1999年10月

  1. --/--/-- スポンサーサイト
  2. 1999/10/02 失敗……一部省略
  3. 1999/10/03 仁義
  4. 1999/10/06 マイナス要因
  5. 1999/10/07 自信喪失
  6. 1999/10/08 無意味なこと
  7. 1999/10/09 達成は問題ではない
  8. 1999/10/10 おわかれ
  9. 1999/10/11 Mi
  10. 1999/10/12 映画が好き
  11. 1999/10/13 言葉との関係
  12. 1999/10/14 感動しぃ
  13. 1999/10/15 退くか進むか
  14. 1999/10/16 秋風
  15. 1999/10/17 知らないことを、知る
  16. 1999/10/18 サムイ
  17. 1999/10/21 存在
  18. 1999/10/21 人の成長
  19. 1999/10/23 出合橋
  20. 1999/10/24 し・あ・わ・せ
  21. 1999/10/26 雨音
  22. 1999/10/28 さみしがりや
  23. 1999/10/29 ゼロ
  24. 1999/10/30 実験
  25. 1999/10/31 10月終わり、風邪をひく。

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失敗……一部省略

一緒にいればそれなりには楽しい。
でも、やはり気が弱るというか。重いというか。

そういうことも必要な「経験」だとは思う。
それにしても、このままでいいのか。

受験もあるし……。
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仁義

「レザボア・ドッグス」を観た。
Q・タランティーノはスゴイ。


外の空気か冷たかった。
その事実に少し、戸惑った。

マイナス要因

「妹の恋人」を観た。
ジョニー・デップは、本当に見ていてわくわくする。


やるべきことを、やりたいことをしていかなければ。
変な所で我慢していい時期じゃないわけで。
そういうことを、自覚しなければ。
自分にマイナスになることは、しない。

自信喪失

最近少し自信がなくなっている。
いろんなことに対して。

このままではやばい。無力だ。僕は無力だ。
「無力なんだから、自信なんて生まれるわけがない」と考えるかもしれないが、無力だからこそ、自分に対して「自信」が必要だと思う。

この「自信」は、見方を変えれば「希望」や「野望」になる。
ソレが無いと進むことができない。

だからやばいのだ。困るのだ。
どうにかしないと。

無意味なこと

雨の降る中、しまなみ海道を歩いた。
とても濡れた。

「無意味なこと」ってのは、本当はありえないと思う。
“そのとき”“あのとき”は無意味に終わってしまっても、いつか、大きかれ小さかれ「意味」が出てくるのだ。
すべての行為・働きには、必ず「意味」がある。
そういうことを考えたことで、すでに今日の「無意味」は無くなっているのでは。

達成は問題ではない

とりあえず、やりたいことをやり尽くさなければ、と思う。
達成できなくてもいい。やり始めなければ。

結局、何が出来るかなんて分からないわけで。
もちろんビッグな映像作家になるのが夢だけども、B級映画ばかり作ってたり、Vシネだったり、もしかしたらビデオ屋の店員で終わるかもだし。

まあ、先は長いつもりなわけで。

おわかれ

10月も中盤に差し掛かってきたってゆうのに、今日は相当暑かった。

というわけで、彼女とは別れたわけだが。
今この瞬間の自分の気持ちを考えてみても、やはりこれで良かったと思う。
自分の精神の不安定さには、嫌になる時もあるけども、それはそれで自分らしいというか、自分の中ではそうあることが“正常”って感じもするので……うん、それでいいと思う。

いろいろな経験は、いつも、自分らしさを広げてくれると思う。
充分、分かっているつもりだが、“あらゆることから逃げては駄目だ”ということを忘れないでいたい。
いつまでも、挑戦し続けるやつでありたい。
この世に存在するもので、“無駄”なんてものは絶対無い。
この世で出会うたくさんの人たちの中で、出会う意味のない人なんてのは絶対いない。
本当に、ホントに強くそう思う。


「u-turn」を観た。
あんまり好きな内容の映画じゃないけど、オリバー・ストーン監督の力量には、やはり感服される。
ショーン・ペンもかなり巧い。

Mi

なんとなく、朝からすがすがしかった。
ほんの小さなモヤモヤが無くなっただけで、こんなにも気持ちが晴れてくるものか。

いい日だった。
髪はいい感じになったし、「約束」をしてもらった。
もう、今日からは楽しくいこう。

明日はスカッと晴れて欲しい。
やっぱり……。

映画が好き

なぜ、こんなにも映画が好きなんだろう。

でも、それは当たり前だ。
なぜなら、映画は無限大に素晴らしいから。
それは、どんな小さなものにも、大きなものにもあり得る可能性だ。

世界で最初の映画。それは、ただ“工場から出てくる人々”を映したものにすぎないものだが、僕はそのちっぽけな映像にも充分感動できた。
それは、その「映画」に映画人の情熱が詰まっているからだ。

映画は、世界のあちこちで、もっともっと発展していくだろう。
人間が、映画を観たい、つくりたい、という情熱がある限り。

「光+影=映像」なわけで。それで、「映像+音楽+情熱=映画」なわけで。
「世界へ」それが、希望、願望、欲望、そして野望。
つまり、「望む」ことがまず大切だと思う。
「望む」ってことを止めたり、逃げ出したりしたら、何もできない。
結果が出てこなくても、それだけは、無くしたら駄目なのだよ。
逆に言えば、それさえあれば、人間けっこう生きられるんじゃないだろうか。
それくらい大事。と、思う。

暑い。暑いよ。一体何月なんだ。

言葉との関係

小さな、何気ない言葉で、人はとても傷ついたりする。
だから、それと同じように、小さな何気ない言葉で、人はとても勇気付けられると思う。

人間は、俺は、そういったたくさんの言葉の中で生き、成長してゆくのだ。
そして、自らもたくさんの言葉を発し、まわりの人を生かし、成長さす。
人間と言葉の関係というのは、そういうものだと思う。
人間は、これまで以上に上手に言葉を使いきることが出来れば、もっと進んでいけると思う。先へ。

「うん、だから言葉ってものを、もっと知りたいと思うわけで……」

鏡を見たら、夏にあれだけ焼けてたのに、すでに白くなっている顔に気づいた。

感動しぃ

日常の何気ない物事に、いちいち感動する。
そんな自分でいいと思う。

「時計じかけのオレンジ」を観た。
はっきり言ってよく分からない。たぶん、今の俺には、スタンリー・キューブリックがこの映画に埋め込んだ真理の三割も理解できていない気がする。
まだまだ、未熟だ。

映画が好きだから、映画をつくろうとする。
ふと見上げた空がきれいだから、元気になる。
道端で死んでいる猫を見て、暗くなる。
小さな一言で「あいつはいいやつだ」と思う。
……そうやって、単純に、素直になることが、一番大切ではないかと思う。
だから、今のこの自分を大切にしたい。

退くか進むか

「大切」なのは、あらゆることに触れ、考え、そして感動すること。
そして、それを忘れないこと。

感動の数が多いほど、人間は人間として深くなれる。
それが、人間のすべきこと。人間が存在する意味ではないか。

科学技術は、その発達は、人間に、地球に大きな問題を与えた。
しかし、もはや人間は、科学の発達、侵食を止めることは出来ない。
人間は、科学とともに存在するしかない。
選択すべきは二つだけ。

滅びるか。進化するか。

俺は、進化したいと願う。

秋風

空気が秋らしくなってきた。

まったく単純なもので、心の中もなんか「秋」っぽい感じになってきた。
なんていうか、すごく落ち着いていて、別に暗くはないんだけど、明るいにしても冷静に明るいというか、「寂しさ」が広がるんだけど、それが苦しくなくてむしろ心地いい。そういう感じ。

そういう心に、Coccoの音楽は非常に感動的だった。
帰り道。そのメロディーと詩と夕闇が混ざり合って、目の前に広がっているような、そういうセカイが。

ふと思ったことだが、突然生まれてくるいろいろな感動は、すごくたくさんの偶然が重なって起きているような気がする。
何かが“ちょっと”ずれていたら、その感動は無かった。というのか、たぶんたくさんあると思う。
だから、やっぱり感動は大切にしたいと思う。
もちろん、意識的にしようってわけじゃない。普通に、何気なく流れる時間の中で、ふと起こるその「瞬間」を大切にしようという。そういう意味で。

その「瞬間」こそ、人間であるものが、もっとも愛すべき「時」ではないかと思う。

知らないことを、知る

「知らないこと」はたくさんある。
身近なところから、遠い国のことまで、遥か宇宙の彼方まで。
世界は、「知らないこと」で溢れている。
永遠に「知らないこと」はなくならないだろう。
だからこそ、いつも「知ろう」としたい。
すべてを知る必要はないと思う。
でも、すべてを知ろうとすることは必要だと思う。
いつまでも、そうでありたい。

サムイ

いきなり。とても寒い。サムイ。

それにしても、難しい。端々の小さなアイデアは出てくるけど、それを一つのストーリーにのせてまとめることが、うまくいかない。
少々、甘く見ていたらしい。「少々?」の危機感を感じた。

でもまあ、考えることは楽しいからいいのだけれど。
とりあえず、一つストーリーをつくり上げないと不安でならない。
なんとか受験生らしく頑張りたい。

あー早く決めたい。酒飲みたい。

存在

いい天気が、続きます。

当たり前だけど、時間があっという間に過ぎてゆく。
「この世界」は、いったいどういうものなんだろう。
何のために、いつからあるのだろう。
よく考えると、当たり前のことがものすごく不思議に思えてくる。
目の前にあるすべてのものが、不思議だ。
なぜ、存在するのか。自分自身を含めてすべての「存在」が不思議だ。

何か。どこかに、とてつもなく大きく単純なすべての“答え”があるような気がする。

人の成長

サミシイけれど、みんないろいろな場所に散っていく。
この先のいろいろな事を考えると、そこには不安ばかりで、ホント「今のままでいたい」って思ってしまう。

でも、しかたがない。
人間はずっと同じ環境では成長できない動物で、その成長は、人間しか出来ないものだから、人間は決してその成長から逃げてはいけない。
「俺の人生」なんて、小さく儚いものだろう。
でも、俺という存在の中では、それがすべてで、それしかないのだから、そこで精一杯やるしかない。

この、小さな命が果てて、どうにかなるまで……。

出合橋

9時間も寝てしまった。
夢をみた。

やはり思うに、もっと早く友達になれたらよかったと思う人がたくさんいる。
今、話していて楽しいので、とても強くそう思う。
でもまあ、すべての人と仲良くなれるわけじゃないし、今はもう仲良くなってんだから、それでしょうがないんだけど。

でも、誰といつ知り合うかというのは、小さな運命というか、分岐点的なもので、その後の生活を変えてしまうと思う。
良い出会いなんてものは、自分では選べないし、それは運だと思うけど、どうせ当たり外れなのなら、できるだけたくさんの人と知り合うようにした方がいいのかもしれない。
出会うべきでない人なんてのは、そうはいない。
ひとつひとつの「出会い」を大切にし、幸せに思いたい。

し・あ・わ・せ

ふと、しあわせだと思う。

自分で言うのも変だけど、興味の幅が広くて、映画にしても漫画にしても音楽にしても、かなりたくさんのものを吸収している。
このことは、今もそうだけど、これからの自分の世界観の広がりに大きく役立つと思う。
映画はこれからも当然たくさん見てゆくだろうけど、漫画も音楽も小説もどんどん新しい良いモノを吸収していくようにしていきたい。
もちろん、それらだけじゃなく、新しい分野のものもどんどん知っていきたい。

そういうわけで、しあわせだと思う。

「しあわせ」かどうかなんてことは、結局自分が決めることだ。
乙武洋匡さんの人生をみても、それは強く思う。
ひとから、まわりから、どう思われようが、感じられようが、自分が自分の事を「しあわせ」だと思えたら、それで良い。
もちろん、それが一番ムズカシイことだろうと思う。
乙武さんが言うように、みんな人間ひとりひとりやるべき役割があるから生まれてきたわけで。人それぞれ自分で「しあわせ」というものを、感じることができたなら、その人は人生を一生懸命生きているってことだと思う。

人間とは、そういうものだ。生きるってことは、そういうことだ。

雨音

テーマはたくさんある。自分に対しても、社会に対しても、言いたいことはたくさんあるのだが、それらを繋げる簡単なストーリーが出てこない。
シンプルなストーリーをつくるのが難しい。

もう本当に時間が無い。何か小さなきっかけがほしい。
余裕で受かりそうな気もするけど、全然受かる可能性がない気もする。
あと二週間ちょっと。集中。


雨が降る。久しぶりの雨だ。雨は嫌いだ。でも、久しぶりのこの音は心地良い。
不思議だ。別に雨音に限ったことじゃあないけど、青空を見たり、夕焼けを見たり、心地良い風に吹かれたり、ただそれだけで今まで揺らいでいた心が落ち着く。
気が楽になる。なぜだろう。「自然の安らぎ」と言ってしまえばそうだろうが、何か他の、あらゆる問題に対しての答えが、本来の姿が、単純な何かが、そこにあるような気がする。

あいつは大切な友達だ。応援はしたい。
でも、僕は……。

さみしがりや

人間は、みな「さみしがりや」だ。
どんな人も、絶対に一人では生きてゆけない。
だから、みんな「孤独」っていうものにすごく敏感で怖がっている。

「一人ぼっち」がすごく怖いから、そうなりそうになると、誰かを傷つけてでも、誰かに見てもらおうとする。
誰かにかまってもらおうとする。誰かに甘えようとする。

人間は、さみしがりやだ。一人では生きていけないとても弱いものだ。
でも、
だからこそ、人間は他の人間に対して、別の生き物に対して、優しくなれるのだと思う。

ゼロ

映像作家を志すこと。
その将来に対する「不安」はなくならない。

そんな難しいことしなくても、もっと簡単にしあわせな生活はあるよ。
と、どこかの自分は言う。
でも、やはりそれではいつか後悔すると思う。
可能性は少なくても、ゼロに近くても、進まなきゃならない。
進まなければ、そこにあるのは確実なゼロだ。

どんな時も大切なのは、心に余裕を持つことである。

実験

人間が当たり前のように生きる生活の裏側に存在する、「動物実験」の現実を知り、愕然とした。

言葉にならない、人間の愚かさに対する怒りと悲しみが、体中を駆け巡った。
人間であることに、自信がなくなりそうになった。
目的が何にしろ、あんなことが出来る「人間」という同じ種類の生物であることが、嫌になった。
物凄い無力感と脱力感に潰されそうになるのをこらえて、生涯「動物実験」に対して、絶対の非難を与え続けようと思った。

限りなき不安は、また広がったように思う。
人間は、これからどうなってしまうのだろう?

10月終わり、風邪をひく。

相変わらず早いもので、今日で10月も終わり。
当然、明日から11月。

僕にとって11月がいい月になりますように。
いや、本気で祈る。

ずー。カゼをひいたみたいだ。

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