。
自分の中で手紙に対する憧れが、今物凄く強い。
なぜかはよく分からない。「Love Letter」の影響かもしれないし、Fちゃんに手紙を書きたいかもしれない。
とにかく、これから生きていく中で、手紙を書くという習慣を付けたいと思う。
そうすることで、何か面白いことを得られるような気がするのである。

尊敬できる人間が好きである。
友達になりたいと思うのも、恋人になりたいと思うのも、自分が尊敬できる人間である。
そして、それらの人たちに尊敬されたいと、僕は思う。

そういう人間関係が一番いいと思う。

Love LetterLove Letter
(2001/03/07)
中山美穂

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ぬぐえない

友人から手紙が来た。
やはり、元気そうだ。彼女は本当に強い。

ものすごく憧れる面が多い。
彼女に比べ、自分はいろいろなことに怖がり過ぎているような気がする。
不安は、誰にでもある。
それを気にしないなんてことは出来ないにしても、不安に自身をしばりつけては、駄目だと思う。

「うまく生きたい」
ただそれだけを毎日思う。

別れ

朝から雨。一日中雨だった。

友人の見送りに行った。
だんだん、だんだんと散らばって行く。なんとも寂しい。
この寂しさは、何だろう。
僕の場合、高校卒業後のこの時間が、初めての本当の友達との別れなんだということを気付いた。
だから、こんなにも寂しいのだ。

何年か経って、またみんなで笑えるだろうか。
そのことに対する期待と不安が、この寂しさのすぐ裏側に見え隠れする。

金欠

前の日から、今日は映画を見ると決めていたのに、街に出てくると、むなしくなって、なんだかさみしくなって、映画を見る気力を失ってしまった。

情けない話だが、なんだか“むなしい”っていうことの大きな原因として、正味お金がないという現実がある。
「お金があろうが、なかろうが、人の心は変わらない」
と言いたいところだが、金がない人の心は貧しくなる。
というのは、ある程度事実だと思う。

ささくれ

生きるということは、「うまくいかない」ということかもしれない。

今日は、朝からやることなすことうまくいかなかった。

でも、生きていく中の出来事すべて完全に無駄となる事柄など無く、すべてには意味や役割があるのだ。
それは時々感じるし、そう思っていないと生きていくことがあまりにも辛く、しんどくなる。

願望

青い海が広がるオーストラリアの海辺に住みたい。

パリでオープンカフェを開きたい。

ヨーロッパを列車旅行したい。

オリンピックを観に行きたい。

国際映画祭に行きたい。

イタリアでパスタが食べたい。

ワールドカップへ行きたい。

福岡ドームでホームランを打ちたい。

フランスをミニクーパで走りたい。


やりたいことがあるとないとでは、人生の楽しさは、大きく違うと思う。

孤独

「孤独」を知らないような気がする。
それ自体は、ものすごく幸せなことだと思う。
でも、本当の孤独につつまれた時、僕はどこまで耐えられるのだろうか。
そう考えると、とても怖い。

僕は寂しがりやだから、すぐに潰されてしまうかもしれない。
それがとても怖い。

でも、よおく考えると、完全に孤独な人などそうはいないようにも思う。
完全な孤独とは、現在はもちろん、過去にも、未来にも、触れる人間がいないということであるからです。

です?

とりあえず、僕は一人では生きていけない。

ほんとのところ、僕自身が人間的に強かろうが、弱かろうが、僕が一人で生きていけないことだけは、自信を持って確かなことである。

眠りの浅い夢

もう、春かもしれない。

だんだんとあたたかくなることが、何かとても嫌です。
いろいろなものが、大切なものが、春への季節の移り変わりの流れとともに押し流されていっているような気がするのです。

何にもまして、このあたたかさのようなものに、麻痺しているみたいになっちゃって、その流れをほとんど何もせず見ている自分の状態が、とても嫌です。

最近、よく目覚めてから覚えている「量」が割と多い夢を見ます。
でも、確かに感覚的には覚えているのだけれど、はっきりとどんな夢だったかは言えない場合がほとんどです。

そして、ほとんどは、あまり心地よい夢ではなかった気がします。

長い夢が多いと思います。眠りが浅いのかもしれません。

明日は雨

毎日が物凄く簡単に過ぎていくように思う。

自動車教習なんかで、ほぼ毎日外出しているし、やることは毎日あるんだけど、何かすべてが印象浅い感じがする。

なぜなんだろう。

変な言い方だけど、“熱くなること”ってのが、最近あまりにも無さ過ぎるのかもと思う。

何か心から一生懸命になるってことを忘れているのかもしれない。

「なんか」しなくてはならないと思うのだけど、どうにもこの簡単な毎日から抜け出せない。


明日は雨だそうで。
嫌だな。とても、嫌だなあ。

学問のススメ

ここ何週か、日曜日がずっと雨である。
なんだろうね。その前後は晴れているのに。

時々感じるのが、己の学の無さである。
ろくに勉強というものをしていないのだから当たり前なのだが、時々ハッと気付いて、少し情けなくなる時がある。

学校の勉強というのは、自分にあまり必要だとは思わなかった部分が多々あったのでセーブしてきた。
でもやはり、人間が生きていく上で、知識や色々な力は、それらを使う機会がたとえ無かったとしても、あった方がいいもので、当然、勉強をするということは、必要だと思う。

幅広い知識や能力は身に持つだけで、その人間の生き方を豊かにすると思う。

今の時点でも、ある程度の後悔のようなものはあるが、もう少し先でまた後悔しないように、幅広く勉強したいと思う。

無情

ああ。

ほんとうに私は、自分が望む全ての物事のうちから、一体幾つ実現させることができるのでしょうか。
何もせず、ただただそんなことばかりを不感がっていて、何が起こるというのでしょう。

冷静に自身を見つめると、恥ずかしながら、情けないやら、虚しいやら……、自分の侘しさばかりが目についてしまうのです。

卒検

(自動車教習の)卒検受かった。

物凄く長くかかったような気もするが、まあ、こんなもんでしょう。

それにしても、

俺はなんて駄目な男なのだ……。

ダメダメダメダメダメダメダメ……。

ああ。どうにでもしてくれ。

そんなヤケになっちゃあ……。

表現

ものすごく当然のことなんだけど、世の中、ものすごく色々な種類の人間で溢れている。

どの人間も、みんなそれぞれどこかが違っていて、同じものは無い。
それなのに、同じ時間に、同じ場所で存在することが出来ていることが、ふと不思議に思った。
なぜそう思ったかは分からない。
ただ、不思議だった。

自分の想う物事を、もっと素直に表現したいと思う。
今は、まだ自分の気持ちを自分の中で整理しきれずに、そのままにしてしまう面が沢山あると思う。
もっと、自分の気持ちを素直に紡ぎ出して、自分自身がよく理解できる表現に書き換えることを、常にしていきたいと思う。


※          ※          ※



久しぶりに、「スワロウテイル」を観た。

今日で観たのは3~4回目になると思うが、とても新鮮というか、観たことの無い映画を観ているような感じがした。

「良いものは、良い」
という感じ。いつまでもね。

自己の満足

家の車を運転して、緊張した。

オロオロしている間に、時間がどんどん変わっていく。
フリーな時間を有意義に使いこなすことは、とても難しい。

自分を満足させることさえ難しいのに、他人を満足させることなど出来るのだろうか。

自分に、今の自分に本当に必要なものは一体何なんだろう。
何があればいいのか、何が自分を満足させるのか。

ものすごく、それが難しい。


今日は一日中雨降りだった。明日は晴れて欲しい。

さみしい

風がすごく強かった。
けど、今日はいい日だった。

~とその他で、お好み焼きを食べた。
いつも、最近は、どこかに寂しさをたずさえて暮らしているんだけど、友達に会った日は尚更となる。

「さみしさ」というのは何だろう。何故「さみしい」と思うのだろう。
さみしいっていう感情の構造は、意外と複雑だと思う。

ただ悲しいのではなく、ただ辛いということでもない。
漠然とした不安のようでもあるけど、それだけとも言えないと思う。

「さみしい」は、とても辛くて、苦しくて、結構嫌な状態だと思う。
でも、絶対「不幸」なことではない気がする。
「さみしさ」は人を優しくする。人を強くする。

そして、次に対する希望を持たせてくれる。と、思う。

偉い職業

現代社会では、偉い職業というものが少なくなっていると思う。

少し昔なら、教師や医者、政治家などのいわゆる「先生」は、間違いなく偉い職業だったはずである。
今でも、常識的にはその事実に間違いはないはずであるけども、悲しいことに、その常識と呼ばれている事象自体が、ガタガタであるのが現状だと思う。
その崩れ方は物凄くて、立て直しがきくのかどうかも分からない。
「もはや無理」と言わざるを得ないような状態の中で、偉い職業があるべき姿で存在し、正真正銘「偉い人」が誕生することは、今後可能なのであろうか?

自信という

結局、自分は何なのだろうと思う。
未だに、自分がどういうスタイルをとっているのか、とるべきなのか、自分自身が分からない。

これまでの人生が絶対無駄ではないということは、知っている。
では、どうして無駄ではないのか。明確な実績というか、これまでの結果みたいなものが、具体的に自分の中に存在するのかどうか、自信がない。

……ものすごく、今この瞬間の自分が怖い。
ここからそのまま繋がる未来が、ものすごく恐ろしい。
何がそんなに恐怖なのか?
それは「自信が無い」ということである。
はっきり言って、「自信が無い」ということほど、やばいことは他に無い。

ある程度無理矢理にでも、自信を持続させなければならない。

何もない自分だからこそ、どんな形であろうとも「自信」というものが最大の武器であると思う。

nothing

何もなかった。
などという日は無いが、何も「想い」として残らない日はあるでせう。

そういう無感動な日は、何となく寂しいと思う。

うん、それだけ。

フアンテイ

なんかほんとに「もうすぐ」過ぎて、さみしさとか不安とかいう感覚が、麻痺しているのではないかと思う。

でも、その麻痺状態はとても軽いもので、ほんの少しの精神的刺激で、ぐらぐらぐらつく。

心の芯というか、そういうものが強い人間になりたい。
そういった本当の意味での安定感を持ちたい。

人間、ある程度まで成長してしまうと、そっから先の自分の成長過程を具体的に考えてしまうから、これから自分がどういうものを身につけられるのかということに対して、とても不安になる。

変わることに対する感情

たぶん、気持ちよく晴れていました。
流石に、いよいよという感が迫ってきて、晴れ渡った青空をそのまま素直に自分の中に受け入れることが出来ない。

どうなんだろう?
やはり、僕は弱いのだろうか。

うん、たぶん弱いのだろう。まだまだいろんな意味で。

でも、しょうがいない部分もあると思う。
どんなに無理したって、思ってしまうものは思ってしまうんだし、感じてしまうものは、どんなに防いでも感じてしまう。

例えば、今日感じたこと。やはり、寂しさ。
好きな人がいて、もちろんその人のことをいつまでも忘れずにいたいと思う。
でも、長い時間の中で、その人が「好きだ」という想いは、だんだんと小さくなっていってしまう。

仕方がないと思う。

でも、その仕方ないさが、とても寂しい。

人と人が離ればなれになることで生まれる「寂しさ」は、互いのことを想う気持ちが少しずつ変わっていくことに対するものだと思う。

……やはり、女々しいのか。

24時間の繋がり

FRIDAY? FLIDAY? FLYDAY?

ああ、使わない脳が退行していく。

やはり、共通の話題でずっと話していられる人と一緒に居たいと思う。
まあ、当然ですね。

結構、常連面しているけど、「RED DOOR」に行き出して、まだ一年も経っていない。
ふと気付くまで錯覚するほど、担当の美容師さんらとは、ちょっと昔からの付き合いのような気がする。
ちょっと不思議である。
月一で行っていたとしても、今までに12回。1回における滞在時間は大体2時間。12×2で24時間しか実際会っていないことになる。
24時間、1日分の付き合いで、どうしてこうも親しくなれたのだろう。

分からない。

人と人との繋がりなんてそんなものなのかもね。
脆く、強く、気まぐれなのかもね。


ちょっと思い出した名台詞。
「人間、傷つくことなんかなく大きくなれたら、それに越したことはないんだろうが、そういうわけにもいかんのさ」
by 井浜「俺たちのフィールド」

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